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94話 忠狼ハティ


「見つけた。さっさと終わらせて帰るぞ!」


 自分は崖の上で大きな布が被された敵の輸送車を眺めながら、独り言を言う。正確には幽霊も居るのだが、面倒臭がって返事はしない。ここは荒野で隠れる場所もほとんど無いので、手早く片付けるのが吉だ。


「ヴァル。加速頼むー」

「わかったにぇ」


 自分は翼を広げてヴァルを抱き上げる。そして崖から飛び降りる。ヴァルの加速で一気に輸送車に飛んでいく。自分は輸送車の上に着地して、辺りを見回す。聞いた所によると、能力者に護衛されいる話だったが、そんな様子は見受けられない。


「…罠っぽいなー」


 とても嫌な予感がする。自分は大鋏を取り出して布を切り始める。ヴァルは横で自分が作業しているのを見ながら、欠伸をしている。


「なんだか、ちゃんとハサミとして使ってるの逆に面白いにぇー。使い勝手はどう?」

「正直鋏としては使いずらい。外側にも刃がついてるからな」


 自分は空いた穴から中を覗く。戦車は影も形もない。そこには色々な音響機材が山積みにされていた。自分はその機材の1番上に天使の羽のマークを認める。


「あ、こいつの正体分かった」


 自分がそう呟くと、呼応するかのように車両が急ブレーキをかけて止まる。油断していたヴァルはコロコロ転がって荷台から転げ落ちた。


「天使どもだにえぇぇ…」


 自分は運転席から降りてきた少女を、見て一言呟く。


「久しぶりだな…」


 少女もこちらを見て気味の悪い笑顔でこちらを見つめてきた。



 既に戦闘状態に入ったマヤとアニマを遠くから見つめる、もう1人の天使が居た。アニマ、ルトリタ、ミゼラブル、カワセミ、そしてこの少女ドーヴネスト。

 ドーヴネストは前回居眠りしている時に、ヨミにボコボコにされた。その恨みを晴らそうと、首謀者の1人であるマヤを後ろから襲撃しようとしているのである。


「アニマは勝手な行動は辞めろって言ってるけど…吾はもうあいつの我儘なんかに付き合ってられないのだ!」


 ドーヴネストがマヤを攻撃しようと、空を飛ぼうとするが、いきなり肩を掴まれる。ドーヴネストが後ろを振り向くと、そこには狼耳少女がいた。


「お、お前は、新入りの…狼娘!くそ、想定外なのだ!」


 ハティはドーヴネストを睨みつけながら、ぐるぐると唸る。


「お前、何しようとしてるんだ?オイラは横槍は嫌いだぞ?」


 ドーヴネストはハティの手を払い除け、短剣を鞘から抜く。ドーヴネストはハティを睨み返して、1歩後ろに下がる。


「吾の役割は、お前みたいな想定外の邪魔を防ぐ事…勝負するのだ!」


 ドーヴネストは短剣を構えたまま、数歩後退りする。ハティは体勢を低くして、ドーヴネストに対する。

 お互いしばらく睨み合った後、ドーヴネストが1歩踏み出した瞬間に、ハティは目にも留まらぬはやさで、ドーヴネストに足払いをかける。


「あぶね!」


 ドーヴネストは飛び上がって回避する。そして、アニマ達に干渉しないようにする為か、移動し始める。


「もうちょっと早く飛べないの?」


 一瞬で空を飛ぶドーヴネストの横まで移動していたハティが、空中で回し蹴りを繰り出す。直撃したドーヴネストは遥か彼方へ飛ばされていく。


「うげぇ…バケモンじゃないか…」


 ドーヴネストは飛ばされながら呟く。ギリギリの所で防御魔法を発動する事に成功して、ダメージは抑えられた。


「ん?やっぱ追ってきてるのだ。飛行機に乗ってる…やっぱり無能力者じゃないよねー。世の中そんなに甘くないのだ」


 ドーヴネストは溜息をつきながら、着地体勢をとる。ずっと後から着いてきているハティはいやおうなしにドーヴネストの視界に入る。

 着地した瞬間に既にハティの拳がドーヴネストに向かって繰り出される。

 しかし、急にハティの動きが…いや、世界の動きが止まる。その中で唯一ドーヴネストだけがその頭を働かせていた。


(危なかったのだ。ギリギリこの距離ならずらせる…)


 ドーヴネストの能力により、時は止まった。しかし、ドーヴネストも例外ではなく、思考する事以外の体の全機能が使用不可になっている。

 その止まった時の中で、次の行動を見極める。ドーヴネストの能力の一つである。


「うぐるぁ!」


 ハティの拳は当たらずに、顔の横を掠めて外れた。ドーヴネストは冷や汗をかきながら、後ろに飛び下がった。能力を発動しなくても、追い詰められている。


「危ないのだ…空間操作が無ければ死んでいた…のだ」


 ドーヴネストはいくつもの能力を持っている。その一つである空間操作。名前だけは大層だが、精々出来るのは敵の攻撃を強制的に逸らすくらいだ。それでも、戦闘においては充分な効力を発揮する。


「だんだんイライラしてきたな!」


 ハティは1発も攻撃が当たっていないのがよっぽど気に触るのか、顔を顰めながら体を揺らす。そして瞳に新たなマークを浮かべる。

 それはアメリカの星条旗。ドーヴネストは星条旗を見た事は無いはずだが、映りこんだそれを見ると何故か嫌な感じがした。


「面倒臭い、撃ち殺す!弾幕を張れば、1発くらい当たるでしょ!」


 ハティはそう言いながら、10両近いシャーマン戦車が何も無い空間から出現する。ドーヴネストはその様子を黙って見ていたが、だんだん顔が青ざめていく。

 無表情のロボットのような人間達が戦車の周りに出現し始める。


「一旦時止めよ…」


 ドーヴネストは時を止めて目の前の状況を整理する。ドーヴネストの能力は空間をずらして光を除く

 物体の進路をずらす能力。


(これ…弾幕張られたら、避けきれないのだ)


 ドーヴネストに当たる弾丸をずらしても、そもそも当たらないはずの弾丸がズレて直撃する可能性がある。

 時を止めながらちょっとずつ調整しながら避け続ける方法もあるが、能力を使うエネルギーにも限界がある。過剰使用すればガス欠を起こして、行動不可能になって蜂の巣だ。


(じゃあ、吾のとる行動は1つなのだ)


 ドーヴネストは時を正常化させて、息を吸い込む。そして大きな声でハティに向かって叫ぶ。


「降参するのだー!吾はお前に勝てない!もう抵抗しないから許してくれなのだー!」


 潔く負けを認める。ドーヴネストは元々プライドが高かったが、以前アニマに正面からボコボコにされ、プライドは消し飛ばされている。

 その戦いの後に、引き際を知った。無駄なプライドよりも命の方が大事だと気付いたのだ。


「おお、潔いな!オイラも弱いものいじめは嫌いだからな。ほら降りてこい!」


 ドーヴネストはハティに言われた通りに地上に降下する。周りにはシャーマン戦車が、まだ信用していないぞ、と言わんばかりに砲を向けて待機している。

 ハティは歩いてドーヴネストの前に移動する。

 そしてドーヴネストに顔を近づけて匂いを嗅ぐ。


「んー、投降したってことは何してもいいんだよな?」

「え、こ、殺されるのは嫌なのだ!」


 ドーヴネストは強ばった表情で、ハティを見つめる。何をされるのか分からないのだから怖いのは当然だ。


「好きにするぞ!」


 ハティはいきなりドーヴネストに抱きつく。


「ひぇっ…」


 ドーヴネストは体全体を強ばらせる。ハティはそんな事関係なくドーヴネストを撫で回す。


「美味しそうだなー!今すぐかぶりつきたい!」


 ハティはドーヴネストの顔を舐める。もうドーヴネストは死にそうな顔になっている。ドーヴネストはこれならば死ぬ気で逃げておけば良かったと後悔している。


「でも、むやみな殺生はダメだな!味見だけにしておこう!」


 ハティはドーヴネストを押し倒して、顔をベロベロと舐め出した。


「ぽぅ…」


 ドーヴネストは死にかけの鳩のような声を出してして気絶した。ハティはマヤとアニマの戦いが終わるまで、ずっとドーヴネストを舐めまわしていた。


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