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90話 急所

 

「トレントさん、第3歩兵隊接敵しました!」

「よし、おそらく敵の偵察部隊だろう。もうすぐ本隊とかち合うことになる、総員に通達!」


 トレントは司令部で、まもなく始まるであろう、大規模戦闘の指揮を取るために、慌ただしく手を動かす。


「このまま行けば、フィーズ市の制圧まで達成できそうだな。戦況はここで大きく変わるだろう、双葉、正念場だ」

「分かってます。第9部隊と合流します。トレント、頼みますよ」


 トレントは心配するなと言った風に手を上げる。それを見た双葉は静かに部屋を出ていった。トレントは机に向き直り、地図を眺め始めた。


 戦いが始まって4日が経過した。フェンリル軍は敵歩兵隊を蹴散らしながら、順調に前線を押し上げた。懸念されていた敵能力者部隊もエウスらの活躍によって、早期に排除された。


 トレントは大方の仕事を終えて、うたた寝をしていた。しかし、急に目を開けて足元に置いていた弓を構える。トレントは険しい表情で辺りを見回す。


「今回の能力者部隊は囮か。既にここの兵は全員殺られたようだな」


 トレントが居る部屋の扉がいきなり開く。そこには青髪の青年が大振りの剣を構えて立っていた。その顔はやけに自信に満ち溢れており、それがトレントにとっては、不気味に感じられた。


「お前がトレントだな!俺はトウヤ、お前を倒しにき…」

「お前、それ片手剣だろ?なんで両手剣みたいな持ち方をしているんだ。刀か何かと勘違いしているのか?」


 トレントは間合いを取りながら、青年を観察する。どうやら戦い慣れているという訳では無さそうだ。その顔つき、その構え、どれをとっても死線を潜り抜けてきた猛者のそれとは程遠い。


「これが俺の流派だ!ごちゃごちゃ言ってないで戦え!」


 トレントは魔力で矢を発生させて、つがえる。弦をキリキリ言わせながら引きながら、トウヤに狙いを定める。

 それを戦闘の合図と受け取ったらしく、トウヤは間合いを詰め始めた。トレントは慌てず矢を放ち、後ろの窓から脱出する。

 矢は剣で弾かれたが、トレントにとってそれも想定内だ。たとえ、転生者の体術が他人から受け取った者であっても、脅威度は変わらない。冷静な判断をしなければあっさり殺されるだろう。


「近付かれたら終わりだな、とりあえず当てることを優先するか」


 トレントは窓から飛び降りてきたトウヤの足元に矢を射ち込む。矢は地面に当たった瞬間に炸裂して辺りに毒を撒き散らす。

 トウヤは飛び上がって回避するが、服のデザインの無駄な穴によって、少量の毒が付着した。

 トレントはそれを確認してまた弓をつがえる。今の所トウヤの能力は確認できていないが、トレントとしては使う前に殺す、それだけだった。

 トウヤは近寄ろうとするが、トレントは毒矢で牽制しながら一定の距離を保ち続ける。


「くそ!ちょこまか逃げるな!」


 トウヤはイラついたように、剣を振り回す。トレントは全く表情を変えずに、矢を次々に放ち、着実にトウヤにダメージを蓄積させていく。


「お前の能力は近接特攻か。絶対に俺の側には寄らせん」


 トレントはジワジワと距離を離しながら、逃亡の機会を伺う。基本的に倒しに行くより、撤退するのがトレントの戦い方だ。

 トレントはリーダーとして死ぬ事が出来ないという、責任感をずっと抱えながら生きてきた。そのおかげで相手を冷静に見極める事が出来るようになっていた。

 しかし、トウヤはトレントの思考から大きく離れた行動を取った。トレントの毒矢をまともに受けながらトレントに斬りかかった。トレントは危うく体を切り裂かれかかったものの、寸で躱した。


「転生者の癖に…度胸が有るな…」


 トレントは空振って体勢を崩したトウヤの背中に肘を叩き込んで、後ろに下がる。しかし、トウヤは痛みを感じた風も無く、また剣を構える。


「全然痛くないぞ、もっと本気でかかってきてくれないと、面白くないぞ」


 トウヤはまだ自信に満ち溢れた顔で、トレントを煽る。トレントは軽く溜息を着いて、また狙いを定める。


「俺の能力は無敵、いくら毒を食らっても傷をつけられても、痛みも感じないし、死ぬ事も無い」


 トウヤはベラベラと自分の能力を話し始めた。


「まあ、そのせいで教会での復活は出来ないが、弱点をつかれない限りダメージすら受けない!」


 自慢げに話すトウヤを見て、トレントは頭が痛いと言った感じで、こめかみを抑える。自分の能力を敵に教えるのは馬鹿のやることだ。戦う相手にヒントを与えるなど、言語道断の行為である。


「お前は運が悪いな」


 トレントはボソリと呟く。それを聞いたトウヤは笑いながら剣を構える。


「何が運が悪いなだ?1番運が悪いのは俺と戦っているお前だ!」


 トレントは今構えていた弓を戻して、新しい矢を発生させる。その矢は今までの矢より美しい造形をしていた。鏃から矢羽根まで金色で構成されており、そのやがて特別である事を示していた。


「弱点が何処なのかは分からないのだが、別にそんな事は関係ない」


 トレントは弓を引き絞る。トウヤも流石にやばいと思ったのか、走って斬り掛かる。しかし、トレントは軽い身のこなしで、躱し続ける。


「お前には色々と敗因があった」


 トレントの体は避けながらも芯は全くぶれていない。焦ったトウヤの攻撃は空を切り裂くだけで、全く意味をなさない。


「1つは相性だな」


 トレントは躱しながら隙を見て、トウヤの足に蹴りを入れる。トウヤは痛みは感じては居ないようだが、何度も体勢を崩して、転びそうになっている。


「2つ目は経験の不足だ」


 トウヤの息が上がってきて、トレントは躱すと言うよりは、ただ移動するだけであった。すぐにトウヤはハアハアと息を荒らげながら、立ち止まった。

 トレントはトウヤを狙って、能力を発動させる。


「まあ、1番はおつむが足りない事だろうな」


 トウヤの目の前に渦巻き状の魔法陣が現れる。トウヤはそれを手で払おうとしていたが、意味は無い。トレントは黙って矢を放つ。

 トウヤは身を捩って躱そうとしたが、矢はまるで生きているかのように、胸の中心に突き刺さった。


「なっ、急所に直撃だ…と!?」


 トウヤはその場に倒れ込んで血を吐き出す。トレントは歩いて、トウヤの前まで行き、刺さった矢を掴む。


「俺の能力は1日1度だけ確実に急所に当てられる。たったそれだけだが、たまには役に立つ物だ」

「くっそお…」


 トレントは矢を思い切り胸に押し込む。トウヤは呻き声を上げて、そのまま息絶えた。トレントは弓を下ろして、息を吐く。トレントはほとんど戦闘に出る事はない。正面から一対一で戦闘したのも3年振りと言った所だ。


「早く、パーミャチ達を呼ばなくては。こいつだけで襲撃してきたとは考えらない…」


 トレントはボソボソ呟きながら、基地の車両庫に向かって歩き出した。トレントはもう戦闘は終わっていたと勘違いしていた。

 車両庫の扉を開けて中に入った瞬間、衝撃と共に腹部に激痛が走った。トレントが下を見ると、腹から刀の刀身が突き出ていた。


「何っ!気配を完全に消していたのか…」


 後ろに回り込んでいた人物は、刀を引き抜く。トレントはフラフラしながらも、その相手を睨みつける。


「お前は王都の転生者か…」

「トレント・ティーゲル…王都に居た時は戦神とか言う渾名で、呼ばれていたみてーだけど、大した事ねーな」


 王都軍主力能力者部隊副隊長、ユウキ。王都では英雄として祭り上げられているが、実際は汚い事でも何でもする、掃除屋として雇われていた。


「帰るか。あんまりちんたらしていると、能力者部隊が駆けつけちまうしなー」


 ユウキは欠伸をしながら、刀を拭いてから鞘にしまう。そしてトレントの方を見て言う。


「じゃあな、トレントさん?あんた身体的には普通の人間だから、出血多量で死んじまうだろうし、あとは1人でごゆっくり」


 ユウキは車両庫から出ていってしまった。

 トレントは倒れ込んで壁にもたれかかる状態になった。


「ああ、俺ついに死ぬのか…」


 トレントは口から血を垂らしながら呟いた。


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