86話 360°
「こっちの方角で合ってるのか?」
「合ってるよ、もうすぐ例の空域に入るから準備しておいてね、フィアット」
リズとフィアットは2人乗りの攻撃機に乗って、ある空域を目指して飛んでいる。今は海軍所属であるフィアットが呼び出されたのは、そこで暴れている1人の能力者を止めるためである。
空を飛べる能力者は幾らでも居る上に、能力者でなくても空を飛べる者は多い。しかし、今回の能力者はその空域を完全に支配するほどの、空中戦のスペシャリストなのだ。
「空中戦とか久しぶりだな。しかもこんな高度でやり合うのは初めてだ」
フィアットはコックピットの窓から外を見る。
「飛べる子も普通この高度で飛ばないからねー」
ここは高度5000メートル、生身の人間が継続戦闘するには高すぎる高度だ。気圧や温度も下がり酸素の濃度も地上に比べて相当薄い。ここで普通の能力者が戦闘したならば、すぐに気を失ってしまう。
「危なくなったら、すぐに無線入れてね。煙幕まいてさっさと逃げ出すから」
リズは心配そうな顔をしている。反対にフィアットは不敵に笑いながら答える。
「大丈夫だ、心配しなくていいぞ!俺は相当頭おかしい能力の奴とも対峙したことがある。だが、大概勝ったし、負けそうだったらさっさと逃げている」
リズはそれを聞いて、フフっと笑う。だが、前を見ると遠くに何かが見える。どうやら例の敵の能力者が宙に浮いているようだ。
フィアットは気を引き締めて、剣を握る。直ぐに能力者との距離が、詰まってくる。能力者はリズ達に気付いたらしく、向きを変えて戦闘態勢を取る。
「よし、出撃する!」
フィアットはコックピットのガラスを開けて、身を乗り出す。リズとフィアットの髪が暴風でぐちゃぐちゃになる。フィアットは外に出てガラスを閉めて、能力者の方を向く。
能力者は短剣を持った高校生くらいの女の子で、羽も何も無いのに、微動だにせずに浮いている。
フィアットは重力場を操作しながら、能力者の元に飛んでいく。
「ああ、フェンリルの能力者。…相当の大物が出てきたのね」
能力者は短剣を構えてフィアットに向かって、飛び始める。フィアットも剣を構えたまま速度を上げる。生身の人間同士が下手な山より高い場所での格闘戦を始める。
能力者は名乗りを上げながらフィアットに向かって突っ込む。
「私はロゼット!王都軍の最高位主力能力者!」
フィアットは名乗りを無視して、ロゼットに向かって蹴りを繰り出す。ロゼットは空中で身を捩って躱して、短剣を振る。それを剣で軽くいなして、フィアットはロゼットの方を向き続ける。
「流石フィアット・アルマート!私の動きを完全に捉えてる!」
ロゼットはフィアットの周りを距離をとりながら、煽るように飛び回っている。その油断した顔は急に飛んできた15ミリ機関砲の弾によって、引き攣る。
「あっぶね!」
ロゼットが1秒前にいた場所をリズの乗った航空機が通過する。空中で飛び回りながら人のような小さい目標を狙うのは相当難しい。
リズはエースパイロット級の腕前まで上達していた。ロゼットが今まで落としてきた、航空機のパイロットとは練度が違っていた。
「まさか、航空機で私と格闘戦しようってか?中々度胸あるじゃないの!」
ロゼットは嬉しそうに速度を上げて、リズの乗る航空機を追い始める。それを見たフィアットはすぐに無線でリズに連絡する。
「やばいぞ、お前を目標にしてるぞ!」
リズは緊張しながら操縦桿を握り締める。ドッグファイトで後ろを取られた状態と言うのは、とても危険だ。後ろに機銃でも積んでいない限りこちらは敵機を狙えない上に、航空機の性能によっては、その状態から抜け出す事もできない。
「フェンリル軍の航空機舐めんなぁ!」
リズは思いっきり機首を上にあげる。機体はまるでジェットコースターのように円を描いて一回転する。ロゼットはその動きに着いていけずに、動きを止める。
「やっば!」
リズは航空機の体勢を立て直して、正面からロゼットに向けて機関銃をばら撒く。ロゼットは慌てて移動する。そこにはフィアットが待ち構えていた。
「俺を忘れてもらったら困るなあ!」
フィアットの加速をつけた剣の一撃がロゼットに直撃する。ロゼットは苦悶の表情を浮かべるものの、フィアットの剣は肉を切り裂くことは出来ずに、吹き飛ばすだけに留まった。
きりもみしながらロゼットは飛ばされていくが、すぐに体勢を立て直す。
「化け物過ぎる…私とこの高度で戦い続けるだなんて…」
これまでにロゼットは、何機もの航空機を1人で落としてきた。それは天性の空戦の才能があったからで
ある。しかし、フィアットは別に空戦特化でも何でもない。
「流石は元王都最強の能力者…いや、戻ってきたらまた最強に返り咲くわよ」
フィアットはロゼットに向かって突進する。ロゼットもあまり離れていると、航空機に轢き殺されると思い、フィアットに近付く。
「まあ、ここは私のホームよ!いくら最強とはいえ、簡単には倒される訳にはいかない!」
フィアットの剣とロゼットの短剣がぶつかり合う。ロゼットの能力により推進力を得た、短剣はフィアットの剣とも互角に渡り合えている。
「簡単には倒せなさそうだな!久しぶりに歯ごたえのある奴と戦えるな!」
フィアットは重力場で体勢を変えながら、絶え間なく剣で斬り掛かる。ロゼットはそれを軽快な動きでいなす。
両者の戦闘の速度は段々と上がっていく。リズはその様子を見ながら周りをぐるぐると旋回している。機銃を撃てばフィアットに当たってしまうかもしれないので、迂闊には手出しできない。
「こんな酸素薄い所で良く戦えるわね。気圧もだいぶ低いのに」
リズは目を離さずにロゼットの隙を探す。
「そろそろ、本気出さないと負ける…」
ロゼットは途中まで対等に戦っていたものの、段々とペースに着いて行けなくなって攻撃を受けきれなくなる。フィアットは全く表情も変えずに戦い続けている。
「おそらく、気圧も能力で調節しているのね…」
ロゼットは急にフィアットから離れる。もう既に正面からの打ち合いは不可能だと、判断したのだ。離れた場所で睨み合いをするが、もちろんリズも黙って見ている訳がない。猛スピードでロゼットの所に飛んでいく。
しかし、ロゼットは冷静に能力を使い始める。
「荒れ狂え、天空の暴風よ!」
ロゼットの周りの空気が加速し始める。すぐに周りには膨大なエネルギーを秘めた風の領域が出来上がる。
リズの乗った航空機も風に煽られて、ロゼットの所に辿り着く事が出来ずに、違う方向に流されていく。
「ふふ、近付くことすら出来ないなんて無様ね!」
ロゼットは航空機を追い払った事で自信を取り戻したらしく、辺りを暴風で包み込みながら、笑い始める。
そして腰に着けていた袋を取り出して中身をばら撒く。砂らしき物が暴風に乱暴に巻き込まれて飛んでいく。
フィアットは風を受けながら、黙ってロゼットを観察する。だが、急にフィアットの頬に痛みが走る。手で触ってみると、少し血が出ているようだ。フィアットはロゼットから目を離していない。
それにもかかわらず、フィアットはダメージを受けている。
「さっきの砂が風で加速されたのか。これじゃあ近付けんな…」
フィアットは周りに重力場を展開して砂粒が飛んでくるのを防いでいるが、ロゼットに近づく程に、風は強くなり、重力に逆らってダメージを与えられる程の速度てぶつかってくるだろう。
そもそもそんな暴風域に近付く事も不可能ではあるが。
フィアットとロゼットは睨み合ったまま、相手の様子を伺っている。




