第一章3 雪色の毛
「もー、ななが泣くから目立っちゃったじゃん。まあ……私もその、悪かったとは思ってるけど」
「ごめんって。でも、本当に悲しかったんだよ?」
七葉にそう言われた私は「悪かったって」と、我ながら餓鬼臭い謝り方をした。
店員に注意された時、なぜか私は声が出なくなった。謝らなければいけないのに。自分が納得せずとも、あの場ではそうしていなければいけなかったのに。
そして七葉の「しゅん、トラブルは起こしちゃ駄目だって」という声で意識を取り戻し、返事もしないままダッシュでカフェを飛び出した。
「うう……それは禁句。ま、まあ切り替えよ!私ね、行きたいところがあるの!」
すぐ泣くしすぐ傷付く七葉だが、意外と切り替えは早いのだ。
凹んでは戻っての繰り返しで生きている。生きづらそうだし、たまに面倒くさいこともあるが、私の数倍は一生懸命、人生とやらを楽しんでいる子なのである。
「『ホワイトウィング』って店で、動物と触れ合えるカフェなんだ!」
両手を合わせて瞳をキラキラさせてそう言う七葉には、美しさの中に無邪気な可愛らしさがあった。
「それって、猫カフェとかそういう類のやつ?」
「うーん……まあ、そんな感じ、なのかな?なんか今そういうのが流行ってるらしくて」
行きたいと言う割にはあやふやなところが突っ込みポイントだが、七葉だから憎めない。
そんな彼女の願いを叶えてあげるため、一緒にその流行りのカフェとやらに行くことにした。
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「きゃーっ!七葉ちゃんだ!!」
「動物も七葉ちゃんも可愛いー!」
流石、人気のカフェ。案の定今時っぽい女の子が店内の大半を占めている。
ということはつまり、超人気モデルの七葉を知っている女子なんて殆どな訳で。
ここまで来るのに何回もキャーキャー言われ、ごく普通の女子高生の私まで女子達の黄色い声に慣れてきてしまった。
それに関しては、さっきの店はまだ控えめな方だったから楽だった。
「七葉ちゃん、いつも応援してます……!あ、あの、一緒に写真撮ってください!!」
「えー嬉しいな!ありがとう。いいよ!」
「やったー!!ありがとうございます!!」
まったく、七葉も七葉だ。こんなところに変装もしないで堂々と現れたら、ゆっくり動物と触れ合うことなんて出来ないことぐらい分かりきっているのに。
完全に七葉に近寄れなくなってしまった私は、「ねー?」となぜか自分の肩に乗ってきた小鳥に問いかけてみる。
別に、せっかく来たはいいけど動物に好かれないというスキルを発揮して動物達に避けられて、寄って来たのがこの子ぐらいだったとか、そういうことではない。それでちょっと愛着湧いちゃってるとか、そういうことでもない。――ないよ?
「君、なんで私なんかにくっついてくるの?……そっか。皆あの子に夢中だもんね」
言いながら私は七葉の方に目をやる。
動物と戯れる暇もなく、次から次へとツーショットを強請られる七葉。嫌な顔一つせず、むしろ嬉しそうに女子達に囲まれている。
羨ましい、という感情は最早ない。だって彼女は、幼い時から私とは何かが違った。人を惹き付ける力。天性の魅力。そんなものがあるからきっと、皆七葉の輝かしい魔法に、言わば呪いに、取り憑かれる。
そして私もその内の一人だ。
ぼーっとしていると、そんな私の心情を察したかのように、小鳥が頬擦りしてきた。柔らかなミルク色の毛が頬を撫で、とても心地良い。
もしかして、慰めてくれてるのだろうか。――別に、慰めてもらう必要なんて……ないけど。
「ふふっ、この子ったらお客様にすっかり懐いちゃってますね」
聞き覚えのない声に振り向くと、そこには、ウェーブがかかった金髪を高い位置でツインテールにした店員の女の子が笑顔で立っていた。見かけからして多分私と同い年ぐらいだろう。
「えへへ……私に寄ってくる動物なんて珍しいんですよ。この子、名前なんていうんですか?」
私は少し嬉しくなってしまい、人差し指で優しく小鳥を撫でながら彼女に訊ねる。
「実は新しく仲間入りしたばっかりで、まだ決まってないんです。実はお客様が、この子と初めて仲良くしてくださった方なのですよ!」
彼女は私に驚く暇さえ与えず「という訳でお客様!」と、ずいっと身を乗り出してきた。
「は、はい?」
「いきなりですが、良かったらこの子の名付け親になってくださいませんか?」
「え、えと……いいんですか?」
「はい!なんだか私、お客様と仲良く出来そうな気がしてきました!」
突然食い気味になり、ツインテールを揺らして目をキラキラさせながらそんなことを言い出した店員さん。
な、仲良くって。初対面なのにフレンドリーすぎてちょっと私には眩しすぎるというか、刺激が強すぎるというか……。
「ではその前に私も自己紹介させてもらいますね!えっと私、紬っていいます!仲良くしましょう、お客様!」
カフェの店員さんに名前教えられたのなんて初めてだよ。
私が時代に乗り遅れてるだけ?え、違うよね?この子がちょっと特殊なだけだよね?
「ほらほら、遠慮なく呼んでみてください!」
私が固まっていると、彼女は私を急かすようにじっと見つめた。名前を呼ばれるのを尻尾を振りながら待っている子犬のようだ。
「じゃあ、紬さん」
「えーっ!紬でいいですよー!」
な、なんなんだこの子……。というか店員さんを呼び捨てなんて、なんか気が引けるなぁ。
「つ、つむぎ」
「わーい!!呼べましたね!」
「えへへ、なんか慣れないよ」
「慣れてもらわないと困りますよー!だって私達、いずれは――あ、いえ何でもないです。それよりこの子の名前を付けてあげないと」
紬は何か言いかけたみたいだが途中で止めてしまい、肩の上で私達のやり取りをずっと見守ってた小鳥を指差した。
「あ、そうだよね!うーん…じゃあ、この子の名前は――」
椅子に座ったまま、腕を組んで考え始める。
――私はこの時、自分とこの小鳥がどのような関係になるかも知らずに、頭上から響いた「接触完了」の声すら頭に入らないほど、命名に没頭していた。