其の十七 昔日
「風鈴、早く!」
――待ってよ、エミ!
「もう!早くしてよ!」
――もう、歩けないよ......疲れちゃった、死んじゃうよ......
うぅっ。石に花关く。自分の頬を力いっぱいつねってみて、ああ、痛い。夢じゃないってこと、かわかった。
そう。杖をついて歩くエミが、どうして僕の前を歩いてるのか、信じられない。0番から27番まで、一度も休まずに歩いていけるなんて、想像もつかない。霧松が嫌いな彼女が、僕を引っ張ってこの松林へと進もうとするなんて、本当に信じられない。
そして、すべての始まりは、エミがひとつの推測をしたことにあった。もっと正確に言うと、写真ひとつだ。
推測を見逃さず、果敢に検証するのは、探偵団にとって絶対的な鉄則だ。でも、でもね、「推測」ってのは、論理的で現実的なものに基づいてないとダメなんだ。推測は推測、空想は空想だ。推測を検証することで何かが進展するかもしれないけど、空想を検証するってのは時間の無駄以外の何物でもないんだ。
でも、僕はエミの性格をよく知ってる。行動力において、彼女は明らかに実行派だ。頭にひとつのアイデアが浮かぶと、それを検証したくなるんだ。例えば、灯台の隅に見えないモンスターが潜んでると思ったら、躊躇せずそのモンスターの頭を鉄パイプで叩き潰した。例えば、赤ん坊が行方不明になったと思ったら、実際に赤ん坊に変装した韋駄天を見ない限り、納得しなかった。だから今日も、彼女があの写真がこの森の中にあると思ったら、僕を引っ張ってここに来て探しに来るしかなかった。
そう。エミが口にするあのエイとの合影。先週の水曜日、凛と一緒に洞窟調査に行ってたとき、エミは家で午前中中探したけど、見つからなかった。その日の昼、家に戻って、エミの部屋に入ったら、自分の目を疑うしかなかった。床にはごちゃごちゃと物が散らばってた。エミはその廃墟の中央に座って、大きな箱から物を取り出し、床に投げつけ続けてた。
警官がここに入ってきたら、何十人もの山賊に襲撃されたのだと思うでしょう。劇作家がここに入ってきたら、最高のホラーステージだと思うでしょう。勇者がここに入ってきたら、ここが悪龍の巣だと思うでしょう。将軍がここに入ってきたら、ここが残酷な戦争の残骸だと思うでしょう。大魔法使いがここに入ってきたら、古代の魔法の遺跡だと思うでしょう。僕がここに入ってきたら、たった一つ言えることは、何もないんだ、ただ頑固な女の子が物を探し回ってるだけだってことだ。
エミがなぜまたあの紛失した写真のことを思い出したのか、それは午後の話から始まるんだ。
無生は一晩中昏睡して、今日の午後、やっと目を覚ました。でも、醒めてもただ意識があるだけで、立ち上がる元気はもうなかった。もしかしたら、もうすぐ最期が来るのかもしれない。
村の人たちが午前中に篠木家に見舞いに来て、無生にいろんなものを持ってきた。もちろん、村長も来てた。僕は探偵団と村長以外、白雪村では知られてないから、黙って仁也の部屋に隠れて、待ってた。他の村人が来ないことを確認して、部屋を出て、無生の寝室に入った。
「おお、若者。来たな。」
村長が椅子に座りながら、僕に声をかけた。仁也はベッドのそばに座って、無生の手をぎゅっと握っていた。
近づいて、無生の顔を見た。その顔から、少しの希望も感じられなかった。額の温度は高く、無生がまた熱を出してることがわかった。けれども、その顔は青白く、まるで冷たい死体のようで、生命の活力は何も感じられなかった。呼吸もとても弱々しく、ゆっくりとしかしていない。次の瞬間にでも止まってしまいそうな勢いだ。
目が必死で開こうとした。僕を見ると、彼は目を開けた。
「あはは、大探偵。ようやく来たね!何か新しいことがある?早く教えてくれ!」
まるで彼が突然起き上がり、僕に顔をしかめるような気がした。僕が驚いているのに気付くと、彼は指差して笑いながら言った。
「おいおい、お前の顔、自分で見てみろよ。死んだ魚みたいじゃん。どうしたか?僕のいたずらでビビってるのか?」
そして僕は怒鳴りながら、彼の顔をぎゅっとつねりつづける。その後、いつものように、真剣に情報を彼に伝え始める。彼はノートを開き、役立つ情報をしっかりと書き留める。
いつものようにな。
......でも、もうこれらのことは起こりそうにない。本当に彼が冗談を言いたいと思っているならいいな、本当に彼が悪ふざけの準備を整えているならいいな、次の瞬間、彼が本当に突然起き上がり、そして悪ふざけの勝利を叫ぶことを願ってる。
でも、僕の目は僕を欺かない。今、目に映るのは、ただ死にゆく者の姿だけだ。彼の唇が微動した、僕に挨拶したいような感じだ。でも、そのわずかな力ももう残っていなかった。
――無生。風鈴だ。
できるだけ冷静に、彼に挨拶する。彼が聞こえるし、意識もあることを知っている。口角が微かに上がり、それは小さな微笑だった。
率直に言って、この重い現実を速やかに受け入れることは誰にもできない。村長でさえ、いつも陽気で笑い者の彼も、今はただ静かに椅子に座って、何も言わない。そして、兄である仁也にとっては、さらに冷静を保つことは不可能だ。
僕と村長が仁也にとって救いの手であるとわかると、彼は急いで問い合わせる、いや、懇願する。僕と村長にもっと考えて、無生を救う方法を見つけるよう懇願する。白雪村のリーダーであり、頼りになる大探偵である僕ら二人から、本当に無生を救う方法が見つかるかもしれない。
でも、実際のところ、どんな努力も結局無駄になる。仁也に冷たい現実を突きつけるのは嫌だけど、彼をいい加減な言葉でだましたりもしたくない。状況がどんなに厳しくても、僕のスタンスは変わらない。そして、村長も僕と同じように考えていて、仁也の要望を客観的に否定し、現実を冷静に受け止めている。
村の医者に解決策を考えさせる。無理だ、医者は凋零症候群の治療法なんて知らないから。無生を風花湾の外の場所に連れていく。無理だ、白雪村は完全に封鎖されてるから、ここから誰も出られない。村長に大騎士たちを買収して、無生を連れ出す。無理だ、大騎士たちはここの人々の生死なんて関係ないから。大公に無生を連れ出す。完全無理だ、そんなでかい亡霊が人間の王国の領土上空を飛んでたら、すぐ撃墜されてしまうから。
上述の問題を考える必要はない。根本的に、無生の病はもう治せないんだ。今、亡霊の血脈で深刻に侵された体を治療できるのは、王国で最も優れた癒術士であっても、絶対に不可能だ。
残酷な現実は、仁也の心に一つ一つ大きな雷のように響き渡る。最後の希望も、現実に無情に打ち砕かれると、彼は完全に崩れ落ち、静かに泣き始めた。
「すまない、無生。すまない......全部俺のせいだ、あの日、君を守れなかった......」
彼はますます悲しみに打ちひしがれ、大粒の涙が地面にポタポタと落ちた。僕は彼の肩を軽く叩き、少しでも慰めになればと願った。しかし、何を言ったらいいのか、本当にわからなかった。
「兄さん......」
その時、無生の微かな声がベッドのそばから聞こえてきた。
仁也は涙を拭き、急いで頭を上げて彼を見つめた。
「僕......もう一つ願いが......」
「言って、言ってくれ!何でも、何でもいいんだよ!」
その瞬間、仁也はまた涙が止まらなくなった。弟の前で悲しみを見せたくないからか、自分の涙を見せたくないからか。彼は急いで顔を背け、涙を激しく拭った。
「父さん......母さん......もう一度......見たいよ......」
――え?
あ......可哀想な子供だね。篠木夫婦は外で仕事中で、ここの二人の男の子も会うことができない。今、風花湾が封鎖されているから、この家族が一緒になることはますます不可能になっちゃった。ああ、でももし篠木夫妻が戻ってきたら、その光景はもっと悲しいでしょうかな。自分の子供に会うのがやっとで、でもその子供がもう死にそうだなんて。この世の中に、そんな出来事を受け入れられる親はいるでしょうか。
「無生くんが言ってるのは、おそらくあの写真じゃ。仁也くん、早く出してあげるよ。この可哀想な子に、もう一度、両親の顔を見せてやるのじゃ。」
――写真?
ん、どこかで似たような話を聞いた気がするな。そうだ、エミも写真を持っていたんだっけ?
村長の話によると、これらの写真は本当に彼が撮ったものらしい。およそ3年前、ある貴族が白雪村を訪れ、礼儀として村長に機器を贈り、その使い方を教えてくれたんだって。村の人々はこんな不思議なものを見たことがなく、その貴族はまたこの村に来る機会があれば、家々に一つずつこのような機器を贈ると言っていた。
時間を止める魔法。忘却に対抗する良薬。美しい瞬間を記録する使者。カメラ。
明らかに、その貴族は再び訪れることはなかった。村長のこのカメラは、村で唯一の宝物となった。
「この機械の銘柄、まだ覚えてるのじゃ。けっこう有名なのじゃ。」
――何でしょう?
「それは南......南木......あ、思い出した。南森式じゃ!」
――南森式?じゃあその貴族は……
この一瞬、心の中の声と目の前の老人が同じ答えを出した。
「南森南。」
南?その一瞬、深い青の少年の姿が脳裏に浮かんだ。
「助手よ。僕が恋しかった?」
彼の声を聞いたような気がした。記憶の奥底にある、初めての響き。
ああ、南もここに来たことがあるなんて、驚きだよ。さすがだ、彼。僕よりもちゃんと三年も早く来てるな。よく考えると、それも納得いく。彼ならば、風花湾の何かを見逃すことはなかったでしょうか。ここに旅行に来るのも、それなりの理由があるに違いない。驚くべきことじゃないな、彼がここに来るのも、運命のようにね。
ええ、待って。こいつ、ここに来たのも、もしかして......ふん、南よ南、さすが君、さすが君だ。
とりあえず、この古い友人のことは置いておこう。今、無生の願いが最優先だ。
村長によると、彼は当時、白雪村の全ての家族に家族写真を撮ってくれたんだって。それに、村の人々をいくつかのグループに分けて、集合写真も何枚か撮った。
「あの時、仁也くんはエミちゃんと知り合った。わしはあまりにも覚えてる。健太郎と鈴子が行方不明になったから、集合写真を撮る時、仁也くんはな、エミちゃんとエイくんと一緒に写真に入れようとして、自分から声をかけた。仁也くん、本当にいい子じゃな。」
村長がここまで言って、ため息をついた。すべてが悪化し、すべてが崩壊していく。誰もが三年後の今日、こんな情景を想像できるとは思わなかった。過去の思い出から現実に戻る村長も、きっと非常に悲しいでしょうか。
僕は仁也が写真を見つけて無生に渡せば、もうそれで済むと思っていた。無生のシンプルで素朴な願いが、そうやって叶うはずだった。しかし、仁也は僕と村長を驚かせながら、首を振った。
なによ、また紛失したんじゃないかって?もう、お前ら――
まあ、予想よりもましだった。篠木家の写真はなくなってなかったってこと。実は、仁也が秘密裏に隠してたんだって。今、彼はすべてを打ち明けてくれた。
両親は南の大都市で働いていたから、年に数回しか子供たちに会えなかった。無生には信頼できる兄がいたけど、彼はいつも両親のことを思ってた。
ああ、考えただけで涙が出そう。無生、仁也、エミ、みんな本当に大変だったよな。
無生はよく写真を見てた。そこには両親の顔があって、彼は優しく撫でて、そっと泣いてた。後で、仁也は無生を傷つけたくないって思って、写真をこっそり隠してた。写真を捨てたと嘘をついたけど、無生は騙されないってわかってた。家で見つかるのを防ぐために、写真を遠く遠くの場所に隠してたんだ。
兄弟ふたりはまるで何かを黙契したかのようだった。無生は仁也が嘘をついてることを知ってたし、仁也もまた無生が自分が嘘をついてることを知ってた。しかし、無生は仁也の嘘を暴かず、責めることもなかった。彼はその嘘を事実のように受け入れ、できるだけ思いを巡らさないようにし、兄の前で泣かないようにすることを頑張ってた。ああ、この兄弟、どちらもお互いの責任を負うことを望んでいるんだ。
「写真は巨木の穴に置いておいた。風鈴、頼めるかな?ここで、もう少し無生と一緒にいたいんだ......」
ああ、前の日仁也が僕をその木の穴に入らせなかったのも不思議じゃない。原因は、こんなことが隠されていたからね。うむ、もし当時彼の言うことを聞かずに、その写真を直接取り出していたらどうでしょうか。今日の問題はすぐに解決されたのに。
そう。事実がなんとも不思議で未知なんだ。過去って変えられないし、時間神に逆らえるわけない。僕たちが経験してるのは、ただ時間っていう長い川の中でのなんとなくの流れってだけのことだ。
人間はいつも、「あの時こうしてればよかった」って、「なんでその点気づかなかったんだろう」って、つまり後悔して、文句を言うだけ。でも、それってなんの意味がある?時間神がちょっと時計を動かして、それで一秒が経過するだけで、そこに何も変わりはしない。
もちろん、僕は人間の行動をバカにする気はない。僕たちだって人間なんだもの。弱いし、愚かだし、僕たちは神じゃなくて、普通の人間だって。だから、今後悔してもいいんだけど、重要なのはそれだけじゃなくて、どう変わるかってことを考えることだよね。
そうだ、今すぐにでも行動しなきゃならない。無生のために、仁也のために、僕は雪山に行って、27番マーカーの松林に行って、あの写真を取り戻す!
それしかない!
よしよし、ちょっと待って。皆様、本当に申し訳ございません。僕、謝罪する。でも、ほんの少し、後悔させてくれないかな。
わかった、わかった。もう怒らないでよ。確かに、さっき「後悔はしないで行動しろ」と言ったばかりだ。でも、やっぱり、事実はこんなにも巧妙で未知なんだ。誰も予想してないところで、いつだって何かが起こるってわけだ。
そう。懺悔することは、昼ごはんの時にエミにこの話をしてしまったことだ。で、信じられないことに、エミがなんと一緒に雪山に行って写真を探しに行こうって言ってきたんだ。
なんで?この子、頭おかしいんじゃない?だめだ、エミ、今すぐ答えを出してくれ。
「直感だよ。運命だよ。これが起こらなければならないことなんだから!」
直感?直感って何だよ。運命とか、必然とか言うなよ。エミって、僕に中二病って言うくせに、自分も同じじゃないか。
墨雪家と篠木家の写真が南森のカメラで撮られたってだけで、なんであの木の穴に墨雪家の写真があるって思うんだよ。おかしくない?篠木家の写真も仁也がそこに隠してるって、エミとなんの関係がある?それらって必然的につながってるって言うのか?それとも論理的につながってるのか?理解しない、本当に理解しない。みんな十代の少女なのに、なんでエミの考えが理解できない?僕が狂ったのか、それとも彼女が狂ったのか、わからないんだよ。
まあ、しょうがない。結局は、エミと一緒に行くってことになった。理由はめっちゃシンプルで、僕が断ると、エミが泣きわめいて、大騒ぎして、それからはげしく鉄パイプで僕の頭をぶっ叩くんでしょうか。それに、エミがエイを懐かしんでるのも本当だし、こんな理不尽な要求でも彼女に少しでも心の安らぎを与えられるなら、それもありかな。
まあ、いいや。出発。ああ、時間を節約しようと思ったのに、もう無理そうだな。
エミは今、こんな状況だし、道もよく見えないし、走る勇気もない。目的地に到着するには、何時間かかるのかもわからないかな。
......
――おい、エミ、ちょっと待ってくれよ!まだ半時間も経ってないっての!山から飛んできたわけじゃないんだから!
「ほんと遅いね、風鈴!知ってたら一人で来てたわ!おまけに足を引っ張る亀って。」
――あの、あの、エミ。ちょっと休ませてくれないかな......
事実が予想と違っても、結論は変わらない。エミを連れてきたのは後悔してる、絶対に後悔してる!そうか、やっぱり、事実はこんなにも奇妙で未知なんだか。
森に入ってから、僕はホームに到着した。美しくて温かい霧に包まれながら、幸せそうに笑っていた。さっきまで亀呼ばわりしてたエミも、今は困ってる様子だ。
もし僕が止めなかったら、彼女はまたその薄っぺらい白いワンピースとパンツとブラジャーを脱いでた。僕も女の子、ここに他に誰もいないし、それでエミが脱いでもなんにも問題ないんだけど。だが、全裸のエミが森の中を走り回って、おっぱいがブルンブルンって揺れてるのを思い浮かべると、なんか気持ち悪い。ええ、エミの胸のサイズが羨ましいからってわけじゃないよ、ただ見栄えがあんまりよくないってだけ。そう。
慎重に歩いて、ついに巨木の前に来た。今回は、霧が濃くなってきたのを感じた時にちゃんと止まってたから、前みたいに木にぶつからなかった。ゆっくりと木の後ろを回り、仁也が言ってた木の穴のそばに行った。そっと身をかがめて手を突っ込んで、小さな木箱を掴んだ。
ああ、写真が入ってる箱、これが。
そしたら、その箱をエミがむしゃらに奪った。彼女、せっかちに箱を開けて、その中からただ一枚の写真を取り出した。
――なにこれ。
僕が寄り添って見る。
うん、仁也が言ってたとおり。篠木夫婦、仁也と無生。そういえば、三年前の仁也と無生が超可愛かった。仁也は静かな可愛いショタ、そして無生は元気モリモリの可愛いショタ。まぁ、どっちも可愛いんだ。
――よし、見つけた。帰ろっか。
エミの肩をポンと叩いた。でも、彼女はただ写真をがっかりした目で見つめてた。
「ううん......お兄ちゃんと私の写真がない。」
――あれば、それこそ奇跡だよ。ほら、さっさと帰ってね。
「ううん……」
エミが悲しそうにその写真をなでる。そこで彼女が何かに触れたらしく、驚いた表情を浮かべた。
「カシャー!」
生意気な擦れる音が聞こえた。僕たちは同時に写真を見つめ、下の端に、突然三角形が現れた。
なんだ、これは!ありえない!魔法か!
あ、ちょっと、わかった。おそらくここに置きっぱなしにしてたから、後ろの写真がこの写真に密着しちゃった。気づかなかったら簡単に見逃すところだった。
じゃ、もう一枚の写真は何でしょうかな。
エミは待ちきれずに二つの写真を離して、次の写真を見つめた。その時、またため息をついた。
僕は興味津々で覗き込んだ。彼女の手には、エイとエミの二人の写真ではなく、ただの集合写真があった。
ああ、さっきまで本当に奇跡が起こるんじゃないかと信じそうになった。結局、予想通りだった。ここにはまったくエミとエイの写真なんてないんだ。可哀想な女の子が、こんなにも努力して、手に入れたのは徒労に終わるのか。
「これも違うのね......」
エミは迷いながら写真を見つめ、ため息をついた。写真を僕に手渡し、うつむいたまま立ち尽くし、泣き出しそうになった。
――ほら、エミ。もうすぐエイも帰ってくるから、その時に会えるじゃん。
「うん......」
――じゃあ、帰......
ス......ちょっと待って、なんか違う。何かを忘れた、何を忘れたのか分からないけど。ふと、ひらめいた言葉があって、すぐに逃げてしまった。捕まえられなかったけど、きっとそこにあったんだ。まだ終わってない、もう帰れない。
早く、早く考えろ、逃すな。しっかり考えろ、それは何だ?そう、そう、何かが浮かび上がってきた。つかんだ、それを戻して、じっくり見つめるんだ。
これは、白いひげ?このひげ、逃げ出したイメージだった?間違えてない。
ああ!そうだ、村長!村長なら、何を言った?
集合写真の時、仁也がエミとエイが寂しそうだったから、自分から二人を誘って、一緒に写真を撮ることになったんだ。
やっと思い出しちゃった!
さっさと写真を見て、無生と仁也の場所をバーッと探す。ああ、ふたりの金髪の正太、左側に。で、二人のすぐ隣に......
目を閉じて、幸せそうに笑ってる白髪の少女。これはエミ。そのそばには、白髪の少年。彼は笑ってないし、ちょっと機嫌がよくなさそうで、何か考え事してる感じ。写真の外の僕をじっと見てる。僕も同じように彼を見つめる。
「見つけた、エミ!ほら、こっち見て!」
写真をエミに渡しながら、力強く左側の位置を指差した。
――これが奇跡だよ、エミ!言うとおりだ!
僕は少女の暗い瞳から、一瞬で輝く光を見た。彼女は指し示した場所を注意深く見て、急に口を大きく開けた。そして、彼女の口角が上がり、呼吸も急速になった。その少女から抑えられない喜びが伝わってくるのが明らかに感じられた。
彼女が見つけたのがわかった。その瞬間、僕だってその喜びに包まれてた。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん......」
彼女はその少年の名前を呼んだ。顔から笑顔が消え、涙が急に目に浸み込んで、次々と滴り落ちた。
「お兄ちゃん、会いたい。本当に、会いたいよ......」
彼女、とうとう我慢できなくなって、声を張り上げて泣き出した。
「よしよし、エミ。泣かないでね。僕は......」
エミを慰めようと手を伸ばした瞬間、体が突然震えた。まるで何かが、心臓にナイフを突き刺したかのような感じ。そして、暖かい水がどっと溢れ出し、心の世界を翻弄している。
その瞬間、僕は何かを感じた。
え?これは......
手を伸ばして、軽く頬に触れた。指先に何かが、静かに落ちてくる感触がある。温かくて、ツルツルしたものが。
これは......涙。しかも、僕の顔に?
これ、エミの涙?でも、なんで、僕......わからない。なんでこんなことになってる......
本当は嬉しいはずなのに、なんでこんなに悲しいの。目の前の少女を笑顔で慰めるはずなのに、なんで黙っちゃってるの。周りはどんなに寒くても、なんでこんなに温かい気持ちがするの。微笑むべきなのに、なんで胸が痛くて、何かが爆発しそうなの。泣いてるのはエミなのに、なんで僕の涙が止まらないの......
視界がぼやける瞬間、僕はよくわかった。
それはエミの涙じゃない。
それは僕の涙だ。




