第一章9 キャタ・フリージア
「さーて!しゅんちゃんがこの世界を信じてくれたことだし、他のメンバーのことも紹介しないとね!行くよ、二人共!」
あの私、まだパーティーとやらのメンバーになるとか一言も言ってないのですがね……。
とりあえず紬と龍乃助に着いて行き、部屋を出て廊下に出る。
そして紬と龍乃助がドタドタと騒がしい足音を立てて向かった先には、月を連想させるような煌びやかな模様が入った扉が堂々と存在していた。そして彼らがそれを乱暴に開けると、
「ひゃっ!なんだ!?びっくりしたぞ!」
中から聞こえてきたのは、可愛らしい少女の声だった。
「早く出てきてよ!大ニュースなんだから」
と同時に、苛ついたような紬の声も聞こえる。
「うぅ……一年も待たされては、流石に外に出る気も失せてしまったぞ。眠い。ひたすらに眠い……」
「そう言わないで出てこいってー。だってお前、暫く待たせる代わりにって、依頼とかも受けずに無償でここで生活させてもらってるんだろ。約束を守れないんなら、これ以上居候させる訳にはいかなくなるよ?」
どうやら龍乃助は、やる気なさげな少女の痛いところを突いたようで、
「そ、それは勘弁を願う……」
と、少女の泣き出しそうな声が聞こえた。
部屋の中で何が起きているのか理解に苦しみながらも、そこに入って行くことを躊躇していた私だったが、その声を聞いた瞬間、一体どこに潜んでいたのか正義感のような何かが顔を出した。
「ちょっと!弱い者苛めは駄目でしょうがー!!」
気付いたら何も考えずに、勢い良くその部屋に飛び込んでいった私だったが、部屋に足を踏み入れた瞬間、視界がぐらりと下方に大きく揺らいだ。それが何かに躓いた為であることを理解したその時には、私はふわふわしたものの上に倒れ込んでいた。
「キャタは弱くないぞ、新入り。心配しなくて良いんだぞ」
私を受け止めてくれたのはクッションだったようで、その声の主の少女もまた、大きなクッションの上に座っている。
想像通りの可愛らしく小柄な少女ではあるが、その見た目はかなり変わっていた。
前下がり気味の青髪のショートカットに、ゆったりとしたベレー帽のようなものを被り、腕の部分だけが異常に長くて膨らんだ衣服を身に纏っている。
――うん。これは萌え袖どころじゃない。キョンシーみたいだ。
突然飛び込んできた挙句思い切りコケるという、謎すぎる登場をした私を、龍乃助と紬は唖然として見下ろしていたが、この少女だけは丸い目をぱちくりさせながらも、私に手を差し伸べてくれた。
「新入り、名前は何ていうんだ?龍乃助や紬と同じ世界から来たのか?」
私は少女の手を借りて起き上がり、とりあえず軽い自己紹介をすることにした。
「えっと、名前は六月春来。二人と同じところから、いつの間にかここに召喚されちゃった人です。どうぞよろしく」
「キャタの名前は、キャタ・フリージアだ。まあ、よろしく」
そう言いながら彼女は、その長すぎる袖に包まれた片手を伸ばし握手を求めてきた。握手をする時ぐらい袖を捲ってくれても良いのではとも思うが、小さな手は確かにそこに存在しており、きゅっと力を込めてきた。
「一つ質問があるんだけど、なんでこんなクッションだらけなの?」
この部屋は見渡す限り、様々な種類のクッションに囲まれている。先程躓いたのもこれらの仕業だ。
「全部キャタがここの『主様』に頼んだのよ。この量だから相当な値段だったと思うけどね。しゅんちゃんと同じように、探してた逸材であるキャタがパーティーを組んでくれるって言うから、そのお礼にここに住まわせてあげてるし、毎日お風呂もご飯も自由よ」
主様?この家の主?
にしても、家といえば――。
「キャタは、ずっと自分の家に帰らなくて大丈夫なの?」
「大丈夫だぞ。春来は心配性なのだな。キャタは家から逃げて来たのだから」
キャタがそう言いながら大きな素振りで私の頭をぽんぽんするものだから、長い袖がバインバイン揺れて滑稽なことになっている。
キャタの返答に驚きの表情を浮かべた私を見て、彼女は更に続ける。
「今の春来にはピンとこないと思うが、キャタの父はテネーブルという国の偉い人だった。父は軍隊を操ることが出来たが、戦争好きの癖して自分は何の武器も魔法も使わず、たまたま強い精霊の加護を受けていたキャタを使って、色々な国を闇に陥れてきた」
「せ、戦争……」
これまた新しい恐怖に襲われたところで、龍乃助にぽんと肩を叩かれる。
「まあ安心しろよ。この国、ルミエールには戦争なんて無いからさ。キャタはこう見えて色々危険な目に遭っていたみたいだけど、とりあえずこの国にいる間は大丈夫だったから」
この世界にも国とか存在するんだ。
まだ何もかもがよく分からない世界ではあるが、不思議なことに、少しずつこの世界を知ってみたいという気持ちが芽生えてきたのであった。
闇の国からの愛らしい刺客、キャタです。この独特の名前は、彼女の出身国テネーブルでは割と普通に親しまれているようです。