ジャングルと集会所とパン屋
ジャングルに着いたテンガは一度立ち止まり深呼吸して心を落ち着かせる。
そうすると大自然がテンガに生きる為のヒントを与えてくれる。
獣の足跡や糞。
周りの樹々と少しずれて揺れる木。
風の匂いに混ざる獣や血の匂い。
遠くで獣とハンターが争う音。
テンガは五感を研ぎ澄まし辺りを探る。
武器はもちろん何の力も持たないテンガなりの生きる為の知恵。
「今日はきのみは無理だな。水場も避けよう。この様子ならキノコと薬草は大丈夫そうだな。」
危険なジャングルも歩き慣れたテンガには何の問題もなかった。
テンガは何回も獣に襲われ、深いジャングルで危険から逃げ回るうちに誰よりも優れた感覚を得ていた。
もちろん探索系の自然力持ちのハンターには劣るがそれでも食べ物や薬草を拾って帰るには十分だった。
危険を避け逃げ回る事こそテンガの全てだった。
無事に薬草を採取して街に戻ったテンガは一息ついて深呼吸する。
「ふう…。」
そして集会所の前にたどり着いた時、テンガは今日一番険しい顔をした。
そうここからがテンガの戦いのはじまりなのだ。
「おいおい、草拾い野郎のお帰りだぜ!」
狩りを終え集会所に戻ってきていた筋肉バカどもがニヤニヤしながらテンガを見る。
集会所には冷酷の女剣士や孤高の天才魔女などレベルの高いハンター達も仕事を終え帰ってきていたがテンガを一眼見て嫌そうな顔をして顔を背ける。
「薬草の納品確認をお願いします。」
テンガがそう言って薬草を受付嬢に渡すと受付嬢は薬草を碌に確認もせずに大きな声で言い放ちながらお金をカウンターに置いた。
「350イン。」
それは剣やナイフなどを買う事は愚か、せいぜいパンくらいしか買えない金額だ。
テンガはそれを腰の袋に大事そうにしまう。
筋肉バカどもがテンガに話しかける。
「今日は350インか。無事にお店にたどり着けるといいな。」
「今日はどこの店に行くんだ?パン屋か?豆屋か?道具屋か?」
これから今日も楽しい楽しい鬼ごっこがはじまる。
先程受付嬢が大きな声で350インと言ったのは筋肉バカどもにテンガが稼いだ金額を伝える為だったのた。
テンガは集会所の扉を開けて一目散に豆屋に向かって走り出した。
逃げる事こそテンガに唯一許された力。
逃げろ!逃げろ!逃げろ!
テンガは精一杯自分の中でそう唱えて自分を鼓舞する。
筋肉バカどもはそのままテンガを追いかけたり、先回りしたりしてテンガを追い詰めていく。
350イン。
パンや豆が買える程度の金額。
テンガが心の中で筋肉バカどもと呼んでいる彼らも一人前のハンターだ。
はっきり言ってしまえば350インなど端金だ。
彼らには必要ないだろう。
それでも彼らはテンガを追いかけお金を取ろうとする。
理由なんてない。
あえていうならただ面白いからだ。
しかしテンガにとっては大事な大事な350イン。
テンガは必死で走り逃げ回った。
今日のテンガの目的はパン屋だ。
パン屋でお金を払って口に入れて仕舞えば筋肉バカどもはそれ以上何もしない。
あくまで彼らにとっては遊びだからだ。
豆屋方向に走っていたテンガは建物の陰で反転してパン屋に向かって全速力で走る。
後ちょっとだ。
あの角を曲がれば…!
そこでテンガは腹に強烈な衝撃を受けて吹っ飛ばされた。
筋肉バカの一人の膝蹴りだ。
テンガがパン屋に向かうと読んで待ち伏せしていたのだ。
「はい残念。バカなお前の行動なんかお見通しなんだよ。」
そう言って筋肉バカはテンガの腰から袋を奪った。
「よーし今日は俺の勝ちだ!
お前等さっさと煙草よこせや。」
筋肉バカは仲間達にそう告げながら去っていった。
テンガは唇を噛み締める。
バカなお前の行動なんかお見通し…。
数人対一人でやっている以上テンガにはどうしようもなかった。
どこの店に行こうが結局は筋肉バカが待ち伏せているのだ。
テンガはやられっぱなしではなかった走りながら咄嗟に少しだけ袋からお金を出していたのだ。
テンガに残ったお金は110イン。
テンガはそのままパン屋に入っていった。
お店のカウンターに110インを置いて言う。
「パンを一つ下さい。」
パン屋の店員はこう言った。
「120インだよ。値上がりしたんだ。
そっちのパンの耳の詰め合わせなら110インだ。」
「えっ?値上がりですか?
それにパンの耳の詰め合わせは25インだったんじゃ…。」
「うるさいね。
汚ねえ孤児が店に居られると迷惑なんだよ。
パンの耳の詰め合わせも値上がりしたんだよ。買うのかい?買わないならさっさと帰りな。」
「買います。」
テンガがパンを買って店の外に並んだ値札を見るとやはりパンは110インでパンの耳の詰め合わせは25インだった。
テンガはもうこのパン屋には一生来ないと誓いながら、肩を落としとぼとぼと歩いて家に帰った。