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ゴースト・ハンターズ  作者: (仮説)
一章 ゴースト・ハンターズ
2/48

1.地獄からの生還者

 

 ◎


 ――四月某日、某私立高校始業式後のこと。


 転校生がやって来た。

 彼女は底冷えするような美人だった。

 今にでも消えてしまいそうな儚さを纏った少女は名乗る。


「雪代桜子です、よろしくお願いします」


 全てがどうでも良い、とでも言うような光ない目――。

 どこか親近感が湧いた。だけど、それは同じという訳ではない。

 俺は逸していても、彼女には何も見えていないからだ。


 どうでも良かった。

 今まで見てきた景色と同じように、等しく灰色なのだ。

 俺と彼女は無関係、一切の因果がない。

 悲劇でも起きない限り、俺は孤独を選択する。



 だから――こんなつもりは、助けるつもりなんて、なかったのだ。



 雪代は道路に飛び出し、車の前に立った。見ていたのは下で、何を血迷ったのか手を伸ばしている。

 例え、目の前で誰かが死のうとも動じないと思っていた。

 ただのクラスメイト、今日出会ったばかりで、顔だって覚えてないような相手。

 自分が命を掛けるつもりはなかった。


「――!」


 急ブレーキの音が鳴り響く。

 気づいたら荷物を投げ出し、走っていた。雪代の腕を掴み、思い切り引っ張る。なるべく早く引き寄せるため、抱き留め、後ろに倒れた。

 彼女のいた位置から一メートル進んだ地点で乗用車は止まる。

 運転手の男は「大丈夫ですか」と顔を青くしながら言った。

「問題ありません」と倒れながらに答える。

 背中の痛みはこの際どうでも良かった。


「退いてくれ、動けるだろ」


 そう言って、彼女を顔を見てぎょっとする。

 顔面蒼白――まるで大切な人が死んだことを報告された時のような、恐ろしい驚愕。

 少なくとも自殺志願者には見えなかった。

 病人の様相で立ち上がると、雪代は道路に目を遣る。

 ――今にも泣きそうだった。


 小さくない騒ぎだ、次々野次馬が集まってくる。

 下校中の女子生徒がスマホ片手に友人らしき人物と不躾に囁きあっていた。


「あの人さ、電車でもヤバいことしてたって……」

「あー、知ってる知ってる。誰にいないのに席譲ってたんだって」

「幽霊でも見えてるの? 気持ち悪くない?」

「だよね」


 何故か俺の耳によく届いた。

 俺に聞こえてるということは、雪代にも当然届いている。

 彼女は拳を強く握り反抗するかと思われたが、ふっ、と力を抜いて俯いた。


「馬鹿だ、君は馬鹿だ」


 言わずにはいられなかった。罵倒なんてしたくないけど、誰かが言わなければならないのだ。


「……助けてなんて言ってない」


 端的な拒絶の言葉。

 俺のことなんてどうでも良いらしい。

 何かを諦めていている人間の顔だ。


「何も知らない癖に」

「知らんよ。君が何を見ているのかなんて知りたくない」

「…………………………え、君…………?」


 彼女の疑問に答える義理はない。


「君が現実を見ないことで迷惑を被る人がいるんだよ」

「わかってるそんなこと、それでも助けを求めてる人がいたら無視できない」

「人ね……」


 それが本当に人なら納得できたかもしれない。

 車の前には何もなかった。誰もいなかった。

 助けるべき相手はそこにいない。


「人――あなたやっぱり見えてる(・・・・)のね?」

「は?」


 荷物を回収し、早々に立ち去る。

 俺と雪代に怪我はない、運転手も既にここを後にしていた。野次馬もはけ、何気ない日常へと回帰していく。

 雪代の動揺した姿に重なる記憶があった。


 ――ほんの数ヶ月前に、俺と共に赤い地獄に巻き込まれた少女。

 いや、今や大学生か。少女扱いしてられない。

 あの瞬間から、全てが始まった。今もなお続き、終わってくれない。


「あの地獄を破壊するまでは……」


 立ち止まらないのは、あの理不尽を破壊するため。

 こんな道端で止まってはいられないのだ。



 ◎


 ――どうしてこうなった。


「いや、わかりきってるか……」


 新年度もそこそこに、学生生活は何気なく進む。皆、新しい環境にも慣れて浮つき始めた。

 俺も例に漏れず、特に誰にも干渉させることない無意味な日常を送るはずだった。


「君、君! 無視しないでよ、君!」

「どうしてこうなった」


 絶賛付き纏われていた。

 始業式の日から、転校生――雪代桜子に。


 雪代桜子とは。

 黒髪ロングの可愛らしい女子生徒である。特徴は切れ長の目と、女子にしては高い身長。

 深窓の令嬢のようで、その実、行動力は高そうだ。

 それは見た目からの偏見。

 彼女が周囲から思われている印象は〈変人〉である。

 例えば、誰もいないし壁に話し掛けたり、誰もいないのに電車の席を譲ったり、誰もいないのに道路に飛び出したり。

 若者ならばヤバい、の一言で片付けるだろうがその異常は筆舌に尽くし難い。


「そんな変人に付き纏われる俺って……」


 俺まで変人に付き纏われる変人というレッテルを貼られてしまった。風評被害にも程がある。


 故に逃走を試みた。

 休み時間は散歩に、昼休みも散歩に。当然とばかりに雪代も着いてくるが気にせず歩き回る。

 しまいには雪代が俺に気がある、とかいう噂まで流れる始末。


「マジで辞めてください……」

「それは、君が本当のことを言わないから。私だって好きでこんなことしてない」

「だろうな。言っておくが、君は勘違いしてる」

「そういうのいいから。あなたも見えてるんでしょ? 後、私のこと君って呼ばないで」


 知らんがな。



 ――時は流れて、放課後。

 逃げるように教室から出ていった俺をやはり彼女は追ってきた。

 かれこれ二週間にも上る逃避行、放課後まで着いてきたのは初めてだった。まさか家まで着いてくる気か?

 それはまずい。


「おい、良い加減にしてくれ」

「君がね、どうして嘘吐くのよ? 別に誰にも言わないから」

「家まで着いてくる訳ないよな」

「……どうだろうね」


 不法侵入で追い払ってやろうか。

 まぁ、こんな下らない事件で警察を動かすのは忍びない。

 あまり乗り気にはなれんが、背に腹は代えられない。ほんの少しだけ善意を傾けてやるか……。


 俺はスーパーにやって来た。

 小さめな店舗、雪代は建物と俺を順番に見る。


「買い物するの?」

「そりゃそうだろ。一人暮らしだし」

「一人暮らしなの?」

「ああ」


 思春期の高校生なら、その一言には多かれ少かれ反応を見せるとは思っていた。


「私もそうなんだよね……」

「勝手に情報を開示してきたな」

「は? 何もそんな言い方しなくても良くない?」

「さて、今日は何を買うか」

「自炊……私はコンビニとかで済ませちゃう」


 女子高生がなんて生活をしている。

 若い頃は良くても、後々影響が出てくるのが健康という奴だ。どうなろうが知らないが、嫌悪感が先ん出る。


「辞めておいた方が良いぞ……ストーカーよりも酷い」

「……私が自炊するようになったら君が知ってることを教えてくれる?」

「交換条件になってないが――」


 ――特別に教えてやるかぁ。

 偉そうにそう言おうとして思考は止まった。

 雪代の視線が一点に固定されていたのだ。そこには何もない。

 生鮮食品のコーナーの一角のただの道端。

 彼女はまるで、そこに人がいるかのような態度を取っている。


 反射的に雪代の腕を掴んでいた。

 俺には何も見えない。


「何よ?」

「……………………」


 そうか、気づいていないのか。

 強引に振り払われ、彼女はそのまま真っ直ぐに進み、僅かに腰を下ろした。


「大丈夫ですか? 体調、悪いんですか?」


 周囲に人が少なかったのは幸運だった。

 奇異の目を向けられる数は少ない。しかし、数は関係ないのかもしれない。見えないものが見えているなんて気持ち悪い。

 これが俺の連れなんて思われたくない、とさえ思う。


 だが、次の瞬間、雪代の身体が独りでに思い切りショーケース吸い込まれた――それはまるで透明な何かに叩きつけられたようだった。鈍い重音が鳴り、辺りは静まり返る。

 雪代は冷気を浴びながら、首元を抑え、苦しげに息を漏らしていた。既に焦点は合っておらず、ガンガン、と足をバタつかせている。

 全て、ひとりでに――。


「っ、かはっ――」

「…………だから嫌なんだよ」


 俺は目を閉じる。現実から眼を逸らし、空想の世界へと踏み込んで行く。



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