嵌められた
帰宅ラッシュが始まっている時間帯、私は駅前で彼女を待つ。
30分程待っていると彼女が駅から出て来た。
キョロキョロと周りを見渡し私に気がつくと顔を青ざめさせ私の事を睨む。
それから足早に自宅に向けて歩きだした。
私も足早に歩く彼女に置いて行かれないよう駈けるように歩きだす。
駅前の商店街を抜け10分程歩くと大きな川に架かる橋に出る。
この橋の向こう側に彼女の棲むマンションがあるのだ。
あれ? 今日は走らないのか?
何時もだと橋の手前辺りから人通りが少なくなる、人目が無くなったところで私に何かされると思っているのか、彼女は橋の手前辺りに来ると私を置き去りにして全力疾走で走り去る。
ああそうか、珍しい事に橋の中程で10数人の若者が屯していて、昨日川の上流に降った雨で増水している川を覗き込みながら騒いでいた。
彼らの姿を認めて走り出さなかったのだろう。
橋の中央部、屯する若者たちのそばに来たとき彼女は突然振り返り私に向けて怒鳴る。
「何時も! 何時も! 私のあとをつけて来ないでください! 迷惑なんです!」
「えー、そんな事を言われても困るよ、私の家も橋の向こう側にあるんだから」
「何時も駅前で私を待ち伏せしてるじゃないですか!」
「偶々だよ、ハハハ」
彼女と私の話しを聞いていた若者たちが仲間内で言葉を交わす。
「なんだ? なんだ?」
「痴話喧嘩かぁ?」
「違うわよ、ストーカーよストーカー」
「エ! キモ、本当にそんな事する奴がいるんだ」
最後に彼女は私に向けて「もう嫌!」と叫んだ後、欄干を飛び越え増水する川に飛び込んだ。
私や若者たちは慌てて欄干に群がり橋の下を覗き込む。
彼女は川に飛び込み一度沈んでから浮かび上がり、オリンピック強化選手のアスリートに恥じない綺麗なフォームのクロールで岸に向けて泳ぎだした。
岸に向けて泳ぐ彼女を見てホッとしている私の耳に不穏な言葉が飛び込んで来る。
「オイ! オッサン、ストーカーなら跡を追えよ」
「そうだ、そうだ」
「みんな、手伝ってやろうぜ」
私は若者たちに手足を抑えられ担ぎ上げられた。
「止めてくれー! 私は泳げないんだー! 金槌なんだぁー!」と叫ぶも私は川に投げ落とされる。
増水した川に投げ落とされ藻掻く私の耳に、橋の上の若者たちから発せられた言葉が聞こえた。
「センパーイ! 頑張れー!」
「岸まであと少しですよー」
川の中に呑み込まれつつ悟った、私は彼女に嵌められたのだと。