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4話

 アルバイト初日、皿洗いマシーンと化した僕は次々と運ばれてくる食器をザブザブと洗っていた。体格が違えば使う食器のサイズも違うのは当然のことだった。人間サイズ以外は大きくても小さくても洗いにくい。僕たち人間ですら食洗器とかいう文明の利器を発明したのだから、魔法がまかり通るこの世界にもきっとあるはずだ。でもそれがあってしまうと、僕みたいな魔法も使えない人種の仕事が無くなってしまう。昨日レンがそう説明をしてくれた。ものは考えようだなと石鹸で荒れた手をまじまじと見た。

 きっちり十時から十八時、休憩一時間と昼食の賄いつきで日給七〇〇〇キール。時給一〇〇〇キールという明朗会計だ。給料は日払いで銀行役も兼ねている区役所に直接振り込まれる。なんとか異世界転移初日に背負ってしまったホテルの宿泊代という借金は完済できた。


 数日経ってアルバイトを始めて初めての休日、僕は近所の「レピエッラ」へ来ていた。知っていることばで言えば「教会」とか「お寺」とかになると思う。メセンゼ教の宗教施設のことをこの世界の人たちはそう呼んでいる。異教徒でもお祈りの時間以外は自由に見学していいとのことだった。異世界人の僕はいつこの世界から消えてしまうかわからない。折角だし異文化体験でもしておくかと足を運んだわけだ。

 僕が今生活をしている地区は田舎だと言われているらしいが、それでもレピエッラは荘厳そのもので、美しさにただただ圧倒された。レピエッラは見る角度や時間などによって色を変える半透明の石でできている。今は胸がすくような空色をしている。

 入り口には守衛さんのような人が二人立っていて、入ろうとする人たちの服装をいちいちチェックしていた。区役所でもらった異教徒向けパンフレットによると過度な露出は固く禁じられているらしい。半袖、半ズボンですら渋い顔をされる。

 すれ違うメセンゼ教徒たちは「ユシシ」と呼ばれる首から足首まですっぽり覆うケープのようなものと「ユクリ」という帽子を身に着けている。色とりどりの布、華やかで煌びやかな刺繍、見ているだけで飽きない。

 僕はカバンからユシシとユクリを取り出した。この世界から再びどこかへ行ってしまった異世界人が残した古着だ。この前アルバイト用の服を異世界課でもらった時にアウロハが「是非に!」というのでもらっておいたものだった。

 空色に金色のスパンコールのようなもので刺繍が施されている。色や刺繍にはすべて宗教的な意味があるそうだ。これは「懐古」らしい。さすが異世界人の所有物だ。

「ハジメさーん! お待たせしましたー!」

 遠くから手を振ってアウロハが小走りにやって来た。マントのようにはためくユシシに足を取られはしないかとハラハラする。

「それ、着てくださったんですね。お似合いです」

 そう笑うアウロハは薄い紫に青色の刺繍だ。意味は「親しみ」「博愛」で、国際交流の場などでよく着られるものらしい。

「これは私の祖母が作ってくれたものなんですよ。異世界課なんて、って反対していた保守的な祖母が初出勤の日の朝、手渡してくれた思い出の品です」

 アウロハがくるりと回ると、花びらのようにユシシがふわりと広がった。宗教どころかこの世界に疎い僕でも、それがアウロハのおばあちゃんの様々な願いや祈りが込められたものだとわかる。世界が変わっても家族への愛情というものはどこにでもあるようだ。

「それでは、レピエッラに入りましょう! 観光地として旅行客にも開放されているので、規則さえ守っていただければ、あまり固くならず自由に見学していただいて大丈夫です」

 そういうとユシシの中でもぞもぞとショルダーバッグをあさり、分厚い紙束を取り出した。キラキラを通り越してギラギラとしたアウロハの目が僕を見る。

「徹夜で作ってきました! ハジメさんはメセンゼ教のことをあまりご存じないでしょうが、これを読めばわかると思います。今日は私がきっちりお教えしますので、ぜひ覚えて帰ってくださいね。まずレピエッラですが、外観は――」

 どうやらオタク特有の早口というのもこの世界にあるらしい。


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