5話 一期一会
携帯食料をかじる。昨日、自分は人間を殺したのだ。凄惨な現場だった。片方は内蔵をぐちゃぐちゃにかき混ぜられ、もう片方は頭が陥没していたのだ。その犯人は呑気に朝飯だ。感覚が麻痺しているのか、はたまたそういう人間なのか。
意外に吐き気も何もない。サヤは横で口いっぱいにパンを頬張っている。そんな日常がものの1日で訪れている。
「ほひゅじんひゃま!はべないふぉへふふぁ?」
サヤの間抜けで可愛らしい発言に、モヤモヤしていた考えはぶっ飛ばされた。どうやら自分は何も感じない人種なのだろう。
これがこの世界の常識ならば、郷に入っては郷に従えという諺の通りに、慣れることにしよう。あっちでの正常はこっちの異常だ。
「サヤちゃん、口いっぱいに入れて喋ったらわかんないよ」
とりあえず、可愛い妹分の相手をしてやろうと、サヤちゃんに言った。
「ふみまふぇん…んっ。飲み込みました!主人様、それおいしくないのですか?」
「いや、美味くも無いけど不味くもないよ」
どうやら、考え事で食が進んでいなかったことを気遣ってくれていたようだ。
「それなら、私のおいしいパンあげます!どうぞ!」
と、食べかけのパンを渡してきた。敬語を使っていたり、変に肝が座ってたりするが、そのあどけなさに笑みが漏れる。
「ありがとう。じゃあもらおうかな」
受け取って口に入れる。そこまで美味しいパンではないが、携帯食料よりはよっぽどマシだ。
「おいしいですか!?」
この食事で1番美味しかったのは、この子の屈託のない笑みだろう。変態みたいなことを考えてしまう前に、違うことで紛らわすことにした。
「カヤさん。そういえば、次の目的地はどこですか?」
運転席で鼻歌を歌っていたカヤは、急に話を振られて驚いた様子だったが、すぐに答えた。
「次はねー、村を経由してからちょっと大きい街のセントラル・トールシティって所に行こかなー。そこは奴隷禁止だし」
奴隷禁止とは素晴らしい。いい君主がいるのだろう。
「そこまでしばらくかかりますか?」
「ああ、かかるね」
やはり街と街は距離があるのだろう。好きなだけゆっくり探索できる街まで、気長に待つことにした。
数日後、宿が見えてきた。今日はここに泊まるのだろう。どこの宿にも駐車スペースがあるため、馬車や動力車はこの世界ではポピュラーな移動手段なのだろう。
サヤは嬉しいのかしっぽをぶんぶんと振っている。いちいち可愛いな。あっちでペットは飼っていなかったが、今飼っている人の気持ちがわかった。勿論サヤをペット扱いしているわけではない。でもサヤの可愛さはそっちの可愛さだ。
サヤは宿に到着すると一目散に食堂に走って行く。
「パンばっかりじゃあ流石に飽きちゃうのかね」
笑いながらカヤさんは言った。
「じゃあ、俺サヤちゃん追っかけるんでで駐車お願いしていいですか」
「勿論いいよー。あの子お金もってないしね」
宿に入ると、食堂の机で熱心にメニューを眺めているサヤが目に入る。
「サヤちゃん。美味しいもの食べたいのはわかるけど、急ぎすぎだよ」
サヤは顔を赤らめこっちを向いた。
「すみません…はしたなかったですー」
その気持ちも分かる。ここ数日硬い携行食と萎びたパンしか食べてない。
「まあ、俺のお小遣いから出すから好きなのおたべ」
サヤは目を輝かせてもう一度メニューを眺める。
その時、外から怒声が聞こえてきた。聞き間違えることは無い。カヤの声だ。2人は急いで外に出る。そこには数人の武装した男たちに囲まれている、カヤの姿があった。
「そんなもん、通るわけないだろ!」
顔を真っ赤にしてカヤは怒っている。
「何があったんですか!」
カヤに声をかける。カヤはそこでこちらの存在に気づいたらしく、
「あ、マヤ!こいつらっ」
「おっ!お仲間か?」
遮るように男のひとりがこちらに話しかけてきた。
「お前、こいつ説得してくれよ。俺らはこの車がいるんだよ!」
何を言ってるんだこいつは。意味が分からない。するとそいつの仲間と思しき痩せギスの男が
「俺らがこの車を10万で買ってやるって言ってんのに、この女反抗してくるんだよ」
「…カヤさん、この車いくら?」
カヤは黙ったあと
「200万」
自分は少し深呼吸をした後、
「お前ら、算数って習った?」
「あ?」
「頭悪いなって思って」
低脳冒険者達が殺気だった。ほんと沸点低いね。アルコールみたい。
「てめえ、舐めてんのか?」
もう戦闘が起こる直前だ。全く厄神でもついてるのか。まあ、どうせ言いなりにはなれない。だがこいつらとやり合うのはさすがにきつい。前の街の盗賊崩れなんかでは無い。こいつらは、冒険者だろう。まともにやり合っても、なんの能力もない自分ではかないっこない。相手は4人。不意をついた奇襲も効かないだろう。
「やめろ、はしたないぞ」
白髪で痩身の美青年が冒険者たちに向かって吐き捨てる。誰かは分からないが、助け舟が来たようだ。
「ああ?誰だてめえ」
「相手なら僕がしようか?」
冒険者達は嘲りながら青年に向き直る。1人が剣を振りかぶり、
「じゃあお前からなぶってやるぜ!」
青年に凶撃が飛ぶ。次の瞬間、体は真っ二つになった…剣を振った方が。青年の手には刺突剣が握られている。体が2つにに別れた冒険者が崩れ落ちる。
「ただ追い払うつもりだったんだけどな」
青年は呟く。他の3人は固まっていた。斬るものではない剣で真っ二つに切り落とされたのだ。化け物だ。
「君らも、自分の分身が欲しいかい?」
青年はそっと話しかける。冒険者たちは脇目も振らず逃げ出した。
「ごめんね、こんな助け方で。怖がらせただろう?」
青年は優しく話しかけてきた。正直怖い。全く青年から目を離していなかった。なのに全く見えなかった。
「だ、大丈夫です。ありがとうございます。」
「礼なんていいよ」
青年は笑って答えた。
「でもお礼させてください!」
カヤはそう言って財布からお金を出そうとする。青年はそれを止めて、
「そんなの受け取れません」
「でも…」
青年は少し考えてから
「じゃあ少しだけ車乗っていっていいですか?」
「はい!お送りします!」
「いや、送ってもらわなくてもいいよ。あてのない旅だからね」
青年はそう言って宿に入っていった。
「すごい人だったね…」
そうして、3人は宿に入って、食事をして寝床についた。
朝が来て出発する。青年も一緒だ。
「ごめんね、送ってもらっちゃって。おこがましいよね」
少し怖いが、優しそうな人だ。
「助けてもらったのは確かですし、何かありましたら気兼ねなく言ってください!」
青年は微笑んで
「ありがとう」
やっぱりいい人なのだろう。
車の中で青年と色んなことを話した。自分たちの身の上や青年の旅のこと。青年の話はとても勉強になった。この世界のことをほとんど知っているのではないかと思うほど、青年は博識だった。そうして色々と話をしたが、名前だけは教えてはくれなかった。
車に揺られて鬱蒼とした洞窟が横に見えた。
「すみません、ここで下ろしてくれますか?」
どうやらここでお別れのようだ。だが、
「すみません、少しだけここで待っていてくれますか?」
青年はその洞窟に走って行った。そこで1時間ほどだろうか、待っていると、青年が洞窟から出てきた。青年は手提げカバンに手を突っ込み、剣と刀、弓を取り出した。おそらく魔法のバッグだったのだろう。
「どうぞ、皆さん!皆さん自分の武器を持ってらっしゃらないそうなので」
カヤは首を振って、
「いえ、そんな…」
「大丈夫ですよ、カヤさん。この武器は何か言われのある武器ではなく、その人の成長に合わせて成長するんです。大事にしてくださいね」
そう言って武器を渡してきた。そう言って青年は立ち去って行く。
「ありがとうございます!」
咄嗟に叫ぶと、青年は振り返って微笑み、手を振った。
歩き去っていく背中を見ながら思慮にふける。また会えたらいいな。そう思いながら車に乗り込み街に向かうのであった。




