93話 年寄り狸と若死霊術士
「暇じゃのう…」
伊智代は航空基地の建物の中で頬杖をつきながら、本を読んでいる。今航空隊は休暇中で伊智代はやる事が無いのだ。
トレントが死んだ後、陸軍は忙しくなっているようだが、陸軍に経費が吸い取られているので、必要最低限の偵察部隊しか飛んでいない。
「マヤやグランをモフりたいのう。しかし、2人とも忙しいじゃろうから、儂が連絡したら迷惑じゃろうし…ぶー」
伊智代は顔から机に突っ伏して、溜息をつく。300年以上生きているのに、行動が子供っぽい癖に酒癖は悪いと、グランに文句を言われる事が多い、伊智代である。しかも一人の時は更に年の功を感じさせない行動をとる。
「面白い漫画とか魔族領に売っとらんのかのう?基地は娯楽が少なくて困る」
そうボヤいていると、扉を開けて兵士が入ってきた。
「伊智代隊長!能力者の襲撃です!」
伊智代は急いで机から起き上がって、真面目な顔をする。
「なんじゃと?転生者か?」
「いえ、通常の能力者です!どうにか通常兵で対応しようとしているんですが…手こずっていまして…」
伊智代は立ち上がって、兵士の肩にぽんと手を置く。そして頼もしい顔で兵士に話しかける。
「儂が出よう。任せてくれ」
そう言って伊智代はスタスタと歩き去っていった。兵士は憧れの目をその背中に向けていた。
「暇つぶしの道具が手に入ったのう!後でグランに武勇伝でも語ってやらんとな」
当の本人は責任感など感じではいなかった。ただ、久しぶりの戦闘を楽しみにしているだけだ。
伊智代はウキウキしながら建物から出て歩いていくと、銃声が聞こえだしてきた。
「ん、今更発砲かの?…そろそろ限界なのかもしれぬ、ちょっと急ぐか」
伊智代が走って発砲音がした場所に向かうと、そこでは戦車2両と数十名のフェンリルの兵士が、手を真っ直ぐ前に伸ばした、おかしな人影が十数人が機関銃に撃たれながらも、前に前に進んでいた。
「キョンシーか…全員撃つのやめい!儂が来たぞ、弾を無駄にするんじゃない!」
伊智代の命令は段々と伝わって、兵士や戦車は撃つのを辞めて、後退して行った。しかし、もう片方の中戦車だけ後退せずにその場に残った。
「ん、なんじゃ?早く下がらんか!」
伊智代はその戦車の操縦席の横に近づいてハッチを叩くが、中から操縦手の焦った声が聞こえてきた。
「最初轢いて倒そうと考えたのですが、轢き殺そうとした時に履帯が切れてしまって動けないんです!」
「なるほど、それでこの場所で押し留めていたのじゃな。よし、儂がどうにかする!」
伊智代は何枚かの札を取り出して地面に投げる。その札は腰くらいの、見た目はシャーマン戦車のようなミニ戦車が現れる。
「儂の新技、狸戦車じゃ!」
伊智代の狸が戦車に乗っただけの代物であるが、意外と機動性があり、火力もまあまあなバランスの取れた強さをしている。
狸戦車は辺りを走り回って次々にキョンシー達の足を撃って、転ばせている。
「今じゃ、早くそっちの重戦車!ロープでこっからこの戦車避難させんか!」
退却していたIS-6の乗員や周りの兵士達はハッとして、中戦車の後ろにロープをかけて、IS-6に引っ張らせ始めた。伊智代がまた札を取り出して、攻撃に移ろうとすると、キョンシーの動きが止まり、キョンシーの群れの後ろから、黒髪の少女が現れた。
「初めましてー!!私はエンジェルダイブのルトリタ!あなたの足止めに来たのよ!」
伊智代は首を傾げる。少し考え込んで、思い出したらしく、ルトリタを指さす。
「エンジェルダイブってマヤ達にボコされた奴らか…わざわざこんな事しに来るとは暇人じゃの」
そう言ってから伊智代は札を放り投げる。札は倒れ込んだキョンシーの上に浮く。すぐに札から真下に向かって杭が打ち込まれる。それを見たルトリタは顔を顰めた。
「私のキョンシーに酷い事しないでよ!どうせ殺せないからって地面に貼り付けるだなんて!」
「敵なんだから仕方ないじゃろ。というか天使がゾンビ使いというのはアリなのか?」
ルトリタは目を逸らす。
「私実は天使じゃないからね…いや、そんな事より、さっさと戦いなさい!」
ルトリタはキョンシーに攻撃の指示を出す。伊智代も狸戦車を自分の元に戻して、再度攻撃の姿勢をとる。
「そうじゃな、お前がどんな奴でも構わぬ。戦おう!」
伊智代は周りの狸戦車に指示を出して、ルトリタに向かって走り出す。キョンシーの攻撃を身軽な身のこなしで避けながら、どんどんと突き進んでいく。
キョンシーの攻撃は遅すぎて全く伊智代の速さについていけない。
「なっ、お婆さん速すぎっ!」
ルトリタは慌てて剣を抜いて、既にすぐ側にまで近付いていた伊智代に向かって、斬り掛かる。しかし、伊智代は片手でその剣を止めた。
「お前は若いのに遅いのう。もっと元気に戦わんか!」
伊智代はルトリタに回し蹴りを食らわせる。ルトリタはその勢いで吹き飛ばされて少し離れた場所にいたキョンシーに受け止められる。伊智代は首を傾げてそのキョンシーを見る。
「そいつだけ作りが良いのう、お気にか?」
そのキョンシーは周りのキョンシーよりも顔が良く、服も装飾が多くつけられていた。ルトリタはふふんと鼻を鳴らして地面に降りる。
「そうよ!私の初めて作ったキョンシーよ!ずっとこの子を強化し続けた、最高傑作!」
ルトリタは伊智代を指差して、そのキョンシーに命令を下す。
「行って、断幺九!本気でかからないと倒されるからね!」
「了解」
断幺九は他のキョンシーのようなカクカクした動きではなく、普通の人間ような動きで伊智代に襲いかかる。
伊智代は断幺九の猛攻を鼻歌でも歌っているかのような表情で正確に受け止め、時々カウンターまで入れる。
「うむ、中々良い動きではあるな。じゃが…経験値が相当不足しておるの」
伊智代は断幺九の攻撃を軽く躱す。しかし、その瞬間に伊智代の通信機に連絡が来る。伊智代は通信機を取って、耳に当てる。
「隙あり」
断幺九は隙をついて攻撃しようとするが、片腕で受け止められる。
「すまぬ、今それ所では無い。後で掛け直すぞ〜」
伊智代は断幺九の腕を掴んで、空に向かって放り投げる。そして飛び上がってその腹部に追撃のパンチを叩き込む。断幺九は無表情のまま10メートルほど打ち上げられ地面に叩きつけられる。
「な…噂では腕のいい妖術師ってだけ聞いてたのに、めちゃくちゃ武闘派じゃない…」
ルトリタは断幺九を起き上がらせて、回復魔法をかける。伊智代は歩いて2人の目の前まで歩いていく。そして2人の前に仁王立ちしながら、2人を見下ろしながら、言葉を放つ。
「儂は300年生きておるんじゃ。武道150年妖術150年修練すれば、どちらで戦っても十分な程に強くなれる」
堂々と立つ伊智代にルトリタは焦った表情で、断幺九を盾に後ずさりする。そして、他のキョンシーに命令を出して伊智代を囲い込む。
「もう四の五の言ってられないわ。全員でかかれ!」
キョンシー達は一斉に伊智代に攻撃を仕掛ける。伊智代は冷静に地面に手をつけて、妖術を発動させる。
「お前もどうせ妖怪じゃろ?それだったら妖術師の儂をこの程度で倒せると思わぬことじゃ」
周りのキョンシーがバタバタと倒れ始めた。その様子を見て、ルトリタは魂が抜けたような顔で棒立ちしていた。
「万能すぎるでしょ…こっちは100年近く妖術を研究してるのよ…」
「最近の若いもんはダメじゃのう。確かにこの数を制御するのは凄いが、質が悪すぎる。100年も生きとるんじゃったらもう少し幅広く勉強することじゃな」
伊智代はそう言って断幺九の頭を掴んで地面に叩き付けた。地面が揺れる程の衝撃でルトリタはすっ転んだ。伊智代はルトリタの側まで行って、顔をちか付ける。
「儂の勝ちじゃ」
伊智代は思いっきり頭突きをする。ルトリタはその一撃で、半目開きで気絶した。
伊智代は気を失ったルトリタを抱えあげて、基地の建物の方へ歩き始める。その伊智代の顔はとても嬉しそうであった。
「これはグランも褒めてくれるじゃろう。儂の威厳も爆上がりじゃ!」
伊智代は心底楽しそうに歩いていった。




