92話 天使の再来
「エンジェルダイブの逆襲ってか、アニマ?一度てめえの顔ぶん殴ってやりたかったんだ」
「ふふ、元気一杯ですね。私、嫌われているのは分かっているのですが、そんな親の仇みたいに憎まれてるとは思いませんでした」
アニマは自分の前でふわふわ浮きながら、笑っている。
「嫌ってる奴を大概殺したか死んでるからな。お前には逃げられたから、殺すほどでは無いが、1発顔に叩き込んでやりたい」
アニマはあー怖い怖いと言った感じで顔を押さえる。自分は溜息をつきながら、ワンドと鋏を構える。
本当に面倒臭いことになった。油断してたら見事におびき出された。他のエンジェルダイブのメンバーは付き合わされているのか、利用されているのか分からないが、少し可哀想になる。
「私と一緒に暮らしましょう!マヤの事が好きなんです!」
「くたばれ、キモ天使。俺は嫌いだぞ。魂の底から嫌悪感を感じるからな」
自分は飛び上がってアニマに斬りかかった。アニマはサーベルを取り出して、防御姿勢をとる。
二人の剣が甲高い音と共にぶつかり合った。
3時間前
「敵の新型戦車の輸送経路が割れた?能力者の警備が張られていて、普通の兵ではどうも出来ないか…能力者部隊、ほぼ出払っててどうしようもないぞ…他の軍もてんやわんやしてるし…」
司令部で自分は頭を抱える。ラザフォードが横で書類整理をしながら、何かの図面の修正をしていた。
「んー、今手空きの能力者、私とマヤさんしかいないですしね…そうだ!フェンリル軍に所属していない知り合いに頼むのはどうですか?」
自分はそれを聞いて、久しぶりに葵の事を思い出した。暫く連絡していなかったな。あいつは自由だから、本当に今何しているのか分からない。
「良いアイデアだな。グレイプニルとか誰かしら暇だろ。頼み込んで手伝ってもらおう」
自分はグレイプニルに連絡をしようと思ったが、グレイプニルは最近グランに着いていくことが多いらしい。今回も忙しいだろう。
「じゃあ、葵に電話ー!」
自分は通信機を取って、葵の通信板の数字を打ち込む。暫く待っていると、葵の声が聞こえてきた。
「…あー、あー、葵だよ。ごめんだけど、今やばいから…。絶賛戦闘中、物陰に隠れて通話してるからまた後でな!」
「済まない、健闘を祈る」
「おう!」
そのまま通話が終了した。間が悪すぎたな。自分は気を取り直して、違う番号を打ち込む。
「伊智代さーん!今航空隊出撃してないよねー。ちょっと頼みたい事が…」
「すまぬ、今それ所では無い。後で掛け直すぞ〜」
自分は相手の居なくなった無線機を持ったまま固まった。ラザフォードは気の毒そうにこちらを見てくる。海軍は遠すぎて通信の範囲外だからフィアットも頼れない。
「じゃあ、フェイブルの姉貴に…」
流石にアイドルは忙しいだろう。番号を打ちながらも、ほとんど期待はしていない。
「繋がんねーよな」
自分は通信機を置いて、立ち上がる。ラザフォードは自分を後ろから抱き締めて、慰めてくれた。流石に今日は厄日だ。
「仕方ない、ラザ、留守番頼む」
「わかりましたー。そういやハティちゃんは居ませんでした?」
自分は頭を掻きながら壁にかけていた大鋏を取る。
「あいつは制御出来ないからなー。何考えているかわからんし。一人で行く」
自分はラザフォードに手を振って、部屋を出る。さっさと始末してしまおう。大概、自分一人で行動する時はろくな事がない。
「ドーナツ美味しいなあ。マヤ、喜んでくれるかな?」
葵は久しぶりにマヤに会うために、ドーナツをお土産に買って道を歩いている。とても上機嫌でギザギザの歯を見せびらかすように、口を大きく開けて笑っている。
「うひゃひゃひゃ、お前が葵か!挑戦を受けろ!」
青髪の可愛らしい少女が屋根の上から、葵を見下ろしている。葵はドーナツを頬張りながら、見上げる。
「ふあ?ほめー誰だ?今忙しいから後にしてくんねー?」
少女は屋根から飛び降りて、長剣を取り出す。その長剣は少女の華奢な体に似合わぬ程に長く、身長の三分の二位の長さがあった。
「私はエンジェルダイブのカワセミ!お前を倒しに来た!」
葵は興味無さそうにまたドーナツを口に入れる。その様子にムカついたカワセミは、近づいて長剣でドーナツが入った袋を叩き切る。
「あ?」
袋が破れて中のドーナツが地面に散らばった。葵はそれを口を大きく開けたまま、暫く黙っていた。既に袋の中には何も残っていなかった。
そして顔を上げた葵の顔を見て、カワセミは恐怖で後退りしてしまった。
「おい?何してくれてんだ、おめー?これ、マヤへのお土産だったんだけど?」
葵の顔は笑っていた。しかし、その目を見れば、実際は1ミリも笑っていない事が分かる。葵は背中に背負っていた大剣を構える。
「オマエでヤキトリ作って、オミヤゲにしてやる」
葵の沸点は相当低い。完全にブチ切れている。周りを歩いていた市民は一斉に逃げ始めた。周りにいたら巻き込まれる、そう本能が警報を放っていた。
カワセミは、頭を振って恐怖に打ち勝とうとした。
「こっちだって、お前をフカヒレにできるんだからな!かかってこい!」
葵は地面に潜って、姿を消す。カワセミはそれを確認して、上空に飛び上がる。そして街を上から見下ろす。
「もうヤダ〜。ミゼラブルに押し付ければ良かったよ。ドーナツであんなに殺しにかかって来るとは思わなかったよ〜」
カワセミが辺りを見渡していると、この街でも一際高い、10階建ての建物から葵が飛び出してきた。しかし、そこからカワセミまでの距離は遠く離れており、カワセミは簡単に躱した。
通り過ぎる時に目が合った。捕食者の目をしている、そうカワセミは感じた。
「もう、流石にここでずっとは居られないし、反撃しないと」
カワセミがふと地面を見ると、葵が移動しているのが確認できた。
「よし、降下!」
カワセミは素早く地面に降下し始める。葵も狙いが定まったようで飛び上がってきたが、葵の剣は空振って、カワセミは懐に潜り込んで、葵の腹に蹴りを入れた。
「ふごっ!?」
とても素早い身のこなしだった。葵は落下して地面に叩きつけられる。カワセミは起き上がる前に、葵の横に着陸して剣を振り下ろす。
葵は咄嗟に大剣を振り回して長剣を弾いた。葵は地面に逃げようとするが、カワセミは葵の服の襟を掴んで、引っ張る。
「よし、捕まえた!」
しかし、葵は服を脱ぎ捨てて地面に潜った。カワセミは葵の上着を掴んだまま、少し惚けていたが、地上は危ないと思い、空へ飛び上がった。
「そりゃ服掴んでも意味無いよね」
カワセミは辺りを飛び回りながら葵を探し始める。
葵は誰もいない倉庫の中に入り、息をつく。
「意外と苦戦しそうだな。あんな餓鬼に…私は餓鬼って人に言えないけどな」
葵は天窓から空を見る。一瞬カワセミの姿が見える。その時マヤから渡された通信機に連絡が来た。葵は通信機を取って、耳に当てる。
しかし、カワセミは葵の事を見つけたようだ。倉庫の扉から長剣が突き出した。
葵は仕方なく、適当に返事をして通信機をしまった。折角マヤから連絡が来たのに、気の利いた返事もできなかった。どれもこれも全部こいつのせいだ。そう考えて、葵は怒りを露わにして、剣を構える。
「もうムカつきが止まんねぇ!もう吹き飛ばしてやる!」
葵は思い切り大剣を振りかぶる。次の瞬間にはカワセミが閂を切り飛ばして、中に押し入ってきた。葵は既に地面を蹴ってカワセミに斬りかかっていた。
「追い詰めたぞ…ってぎゃああああ!」
おそらく格好良い台詞でも言ってやろうと考えていた、カワセミは目の前に迫っていた大剣に、咄嗟に長剣で防御しようとする。
しかし、油断していたカワセミには重すぎる一撃が身体中を駆け巡る。
カワセミの足は変な方向に曲がって骨が折れた。
「いっでででえええ!」
カワセミは叫びながら辺りを転がった。葵はカワセミの襟首を持ち上げて、顔を覗き込む。
「お前、馬鹿だな?お前、ドーナツの代わりに袋に詰めて、私が直々に料理して、マヤの夕飯にしてやる!」
カワセミは葵のギザギザの歯から、涎が垂れるのを見て、白目を向いて気絶した。葵はカワセミをそこら辺にあった大きな袋に詰めて、担ぐ。
「さあ、新しいお土産も手に入ったし、会いに行こー!」
葵はゆっくりとそしてウキウキとしながら、歩き出した。




