其の十三 エミと風の旅人
「兄さん,本当馬鹿みたい。バカ、バカ。」
「仁也くん、無事でよかったよ......」
「篠木よ、なんでそんなに無茶しちゃった?海に入るなんて、僕、風鈴だってそんなこと絶対にできないよ。君の方が僕よりもっと勇敢だな。」
今、午後2時15分10秒。探偵団のみんなが一致した決定を下し、この盛大な裁判も終結を迎えた。篠木仁也、現在の探偵団の団長、99年の懲役刑を言い渡された。正式な団長の肩書きを剥奪されることになったが、誰も彼の職位を引き継ぎたがらなかったので、彼は依然として代理団長だ。同時に、探偵団の全員から監視され、一生海に入ることを禁止されることになった。
「それでは皆さん、上記の判決に賛成だか?」金の大法官が美しい八字ヒゲを撫で、モノクルを少し押し上げた。
「賛成。」赤の裁判官が言った。
「賛成。ただし、大法官様。被告に対して他の訴訟を起こしにする。全ての未払い医療費を支払い、そして違約金を300倍支払うよう要求する。」紫の裁判官が言った。
「許可。」金の大法官が言った。
「ならば、被告の意見は?」金色の大法官が言った。
「ありません......」金の犯人が頭を下げ、罪を認めた。
「よし!では、裁判終了!仕事納め!」
金の大法官が手に持つ木製の法槌が、机に重々しく叩かれた。犯人以外の全員から雷鳴のような拍手が起こりました。
はい、おかしいと思うかもしれないが、白の裁判官はどこに行った?そう、私。私が何をしているのでしょうか?
もちろん、この裁判に参加していない。誰も止めなかったが、とにかく、私はこれらの人々の思考方法を全然理解できない。こんなにも恐ろしい出来事が起こっていたのに、彼らはなおもここで平然と家庭遊びを楽しんでいる。ああ、理解不能だ。
じゃ、なぜこの裁判が午後に行われたの?それは仁也と風鈴が、なんと正午までグッスリ眠っていたから。こんな奇妙で明らかな現象に、探偵団の他のメンバーも異変に気づきた。そして、仁也は率直で、目を覚ました後はすべてを告白した。
彼の言うとおり、昨夜海に侵入したんだって。カラスたちに誤って襲われちゃったけど、カラスが彼の身元を見抜いて、彼を警告して止めたんだって。白雪村に戻った後、すぐに風鈴を見つけて、傷をばっちり治療してくれた。
「ねえ、エミ。そんなに楽に言わないでよ。僕30分間も忙しかったのよ!夢の中でウトウトしてたら、急な仕事を引き受けるってどんな感じ、分かる?」
もういいよ、文句言わないで。寝ぼけてるのは私のせいじゃないんだよ!もし私が聞こえたら、絶対手伝ってたのに。結局、全ては風鈴が私を起こさないせいでしょ?私って何も役に立たないと思ってるんでしょう?ふん、怒ったよ。
鋭い黒い羽が肌に突き刺さったけど、血管は大丈夫みたい。この黒い羽、明らかに「中尉」の仕業だし、その赤毛のカラスは「隊長」だ。この二匹のカラス、いつも一緒で、仲良しコンビみたいだ。でも、軍人の特殊な身分のため、彼らは簡単に現れないん。私もうしばらく彼ら見てないし。
風鈴によると、仁也はあの恐ろしい病気、えーと、腐敗症候群に感染しないって。
「凋零症候群だ。凋零。」
彼女の理論によれば、黒い羽は中尉の遠隔武器みたいなもので、つまり弓矢と同じようなものだ。そんな攻撃を受けると、感染する確率はほとんどない。彼女が確実に知っているリスクの状況は二つ、まずは亡霊に引っかかれたり噛まれたりすること。つまり、亡霊の体や体液が人間の血液に直接触れると、感染の可能性がある。もう一つは呪術に当たること。この状況は非常に危険で、なぜなら人間に適応しているのは魔力だから、呪力にはまったく抵抗力がない。呪力を含んだ呪術攻撃を受けると、血液が汚染される可能性が高い。
「うむ。仁也くんの血の味はいつも通りだから、大丈夫そうね。』
凛が仁也のそばに寄って、鼻で軽く匂いを嗅ぐ。頭を下げ、包帯から滲み出た血を舌で舐め、その後口の中でゴクンゴクンと音を立て、まるで味わっているかのようにした。
「ねえ、花見。なんで血魔みたいに振る舞ってるの?もしあなたは連邦の霧雨城に行ったら、そこの亡霊は人間だと気づかないかもしれないね。」
「なんて言ってるの、旅人!血魔?」
「そうそう、上級の亡霊種。今のあなたのようだ。」
「なんだって?やるわよ!」
「ふん、今はそんなに強気だけど、大公を見たあの時は誰よりも早く逃げてたね。」
「貴様!死ね!」
「わあ!血魔に殺される!」
今日の部活は本当に賑やかみたいね。そして、血にとってこんなに敏感なハンターの凛がそう言っているなら、安心できるはずよね。
「そういえば、本当に綺麗だな、この羽根。黒いナイフのようで、かっこいいじゃないか。」
ベッドの上の無生は興味津々にその羽根を弄んでいた。
「兄さんの剣、凛の弓、エミの杖、風鈴の刀。今、ようやく自分の武器を持ってるんだ。」
実際、中尉の尻尾に付いている黒い羽はとても鋭利で、全体が鋭利だ。羽根が真っ黒なので、刃の位置がはっきり見えにくい。無生がそれをおもちゃとして扱うのはおすすめしない。怪我をする可能性が高いから。
「わあ!痛っ!」
黒い羽が脇に投げられ、左手の親指から暗赤色の血が流れ出した。
「うむ......無生の血、変な匂い。気持ち悪いね。」
「ほらほら、この血魔、なんでこんなに傲慢だな!おい、誰か、こいつを追い出せよ。」
「貴様――」
少女の頭の上の赤い髪は、燃え盛る炎のように見えた。怒り狂った獅子のように、紫の少女に向かって突進した。風鈴は素早く避け、窓辺から器用に飛び出し、村の外へと走り去った。怒り狂った少女はその後を追いかけた。
凛の完全なハンティングスタイル、それを見るのは初めてだった。もしかしたら獰猛な獣を捕らえようとする者は、まず獰猛な獣にならなければならないかもしれない。みんなが窓の外を見て、この激しい追いかけっこに驚嘆していた。明らかに風鈴の持久力が勝っていて、彼女は埠頭を3周回った後、凛の敗北で終わった。
そういえば、凛は風鈴を嫌っていると思っていたけど。今、彼女たち二人の仲がこんなに良いと知って、本当に嬉しいわ。
「おいおい、親愛なる皆様。午前中の時間がすっかり無駄になっちゃった。今度はまた貴重な三十分を失った。では、部活を続けさせていただけませんか?」
「賛成。」
紫の少女が元気に答えた。
「ふぅ......ふぅ......くそっ......」
赤い少女は椅子に突っ伏し、息を切らしている。
「一人賛成、一人黙認。いいぞ、じゃあ皆さん、手元の恨みを忘れて、昨日の出来事をしっかり振り返りましょう。」
わかるんだ、今回の議論、なんかスムーズじゃないって。無生の言う通り、みんなはただたくさんの「事実」を得ただけで、それらと既知の情報を「結びつける」ことができなかったから、「結果」が出なかった。それでも、皆の調査はけっこう成果があった。
まず、黒煙のこと。探偵団の皆が一致して、誰もが馬鹿じゃないって確信した。だって、黒煙に挑戦して毒に殺されるなんて考えられないもの。黒煙はまるで保護機構のようなものみたい。無生がより恐ろしい理論を提案したわ、それは「保護」じゃなくて「誘導」だ。つまり、黒煙の意味は、人々が昼間に海に入るのを防ぐことではなく、ただ夜に入るように誘導すること。そして、黒煙の源、誰も答えを出せない。風鈴ってあんなに亡霊に詳しい旅人でも、亡霊連邦の時にはこんな不気味な毒気を見たことない。
「まさか、時間神?とにかく時間海は神々の領域だね。これらの黒煙を作ることは、庭で花を植えるのと同じくらい簡単かもしれない。」
「冗談しないでよ、無生。明らかにもっと恐怖のものがいるでしょ。ここは亡霊たちに完全に浸透されているし、それらの切り札は、海の奥深くに潜んでいると思う。」
「切り札?あの大公と呼ばれる怪物よりも怖い?」
「恐らく何倍も怖いよ。」
科学的な話じゃ解決できないということなら、神様の話にしよう。風鈴が激しく反対しても、みんなは一旦黒煙のこと考えるのやめることにした。どうしても答えが欲しいなら、時間神の仕業ってことで良いんじゃないかしら。でも、偉大な神様がこんな怖いもの作るわけないって思うけどね。
そして、カラスの転送呪術のこと。仁也の話によると、海の上空に強力な呪術陣が現れてて、でも周りに呪術をかけてる人は見当たらなかったんだって。
探偵団の中で、呪術に詳しいのは凛と風鈴だけだ。
「確かにおかしい。ほら、見て。」
凛が松明を手に取って、そっと詠唱した。その後、松明が火をつけた。私が覚えているのは、凛が話したこと。彼女の松明は魔杖で、この自動点火の小技は魔術じゃなく、魔法なんだって。
「そう、一般的には魔法を使うには詠唱が必要だ。亡霊たちの呪術はそんなに制限がないけど。でも、あんなに遠くからこんなに強力な呪術を解放するのは、普通の亡霊じゃできない。」
「おお、面白い。でも時間神にとっては大したことないだろ。」
「もう!冗談するな、無生!僕が言ったでしょ、大海の中にはもっと恐怖の存在がいるはずなんだ!」
「はいはい、わかったわかった。気分を和ませたかっただけで、そんな『もっと恐怖の存在』って、楽しい話じゃないから。そうだ、そういえば、瑛と僕を襲ったあの怪物は、その恐怖の存在だろか。」
「違う。悪魂がそんなことできない。」
「そうか......これじゃ難しいな。」
そして、この問題も最終的に「時間神の造物」という冗談にまで遡ることになった。結局、風鈴自身も、その「恐怖の存在」が推測に過ぎないことを認めた。
では最後、カラスの行為のこと。仁也の話によると、鴉の大群はまず彼を襲って、それから警告したって。そんなことって一体どういう意味なの?前に大海に行った人々がみんな戻ってこなかったの、ちゃんと知っている。彼らもカラスに会った?それとも、全然会わなかった?
一つは、彼らがカラスたちに出会わず、もちろん警告も受けなかった。それで海の奥へ進んで、死んじゃった。それは無生の考え。でも、そう考えると、仁也の状況が変じゃない?なんで仁也だけがカラスに妨害された?合理的な説明は、カラスは仁也を知っているから彼を守ったってことなんだけど。それでもやっぱり変だ。なんでって、カラスは召喚されて来たんだから。じゃあ、誰がそれらを呼び寄せた?
もう一つは、彼らは鴉の群れに出会って、殺されちゃった。それは風鈴の考え。呪術陣は現場で作られるだけじゃなく、事前に設置されることもあるから。つまり、その時誰も呪術を解放しなかったし、その呪術陣はもう設定されていた。機械のように動いて、誰かが海に近づくと、カラスを呼び寄せて、迷う者を殺す。でもカラスは探偵団のみんなと仲良くなってたのかもしれないから、仁也を見逃して、逃げられるようにしてあげた。それなら、誰がこの呪術陣を巧妙に作った?
だから、この二つの推測は最終的に一つの問題に結びついた。いったい誰がカラスたちを統べるの?
「まさか『国王』?エミが言ってたろ、それはカラスたちのリーダー。」
「ありえない。大公みたいな存在でも、そんなことは絶対にできない。海の中で起きてることは、寒鴉っていう亡霊生物がやることじゃない、絶対に。」
ええと、私、カラスたちを誰よりもよく知っているつもりだったけど、今、これらの可愛らしい精霊がこんなにも見知らぬ存在に感じられる。どうしても、彼らの考えが理解できない。大公は言った、彼らの本当の故郷は雪山じゃなくて、時間海なんだって。もしかして、その裏にはもっと神秘的な存在がある。本当に、時間神なの?この黒い鳥たちは、本当に神様の使者なの?
とにかく、この三時間もの間、みんな何度話し合ってもさっぱりわからないままで、最後になってもうまくいかなかった。太陽が沈んで、そろそろ日が暮れる頃、今日の部活も終わりだった。みんなの顔を見てると、今日の議論、完全にダメだったかもしれないね。
風鈴、今日本当に一生懸命だったね。凛と私は家に帰ってきた後、彼女は篠木家に一時間も滞在して、六時過ぎにやっと戻ってきた。夕食の後、私が灯台に行こうと提案した。
この数日間、たくさんのことが起こったから、彼女はもう本当に疲れているはず。旅行者でしかないのに、私たちのためにこんなに頑張ってくれた。もう少し休ませてあげるべきだと思う。調査のことなんか考えないで、謎や秘密は一旦忘れて、今はただ、この灯台の頂上で静かに星を眺めるだけでいい。
でも、風鈴はとてもやんちゃなんだから。彼女は頂上の一階の円形テラスではなく、階段を駆け上がって二階に行っちゃった。自分の小さな体で、二階の中央にある灯に向かって立ち向かうつもりだ。そう、今キラキラしていて、海岸全体を照らす巨大な電球。
「おい!光よ!この世界を照せ!海の闇を潰せ!僕の体も魂も、全部燃やし尽くせ!うわあああああああ!」
少女の叫び声が響き渡る。魂の反響だ。
普段はそんなに頼りになる探偵だけど、中二病なんて予想外だった。そんなギャップに思わず笑っちゃったよ。彼女は上で叫び続けてるし、私は下でずっと笑っている。手で口を抑えても、笑いを抑えられなくて、もう涙が出そうだった。
しばらくして、少女はよろめきながら階段を降りてきた。手すりにしがみつかなければ、固い鉄の階段から転げ落ちるところだった。明らかに、彼女は想像した炎の中で命を燃やすどころか、むしろ眩しい灯りによってふらふらになってたんだ。
「うわ――めまいがする......」
私の隣に座り、ぼんやりと天井を見つめている。
「あ、星が見える、天の川が見える、月が見える。エミの言った通り、夜の星はこんなに美しいんだ。ええと、どうして月があそこに行っちゃった......」
私は星を楽しむこの方法を考えたこともなかった。なんか変な感じ。すぐにテラスの地面に降りて氷を拾い、それを風鈴の顔にそっと触れた。
「わー、冷たい......えっ、星が見えなくなった、どうした?星は?」
いいよ、いいよ。ここで恥ずかしいことしないでよ。もし探偵団のみんなが風鈴の別の側面を知ったら、きっと困るでしょ。そういえば、風鈴が無生の顔を触って夢遊びみたいなこともあったね?あら、もうどうにもならないかな。
「ねえ、エミ。あの時出会ったこと思い出したんだ。あれからたったの四日だ。でも、すごい時間が経ったみたいな感じがする......まるで四ヶ月だ。」
大探偵もたぶんただ疲れすぎてるんでしょうね。今日はしっかり休んで、いろんなことがあったし、頭もフラフラしちゃうよね。まあ、週末がすぐそこまで来てるし、次の三日間はゆっくりリラックスしようよ。
「あれ?土戊日も週末?ここは本当に変わったところね。」
実は、それは探偵団にとってだけのこと。仁也が正式に探偵団を設立して私を招待してくれたのも、土戊日だった。無生は言ってた、探偵団の設立は特別な意味があって、一年に一度のお祝いだけじゃ足りないって。だから、毎週の土戊日は探偵団の休日だ。
「なんだかすごく記念に値する感じね。一週間休んで三日間って、まるで夢の中のことみたい。人間王国全体に広めたらいいね。」
そうそう、そう言えば、風鈴はまだ週末の部活に参加したことがない。ふふ、ちゃんと彼女に、私たちの探偵団の全盛期を見せてあげないと。
「うん、楽しみ。」
うん、風鈴が毎週の雪合戦大会で全勝の凜と正面から戦う姿を思い浮かべると、もうワクワクしちゃう。
「えっ?雪合戦?あの人間血魔、氷原狩人、火焔ばばと戦うって、僕が?ダメだ、死んじゃうよ!僕はいやだ、絶対いやだ!」
ふふ。
私は少女に言った、もしもう一度星をしっかり見ることができたら、明日死んでも後悔しない。そこで、一緒にテラスに行って、私たちは静かに海と空を眺めた。
流れるような金色の月光が、薄紗のような天の川から湧き出して、少女の紫の瞳に映ると、彼女は穏やかになった。ここで初めてこんなに静かだと感じたみたいで、彼女はぼんやりと空を見つめている。
夜空は反射した大海、星々は海を進む孤独な船。微かな光が小船にきらきらと輝いて、次第に澄んだ月光の中に溶け込んでいく。
私、信じてるの。地上の灯台こそが遠い天空の海の月なんだ。輝きを放って、私たちだけじゃなく、銀河の中の孤独な星々にも光を届けてる。灯台が天空の大海を照らすように、月が私たちを照らすように。天空の月は、灯台の反映なのかもしれない。
そう。茫茫とした天地の中で、このお互いに呼応する光芒は、きっと最も美しい存在なんだ。
でも、月光も灯光も、暗闇の大海を照らすことはできない。もしかしたら、すべてを凍りつかせてしまったのかもしれない。時間も、空間も、すべてのものを。それほど澄んだ月光でさえ、水と空が繋がるあの彼方に踏み込むことはできないのかもしれない。大海の奥深くでは、吹雪が荒れ狂っているかもしれないし、あるいはそこは世界から隔絶された楽園で、カラスと神々が廃墟の故郷で歌っているかもしれない。
ぼんやりとしていた少女が振り返り、近くの白雪村を見つめた。彼女の表情には悲しみが漂っているようだった。おそらく、私のことを思い出したのかもしれない。でも、私たちがどんなに考えても、村はそこにあり、永遠にそこにある。
雪の白さが木造の屋根に積もり、暖かい毛布のよう。木造の家々は寄り添っており、大きなものも小さなものも、もう眠りに落ちてしまったかのよう。村の大通りには数本の街灯がそびえ立ち、散発的な光を放っている。灯塔から見ても、その光は非常に微かで、この雪原の中で、街灯の光がただ一つの角を照らしているかのよう。でも、それらは風花湾の人々を温かく包んでいる。この光を見れば、人々はすぐに故郷を見つけることができるような気がする。
過去の素晴らしい日々をぼんやりと思い出すことができる。その頃は両親やお兄ちゃんもまだいたし、村の人々もみんな優しかった。鍛冶屋からはヒンヒンと金属が打たれる音が聞こえ、村長の占い屋からは時折光が放たれ、子供たちは十字路の歪んだ木の木に登ろうと競っていた。工人たちは木船を運ぶときにキーキーと音を立てていた。
その頃は、みんなが笑顔で、両親に挨拶して、遠くの寒山町から買ってきたお菓子を私と兄にくれたのを覚えているよ。お兄ちゃんは「女の子はお菓子を食べ過ぎると歯が悪くなるから」とか言って、いつも全部のお菓子を取ってしまった。でも、両親がいなくなると、こっそりそれを私のポケットに詰め込んでくれた。墨雪家はすごく人気があって、みんなが親みたいに上手に魚を捕るのを憧れていた。子どもたちは村から港まで走って、私の家に遊びに来ていた。彼らは興味津々でお兄ちゃんの漁の経験を聞いて、お兄ちゃんはからかいながら笑っていた。彼がウソをつけなくなると、私の出番だった。
ふ、思ってもみなかった。五年後の今、全てがこんなに違ってしまった。
紫の少女は村を黙って見つめ、とうとう一声ため息をついた。そして、そっと私の手を握った。
「行こう。家に帰ろう。」
彼女も知ってる、そこが私の故郷じゃないことを。
私の故郷じゃない。




