はじめてのスキル
あれから3日テンガはまだ古の女神の洞窟にいた。
洞窟内に毒煙が溜まっている部分はないか?
大沼虫の生き残りは居ないか?
はじめてのスキルを試してみよう。
などと彼なりに理由がある様に振る舞っていたが実際のところ街に帰るのが怖かったのだ。
テンガは何かを考える様に一人つぶやく。
「しまったな。主長の帰りがいつなのか聞いてから来るべきだった。」
自分を殺す為の特別依頼を出した受付嬢。
あの時主長の帰りなんか気にしてる余裕なんかなかった。
万が一まだ主長が戻ってきて居なくとも受付嬢に直接刺される様な事はないだろう、筋肉バカどもに今回の稼ぎを取られても、また薬草採取の日日に戻るだけだと考えテンガは街に帰る事を決めた。
集会所にいつもの筋肉バカの罵声が響いた。
「おい!テンガが帰ってきやがったぞ。
」
「マジかよ。本当に大沼虫倒しやがったんだな。」
「本当は洞窟の前でうじうじしてただけで、誰かに倒して貰っただけじゃないのか?」
「自然力どころか、ナイフすら一本も持ってないのになかなかやるじゃねえかクソテンガ。」
「ガーッハッハ。」
聞き慣れた下品な筋肉バカどもの声が懐かしく感じる。
あー、無事討伐依頼をこなして帰って来たんだとテンガは思った。
テンガは緊張した面持ちで受付に向かった。
そこには悲痛な面持ちの受付嬢と、少しニヤケ顔の主長がいた。
「主長帰って来て居たんですね。
特別依頼完了しました。」
「ああ今回の事はすまなかったな。
受付嬢は俺が泣かしといてやったから許してやってくれ。」
泣かしといたから許してやってくれ。
テンガは殺されかけたのにそれだけかと不満に思った。
「泣かしといて?」
「ケツひん剥いて叩きまくってやったんだ。」
(スキル読心術が主長に発動しました。
良かった。本当に良かった。最高だ。)
テンガはじめての読心術のスキルは主長が受付嬢のケツを叩いた感想なのか?
テンガは最悪の気分だった。
主長はテンガに心を読まれたなどと気付かずにさらに話し続ける。
「それからテンガには特別依頼の報酬が出るぞ。
今回はこちらの不手際もあったからお金だけじゃなく権利もつける。
これからは薬草採取の依頼を受注なしで、いつでも薬草を納品してくれて構わない。
テンガの住んでる洞窟は街外れだから毎日集会所まで依頼を受けに来てから出発するのも大変だろうと思ってな。」
テンガは一瞬それだけかと思ったが、確かに住んでる洞窟から街の中央の集会所までは歩いて40分近くかかった。
集会所からまた街外れのジャングルに歩いて行くのはとても非効率だったのだ。
そういえば昔、薬草採取してから依頼受注させてくれないかと受付嬢に聞いた事もあった。
受付嬢は悔しそうにカウンターにお金を置いて大きな声で言う。
「大沼虫討伐報酬の3000インと特別依頼報酬の10万インです。」
「おおー!」
10万インと聞いて集会所がにわかに活気付く。
テンガは10万インなどと今まで持った事もない様な大金に震え上がる。
もちろん自分が依頼報告して集会所が活気付くのもはじめてだった。
テンガはこの集会所ではじめて仲間と認められた様な気がして嬉しかった。
「よっしゃー!やったるぜー!」
「今日はパン屋か豆屋か?」
「いやいや10万インなら武器屋か防具屋もあり得るぜ。」
筋肉バカどもの声を聞いてテンガの喜んでいた気分は一転して、口からヘドロでも吐き出してやりたいくらいの気持ちになっていた。
10万インというテンガにとっての大金も新人の月の稼ぎの半分くらいだし、大沼虫の討伐も普通のハンターならなんでもない事だったのだ。
見兼ねた主長が声をあげる。
「おいおい仕方ねえな。
俺のお古のナイフと聖光の腕輪だ。
ナイフには水の再生効果が付与されてるし、聖光の腕輪は暗闇や洞窟で使えるし少しだが防御効果もある。
10万インでいいぞ。
新品だったら40万インはする品だ。
俺のお古だから万が一盗まれても俺に言えば見分けが付く悪くないだろ?」
「へっ?」
正直孤児のテンガには二つの価値がわからなかった。
(スキル読心術が主長に発動しました。
全く手のかかる可愛い奴だぜ。)
さっきのしょうもない主長のケツ好き情報とは違い役立つ情報が読心術でゲット出来た。
「おっお願いします。
是非、主長のお古を俺に使わせて下さい。」
そう言ってテンガは主長にお金を渡し、ナイフと聖女の腕輪を受け取った。
「お前らも聞いてたな。
ナイフと腕輪カツアゲしやがったら窃盗だからな。」
「へいへい。」
主長に睨まれた筋肉バカどもは退散していったのだった。
集会所からの帰りテンガは生まれてはじめて心から買い物を楽しみ散財していた。
当然あの憎らしパン屋には行かない。
豆屋で豆を5キロ、はじめての肉屋で干し肉を1キロ購入した。
それらを袋のスキルで収納して家の洞窟への道を急いだ。
その日の夜テンガは豆と干し肉とスープを堪能しながら嬉しそうに木の棒と薬草とナイフと聖光の腕輪を眺めてこの数日の事を思い出していた。
聖光の腕輪に自然力を流してみた。
聖光の腕輪が輝きだす。
「おー!聖光の腕輪便利じゃん。
洞窟住みの俺にぴったりだ。」
ジャングルに囲まれた自然都市ニューサン。
生まれた時からみんなが普通に使っている大自然の力。
冒険の疲れが出たのか、慣れない大自然の力を使ったせいなのかテンガはそのまま眠ってしまった。
聖光の腕輪の光は優しくテンガの寝顔を照らし続けたのだった。