第一章11 救済の一手
「に、似てる……」
ああ、分かった。なんで私が初対面のこの人を前にして、こんな状態になっているのか。
彼は――なんと私の大好きな『あの人』に激似していたのだ。私はあの人をリアルに見ると緊張し、とにかく緊張し――そして緊張の糸が切れると、所謂ハイな状態になってしまうのだ。
「まさか……まさか!こんな所でお会い出来るなんて夢にも思っていませんでしたぁぁ!!いや、この世界が夢なのかもしれないけど!!それでも私は幸せですぅぅ!!」
この常人離れした容姿、漂う皇子感。KOYUKI様だ!!KOYUKI様としか思えない!!
脳内を自分の大好きな歌手でいっぱいにして、目の前の美少年の綺麗な手をむんずと掴んでぶん回す頭のおかしい女が、そこにはいた。私だ。
ここで一つ明らかにしておくとしよう。この状態になったら最後、私の記憶は羞恥心と理性と一緒に彼方へぶっ飛ぶ。
「まだ夢ネタ続いてたのかよ」
言いながら紬の後ろから現れた龍乃助は、奇行を働く私を見てドン引いた声を漏らしたのだった。
❖ ❖ ❖ ❖ ❖ ❖ ❖ ❖ ❖ ❖ ❖ ❖ ❖
「ほんっとうに申し訳ありませんでした……。数々の御無礼をどうかお許しください……」
「ふふ、気にしないでください。僕を一体誰と間違えたのか気になるところではありますが、これ以上何も聞かないでおきますから」
土下座しようとする私を宥め、何か踏み込んではいけないものを察したかのように振る舞うコハク様。
ああもう、なんで私っていつもこうなのなのだろうか。初めてKOYUKIのライブに行った時だって失神したし(今は慣れて、数秒間意識を失いかけるまでに留まってはいるが)、握手会の時だってさっきみたいな状態になって、自分が何を言ったのかすら覚えてないし。
いやそもそもこの時点で、いくら似てるからといってコハク様を目の前にしてKOYUKIのことなんて考えてるから駄目なんだ。自重してくれ自分、としか言えない。
「そんな項垂れないでください、春来さん。僕はあなたを心から歓迎すると共に、言葉に出来ない程に感謝しているのですから」
天使の笑みを浮かべるコハク様。対して私は、彼の言葉の意図がいまいち読み取れず、きょとんとして首を傾げていた。
この私が一体いつどこで、この美少年にそこまで評価されるような快挙を成し遂げただろうか。
「でも春来さん、本当に良いのですか?あなたはここの者に救われた訳でも無ければ、そもそもこの世界の住民ですらない。なのに、本当に何も疑いも警戒もせず――」
ちょっと何言ってんのか全く分からないんだけど、なんなの?この人。なんなの?この状況。
「この世界を救ってくれるのですか?」
「はいいいいいい!?」
予想外の私の反応に、びくりとした後に顔を強張らせるコハク様。そして瞬時に手で口を覆い、自分は何か変なことを言ってしまったのかと悶々と思考を巡らせている様子。
何だこれは。一体どんな無茶苦茶な話になっているんだ。と、私がそんな思いを訴えるように龍乃助と紬の方を見つめ――否、睨んでいると、
「やっべ」
と龍乃助が一言。紬も軽く舌を出し、あざといポーズで誤魔化しを図る。だがしかし、
「まさか二人共……」
コハク様が、整った顔面を歪ませてわなわなと震え出した。彼は察してしまったのだ。二人が取り返しのつかないことをやらかしていたことを。
「春来さんの同意も得ず、勝手にあの鳳凰とのペアリングを完成させてしまったんですか!?」
怒りと焦りとで白い肌は上気して赤く染まり、先程の冷静さも落ち着きもすっかり失ったコハク様。豹変した彼が鬼のような形相で詰め寄ると、二人は「ひぃぃぃ!」と情けなく悲鳴を上げ、
「や、やったのは紬だ!!なぁ、コハク?俺は……俺は流石にやばいなって思ったんだぜ!?」
「はぁ?なによ、りゅうの!!あんただってノリノリだったじゃない!選ばれし存在だとか言って、しゅんちゃんを煽ててたじゃない!」
「いやそれ本当のことだし!?だったらお前はどうなんだよ紬!しゅんが必要だとか、しゅんしかいないとか……それはしゅんを煽てる為だけの言葉だったのかよ!ああ?」
「話ズレてるんですけど?てか、私だって本当だもん!私の方が本当だもん!しゅんちゃんが必要だから、しゅんちゃんしかいないから、だからなんとしてでも早くペアリングを済ませないとって……」
そこまで言って紬の威勢は段々と無くなっていき、それに伴って声も弱々しいものに変わっていく。しばし紬は俯いて表情を隠してしまったが、意を決したように顔を上げると、
「ごめんなさい、しゅんちゃん。本当はいけないことだって、分かってたの。縁もゆかりもないこの世界を、そんな簡単に一緒に救ってくれる人なんていないってこともね」
紬の瞳には哀愁が浮かび、胸を締め付けられるような強い哀情が伝わってくる。そんな彼女を見てか、コハク様も龍乃助も表情を曇らせて黙ってしまった。
「でも……この機会を逃したら、しゅんちゃんを逃したら、私達には絶望しか残らないんだよ……」
私には――何も分からなかった。
この世界に起きている問題も。彼らが抱えているものも。そして――運命ってこうも簡単に、とんでもない方向へ転がされてしまうということも。
ただ一つ分かるのは、人生で初めて自分がここまで求められたという事実。それだけだった。
「縁とゆかりは、あるのかもしれないよ」
私の言葉に、その場にいる全員が反射的に顔を上げた。
「いや――紬が繋いで、龍乃助が私の元まで引っ張ってくれた。だから私は今、この世界にいる」
紬一人でも、龍乃助一人でも、私をこの世界へ連れて来ることは出来なかった。そして何より、この非現実的で夢のような異世界召喚が私の元に訪れたのは――、
「私を必要としている人達がいて、こんな私一人がいて初めて救える世界がある。それは本当なんだね?だとしたら、私がここにいる理由なんて十分すぎるぐらい十分だよ」
「しゅんちゃん、それってつまり――」
例えどんなに信じられない状況に立たされていたとしても、自分に伸ばされた手があるのならば掴まずにはいられない。私、六月春来とは、そういうとこだけ無駄に正義感に似た何かを発揮する人間だった。
「言っとくけど私、皆が私なんかに何を期待してるのか全く分からないし、世界を救うなんて大規模なことが出来る力は今の自分には全く無いと思ってる。――それでも、嬉しかったから!だから……私が本当に役に立たなかったその時は、ちゃんと切り捨ててね。えーっと、つまり――」
ごく普通の女子高生として生きてきた私が、こんな意味不明な世界をゲームの主人公みたいに救えるはずがない。それは確信すら出来る考えだったが、しかし私は自分の意志で初めて、清々しくこんな台詞を言ったのだった。
「一緒に世界を救うお手伝い、させてください!!」




