ここで言うことでもないかもしれないけれど
女はセックスをやらせてやることができる、というだけで、男に対して価値を持つ。
現代日本(また、おそらく世界全体)は、男で成り立つ社会なので、男に対して、というのは、社会に対して、と置き換えることができる。
実際セックスをやらせてやることができる女は、どうせ私なんか、という自己評価の低い女から見ても、価値ある眩しい存在であるから、女も含めた社会、という言葉を使うのは間違いではないだろう。
ひとの、特に男のセックスをしたいという気持ちは、欲求なので不変で不滅だ。
女はしようと思えば、その価値を金に替えることができる。
ただ女の身体つきをしているというだけで、社会的に価値を認められ、その上金を得られるのだ。
努力を重ね、何らかの能力を発揮しても正当に認められない。
自分の想定する尊重を得られず、価値をわかってもらえない。
低く見積もられている。
そう感じさせる現代社会の中で、女は充足するということがなく、穏やかに満たされるということがない。
さらにはキラキラぴかぴかインターネットが追い立ててくるのだ。
寝る間も無く、休む間も無く。
もっともっともっともっと
追い立てられるからには、それに見合うだけのものを手にしなければならない。
金、高級焼肉、小ぶりなバッグのコレクション、デパコス、整形、フォロワー数ーー
もしそれらの獲得を、最速で確実に、やりたい努力により保証されるとしたら……
つまり着飾ったり、出かけたり、敷居の高そうな店に入ったりするのは苦ではない、むしろ好ましいと感じる女は多い。
他者からかわいい、金を出す価値がある、とみなされるのは、例えそれがセックスをやりたいから、という理由からきたものであっても、まるで自分を正当に評価された結果であるかのようで、悪い気はしない。
そして社会は、パパ活という名の売春を生み、さばききれないほどの、キャバクラ入店希望者を生む。
どうか、知って欲しい。
あなたの価値は
金
などという、現代社会で流通しているだけのまやかしの額面で、決まるものではないのだ。
一晩が二万円だろうが、本番なしで六万円だろうが、それはひとの現代経済市場で欲求に基づいてはじき出された価格であって、あなたの本来の価値の対価ではないのだ。
何がこれほど気に触るのかというと、私は搾取されるのを見ていられないのだと思う。
人生の中で、文句なしに最も美しく、生殖機能に優れ、その存在だけで世界を照らすことのできる、その時代を、まやかしに踊らされて、無為に過ごして欲しくないのだ。
無為などと決めつけると、その女の無知さ加減、愚かさを利用して利権を貪っている輩に怒られそうだが、私は現実主義で自然主義で動物的観点からものごとを捉えるのが好きなのだ。
女の体は同時に多数の異性と性交するつくりにはなっていない。
ひとつぶでも多く自分の遺伝子をばら撒きたい男と異なり、女は最も優秀だと察知した男の遺伝子のみを繋ぎたいのだ。
妊娠・出産、しいてはその後十数年続く育児が身体的(現代においては社会的にも)損失に繋がる可能性を孕んでいることを鑑みても、限られた機会は厳選された優良な子に捧げたいと望むのは当然である。
不特定多数の遺伝子など、考えるだけでおぞましい。
そんなものは種の存続のために生命を保ち続けているひとの営みに反する。
話は逸れるが、誤解のないように、注釈を入れたい。
ここで言う優秀な遺伝子、とは、何も社会的経済的に優位に立ち、イケメンで高身長で優しい男の遺伝子、という意味ではない。
他者から見て驚くほど魅力がないように映る男にも、熱烈に惹かれて子をもうけるに至る女は現れる。
世に溢れるDVの事例を見ても明らかだ。
彼女たちは首に包丁を突きつけられて、籍を入れ、セックスをすることを強要されたので、仕方なくそうしたわけではないのだ。
まるで相手が豹変したかのように被害を語る彼女たちも、うすうす、もしくははっきりとその萌芽には気づいていたはずだ。
それでも強行突破したのは他ならぬ自分だ。
そしてその遺伝子はひとの種の存続のためには必要不可欠だったのだ。
疫病が蔓延した時、不測の事態が起きた時、絶滅の危機に陥った時、それでも生き延びることのできる遺伝子を持つ者をつくるために、多様性を保つために。
その際には経済的勝ち組であることやコミュ力が高いことなど、一般的に優秀とみなされる属性など一切関係なくなる。
ただひとが死に絶えないように、多種多様な遺伝子は常に用意されていなければならない。
どれだけ疫病のウイルスが強力だろうと、生まれながら抗体を持つ者が必ずおり、絶望的な環境の中でも、突拍子もないアイデアで自分だけでも乗り越えんとする者が現れるように。
話を戻す。
金を払って女に相手をしてもらうことがステイタスであるかのような風潮も、性的魅力を値決めしてもらいその額面の多寡で自分の価値を測るような認識も、なくなって欲しい。
ネットで流れてきた売春絡みのコンテンツに涙が止まらなくなった。
私がひとりで生活を担った過去に、いざとなれば春を売ればよい、だから女である私は食いっぱぐれることはない、と、その手段をお守りのように胸に忍ばせていた事実があることも正直に告白しよう。
それでもいくら私が夢見る夢子ちゃんと揶揄されようとも、セックスとは友愛を結んだ二人が究極に仲良くした結果であり、それはとても素敵で、最高に気持ちがいいものである、との考えを私は捨てる気はないし、その観点からも、金のために差し出されるセックスを黙認したくないのだ。
きらきらピカピカは虚構として適当に楽しめばよいだけで、どうかあなたを見失わないで、まやかしに流されないで、と祈っている。
なぜなら糧とする失敗にしては、失うものが大き過ぎる。
社会が教えてくれないのなら、私が伝えたい。
あなたは値決めなどの及ばない尊い存在であることを。
誰も聞いてくれなくとも。
お読みくださり感謝します