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第一章17 特等席

「きゃあーっ!KOYUKIー!KOYUKI様ー!!」


 辺りに広がるのは黄色い歓声。それもそのはずである。

 今大人気の男性アイドル、KOYUKIの歌声が響き渡る中、思い思いに飛び跳ねる女子たち。そんな彼女らと一緒になって、ペンライトを振り回す私。

 ライブって、本当に最高!しかもこの私、何をどうしてこの特権を手に入れたのかも、前世でどんな徳を積んだのかも、さっぱり覚えていないけれど、スタンディングの最前列にいるのですから!

 これは寿命縮めてでも、汗だくになって楽しみまくるしかない。


「KOYUKIー!こっち向いて!――って、ん?」


 ライブハウスという場所の特権を活用して辺り構わず大声を出し、反動で吸い込んだ空気に私は違和感を覚えた。変だ、この空気。クリアでないに留まらず、煙い。

 どうやら異変に気付いたのは私だけではないようで、次第に辺りがざわつき始めた。


「ねえ、なんかおかしくない?」


「まさか火事?」


 未だ異常に気付いていない、この場を楽しみ飛び跳ね続ける周囲にかき消されつつも、ちらほらとそんな声が聞こえ始めた。

 そんな私達のざわめきを読み取ったのか、KOYUKIは歌うのを辞め、屈んで私達を安心させるように、優しい笑顔を見せた。


「大丈夫だよ」


 う、美しすぎますってー!

 叫びそうになった。そしてそれは周りの女子達も皆、私とまったく同じ気持ちのようである。KOYUKIが楚々たる微笑みを見せると、会場はまたもや大歓声に包まれた。


「だって今から――僕の魔法をプレゼントするからね」


 KOYUKIは素早く立ち上がり、うっとりと自らを見つめる観客の方に、ばっと掌を見せるようにして手を伸ばした。

 通常ならば、ここで観客を大いに沸かせる演出が期待されるのだが――彼のその台詞は、決してロマンチックな比喩でも何でもなかった。その掌には、吸い込まれるようにして赤い光が渦を巻くように集まっていき。

 そして彼は、少しのざわめきを残し鎮まった私達に向けて――あろうことか、勢い良く炎を放出した。



❖ ❖ ❖ ❖ ❖ ❖ ❖ ❖ ❖ ❖ ❖ ❖ ❖



「あっつうううううう!!」


「わっ!ごめんなさい春来。じっとしててください!」


 仰天したような声がする方を見上げると、目の前には額に脂汗を浮かべるコハクがいた。

 ――KOYUKIは?ステージは?今のは夢?


「そ、そんな……。私の特等席……」


 間抜けなことに私は、あの光景がただのレム睡眠時による幻だったということにショックを受けて、ただ呆然としていた。


「寝ぼけているのですか?まあ、僕としては、あなたにはまだ眠っていて欲しかったのですが――」


 コハクの言うことを半分くらいは聞き流し、寝ぼけている――それならいっそ、またあの夢の世界へ行こうか――などと、馬鹿みたいなことを考えつつ。

 ぼんやりした瞳で辺りを見回してみると、私達は燃え盛る炎に囲まれていた。


「――え?」


 しかも、驚いたのはそれだけではない。さらに私は、コハクに所謂お姫様抱っこというやつをされていたのだ。


「あの、コハクさん。これって一体どういう――」


「動かないでください。覚えていないと思いますし、分かっていないとも思いますが、あなたは紬と一緒にゲオルに殴られ、気絶していたんです。――ごめんなさい。僕が役立たずなばかりに」


 先程だってそうだったが、コハクは自分を責める時にこの表情をする。無念さと喪失感に包まれた様な、自嘲的なこの表情を。

 そんなコハクの様子に、何とも言えない哀情を催す私ではあったが、どこからか誰かの唸り声が響いていることに気付き、びくりと体を震わせた。


「コハクよぉ……こんな炎じゃ、大事な鳳凰使いの嬢ちゃんを守れねぇぜ」


 これ程の猛炎を素手で払い除け、姿を現すことが出来るのなんて、この男しかいない――。


「ゲオル……」


 気付いたらその名を口にしていた。憎しみと共に、絞り出すように口から出た。


「いやぁ、嬢ちゃんも名前を覚えてくれたみたいで、光栄光栄」


「――中々の演技派だったんですね。僕も騙されるところでした。もう、あなたに勝てると思ってましたよ。まあいいでしょう――あっさりと死なれてしまっては、僕も困ります」


 てっきり、コハクとゲオルは私が見えないところで――目を背けていたその影で、決着が付いているものだと、そう思っていた。

 謝るからとコハクに叫んだのも、全部演技――ということだろうか。仲間の加勢が来るまでの時間稼ぎのための、演技。

 私は改めてこの男の恐ろしさを感じ、背筋が寒くなった。


 他の皆は、どうしただろう。今ここには私とコハク、そしてゲオルしかいない。

 きっと恐怖に蝕まれていたであろう心情を必死に隠して、明るい笑顔で私を安心させてくれた紬。並外れの脚力で敵を蹴り飛ばしてくれた、いざとなったら勇ましい龍乃助。勘と頭が良く、ピンチな時につい頼ってしまいたくなるキャタ。

 急に目頭が熱くなり、下を向いてしまう。


「い……やだ。皆のこと……殺さないで」


 こんな弱々しい声しか出せない自分が情けなくて、コハクの顔を見ることすら出来ない。

 つい悲観を巡らせていると、冷たい手が私の頬を優しく撫でていることに気付いた。


「大丈夫。絶対に死なせたりしません。皆のことも、あなたのことも」


 ――守りますから、と。コハクはそう言い切った。


「僕はもう、分かったんです。大事な人達を守るには、確かに一人では無理だ。でも――僕はもう一人じゃない。それにあいつは、僕を殺せない。そういう契約ですから。だったら僕が、決着をつけるのみってことですよ」


 契約って――と、疑問が私の口から出る前に、コハクは私を片腕で抱え直すと、地面に向かってもう片腕を伸ばした。

 そして掌から炎を噴射し、その勢いで高く飛躍した。勿論、私を抱えたまま。


「コハク、それで逃げてるつもりか?言っとくけどなぁ、俺はお前は殺せなくとも、お前の大事な仲間なら、何人だって地獄に葬ってやることは出来る訳よ!」


 ゲオルは余裕そうな笑みを浮かべ、ただ私達を見上げる。

 自分の命が危険に晒されているという不安と、何も出来ないもどかしさが、嫌でも私の脳内を支配する。


 ――ああ、こんなとき、あの人ならどうするのだろう。

 勇敢で、情に厚くて、例えその他が溢れていたって彼自身が正義なんだって、そんな風に思わせてくるあの人なら――窮地を脱する最適解を、本能で見つけ出すのだろうか。


「じゃあ、俺が地上から相手してやるよ!」


 幻聴かと思った。しかし、私がその声を聞き間違える訳がない。生気に満ちた声が空気を震わせ、士気を高めるように響き渡った。

 姿を消していた龍乃助が、突如としてゲオルの前に現れたのだ。これには流石のゲオルも動揺を隠せないようで、


「お、お前、何処に隠れていた!?」


「火の中……ってところ?」


 龍乃助は悪戯っぽく笑うと、思い切りゲオルの腹に飛び蹴りをした。あの威力だ――ゲオルの内蔵は破れなくとも多大な打撃を負い、痛みに痛んでいることだろう。おまけに不意を突かれたとなると、相当大きなダメージだ。


「テメェ……!ぶっ殺す」


 怒りで目を血走しらせ、打撃技を相手に食らわせるため、煤に塗れた太い腕を振り回すゲオル。対して、自慢の素早さで相手を翻弄し、相手の体力を削らせようと試みる龍乃助。


 コハクは、ゲオルが龍乃助を狙い始めたことを確認したものの、まだ地面に火を送り飛び続けている。その腕に多少なりとも不格好な感じで抱えられた私は、まだ動揺を隠せないまま地上の様子に目を奪われていた。

 

「皆を勝手に殺されては困るぞ」


 突如として現れたのは、龍乃助だけではなかった。


「この私を吹っ飛ばしたとか、おまけに大事な新入りを殴るとか、許さないから!痛い目に合わせてあげる、シロがね!」


 キャタは黒い光線を連発して打ち、紬は魔法陣を描き本日二回目のシロを召喚した。ゲオルはその腕でキャタとシロの攻撃を、躱すことなく振り払う。しかし、そんなゲオルもかなり苦戦しているようだ。歯を食いしばり、体のあちこちから来る痛みに耐えているのだろう。


 と、コハクは飛躍したまま安全そうな岩を見つけ、その上に私を降ろし、自らも隣に腰を下ろした。確かにここなら危険は及ばなそうだが、随分と高いところまで来てしまったものだ。


「ゲオルに火はあまり効きませんから、生憎僕はあいつと戦っても不利です。……まったく、予定が狂いましたね。一人でも戦って勝つつもりだったのに」


 そう言うものの、コハクの表情は安堵の色を浮かべている。それはそうだ。仲間が助太刀にきて嬉しくない人なんていない。


「あの、コハク、ごめん……何と言っていいか。辛かったねとか、なんとかなるよとか、なんとかするよとか、かける言葉はいっぱいある。でも、コハクにかけることを許されるような言葉は、そんなもんじゃないよ」


 すると、私のシリアスな雰囲気とは打って変わって、コハクは上品にクスクスと笑った。


「僕にかける言葉が無いのなら、世界に魔法をかけてください」


 言いながらコハクは、私の後頭部に手を当てる。彼が手を離すと、その指には私のものであろう固まった血が絡みついていた。


「いぎゃー!コハク様の綺麗な手がぁ!」


「大袈裟ですよ。それより、僕の視野が足りなかったばかりにこんなことになってしまって。無事に戻って、治癒魔法をかけてもらいましょうね」


 コハクはそう言うや否や、立ち上がった。そして、そのまま岩の縁まで歩いて行くと、落ちるのではないかと思うほどのギリギリの場所に立ち、下を見下ろした。

 危ない危ない、と両手をバタバタさせて慌てる私を振り返るコハク。


「僕の役目はここで終了、とは言ってないでしょう?奴が最後に見るものは、僕の勝ち誇った顔にしてやりますよ」


「コハク――行くの?」


 それを聞いたときにはもう、彼の答えなんて分かりきっていた。それでも聞いた。なぜなら――、


「勿論。これは僕の使命ですから。見ていてください、さっきあなたが夢の中で逃したと嘆いていた、特等席でね」


 今、瞳に静かに熱を灯し戦場へと飛び込むコハクを見送るのは、私にしか出来ないことだから。

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