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第二章3 紫色の檻

 シノムは変態にして腐っている執事兼調理人である。その変質者っぷりと言ったら、いきなり初対面の女子を押し倒したり、そしてその女子に溜め込んだ己の腐の欲望を吐き出すほどだ。

 ところで私はそんな彼の不興を買ってしまったらしく、まるで神隠しでもするように自室に連行され、正座させられている訳なのですが。


「はぁー危ない危ない。君には本当に精神削られるよ。三十分間の正座プラス玩具の刑ね。あ、ちなみに玩具の刑ってのは言葉通り、僕の玩具になってもらうってこと。内容は……CMの後で!」


「ちょ、どういうこと!?」


 この世界にCMなんて無いでしょ……どうせ龍乃助の台詞でも真似してーーとか言っている場合じゃなくて。

 艶のある藤色の髪の毛をくるくると弄びながら愉しげにこちらを見下ろすシノムと、彼の半ば理不尽な物言いに思わず身を乗り出す私。


 紫と黒に囲まれたシノムの部屋には、香水のような不思議な香りが漂い、特徴的な家具が並べられている。その中の一つである猫脚の椅子にゆったりともたれかかって、シノムは私を見下ろしていた。


「おっと。動くなって言ったでしょ?まあ事前に言わなかった僕にも不備はあるし、今回は飼育小屋の刑……つまり監禁はしないであげるからさ」


「かかか監禁!?」


 既に以前、軽く述べたことではあるが、シノムはリングのようなものから丸いもの、複雑な形をしたものまで様々な種類のピアスを着けている。今度はその中でもほんの一部に過ぎない、耳朶の装飾を指先で弾きながら彼はニヤニヤと笑い、私の頬を下から上へゆっくりと人差し指で撫でた。


「そう。言うこと聞かない女の子なんて所詮駄犬と同じ。ちゃんと躾けてあげるから、聞いて?」


 最悪だ。なんで私がこんな目に合わなきゃいけないの?

 誰か私が連れ去られたことに気付いて、探してくれてはいないだろうか。紬辺り、私とシノムが消えたことに気付き勘を働かせて助けに来てくれるかもしれないがーー望みは薄い。


「まずその一!僕は女の子がだーい嫌いだけど、だからこそ本当の汚い僕を見せられるのは女の子だけ。嫌われてもいい相手にはとことん言いたいことぶち撒けるのが僕」


 世の女子を代表して言わせてもらいます。死んで生き返って、もう一回ぐらい死ねばいいと思います。


「そしてその二!この家の男の子達には、ぜーったいに僕が腐っていることがバレたらいけません!だって、好きな人達には好かれたいでしょ?」


 絶句。言葉が出ません。息すら出来ません。


「最後にその三!まあこんな僕だけど、普段は別に恐がる必要はないよ。僕も一応、君達の執事ってことになってるしね」


 シノム、レキ、ミシュアは、アカシア家の支配人という扱いだ。旧主に代わってアカシア家を存続させていくコハクは勿論、そのコハクに協力する牙の世話役も、やり方はさておき何だかんだで熟してくれている。

 恐がる必要はないだなんて、まさかシノムの方からそんなことを言ってくるとは意外だったが――。


「あ、当然今は別だけどね?」


 彼はそう付け足すのを忘れなかった。

 そして立ち上がると、じわじわとこちらに近付いてくる。


「さあ、どうしたら君は僕の従順な犬になってくれる?」


 どんどん近付いてくるシノムの瞳からは感情を読み取れない。妖しく細められた瞳に映った自分の姿は、先程の怒りも怯えもとっくに忘れていて――。


「残念でしたね、シノム。愚行はそこまでです」


 その全てがシノムを思わせる部屋の雰囲気、香気、そしてシノム自身。それらに惑わされ、すっかりシノムのペースに持っていかれていた私は、はっとしてその声の方へと振り向いた。


「どうも、バケモノです」


 腕を組み呆れた表情で、開きっぱなしだった扉にもたれかかるようにして立つレキがそこにはいた。


「あーっ!もうレキ!はぁ……いっつも君は僕の邪魔をする」


 シノムは私を解放し、レキを睨みつけた。

 まさかレキが来てくれるなんて。とりあえず、助かった……?それにしても私、なんかもう逃げられなくなっちゃってた。どうかしてたよ。


「喧嘩を売っているんですか?あなたこそ、俺の手を煩わせるのはそろそろ辞めたらどうです?迷惑なんですよ。俺は主様に頼まれてニンゲンさんを探しに来ただけです」


「ニンゲンさんって……春来ちゃんのこと?」


 そうですが何か、と言うレキに向けられたシノムの表情に僅かな曇りが見えたのは気のせいだろうか。

 対してレキは、冷淡な目でこちらの方を見て、


「ニンゲンさん、この男に捕まらないうちに部屋を出て下さい。俺は次の仕事があるので付き添いは出来ませんので」


 それだけ言って、こちらにくるりと背を向けると、そそくさと部屋を後にした。


「――レキ、いつになったら吹っ切れるつもりなんだよ」


 先程とは打って変わって、床に言葉をぽとんと落とすように呟くシノム。

 長めの前髪をくしゃりとかきあげ溜息を漏らす彼に、思わず戸惑ってしまう。


「あ、えっと、その――ぼ、僕の大好きなコハク様が君を探してるって?いやぁ、まいったな。流石の僕もそうなってしまっては、君を解放しない訳にはいかないよね!」


 シノムは自分を取り戻そうとするように首を振ると、私の背中を押して無理矢理部屋の外に追いやった。


「ちょ!今度は何なの?」


「ほらほら、早くコハク様の元に行って!あ、僕との約束は守るんだよ!」


 約束というのは本来、互いの同意があって結ぶものなのではないだろうか。今回の場合、シノムが一方的に自作の三つの決まりを喋っただけだ。――でもまあ、守らないとどんな目に合うか分からないし、守ってやれないことでもない。

 急に百八十度変わったシノムの発言や行動には文句を言ってやりたい気持ちは山々だが、ここはぐっと堪えて大人しく部屋を出てやることにした。


「――――僕だって、君と同じバケモノだよ。レキ」


 小さく漏れ出し背中に伝わったそのか細い振動に、私はその時気付くことが出来なかった。

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