3話 悪しき奴隷制
街についたカヤと自分は談笑しながら買い物をしている。
「やっぱり人がいるっていいねー。寂しい一人旅から一転してだいぶ賑やかになったよ」
「そうですね、1人は寂しいですからね」
自分も1人の寂しさはよくわかる。学校とかで仲間の輪に入れない時の辛さを思い出す。まあ、それとは別の寂しさではあるが。
「でも、流れ者の周りにはどんどん人が集まるって言うから、あたしらも大所帯になるのかね」
なるほど、いわゆるよくあるハーレム展開とやらが、こちらの世界でも、誰かが作り上げているのだろう。正直羨ましいな。例えば、色んな獣耳っ娘が集まってきて、自分をよいしょしてくれるのか…なかなか良いな。
自分には縁がなさそうだ。
「まあ、信頼出来る仲間でなければ意味がないですよ」
少し不貞腐れたように返してしまった。自分でも、この態度は宜しくないと思う。
「そうだね。裏切られるのは勘弁だ」
カヤは自分が何を考えていたのかわかっていたのかのように笑って答えた。
ブラブラと歩きながら街を探索する。ここには今まで見た事のないような店が立ち並ぶ。魔術の道具の店、武器屋、占いの店などファンタジー的な店がほとんどだ。
その中でオシャレなカフェなどを見つけたが、逆に違和感を感じてしまった。それほど異常な所に今自分はいるのだろう。
だがそのような店の中でも一際異常な店が目に止まった。屈強な男や少女達が鎖に繋がれ店先で商品として展示されている。いわゆる奴隷商人とやらだろう。
「あちゃー…これはマヤには見せたくなかったんだけどねー」
カヤは嫌そうな顔で、奴隷商を見る。この世界でも、奴隷は存在するようだが、奴隷と言うものが悪である事に、少し安堵する。
「これについてどう思う?」
カヤは渋い顔で聞いてきた。
「最悪ですね。奴隷制が残ってるだなんて、前時代的です」
「そうかー。そっちでは奴隷なんてないんだね」
カヤはこちらに向いて諭すように話し始めた。
「この世界で奴隷は違法ではないんだ。もちろん私もこんなのが無くなればいいなといつも思っている」
「みんな抵抗はしないんですか」
「したくてもできないよ。相手は巨大な団体だからね。奴隷の売買の協会があるんだ」
「・・・」
どこの世界にも抵抗できない悪はあるものだと痛感する。自分はここでも元の世界でも影響力のない、水溜まりを漂う葉のようなものだ。自分の薄っぺらい正義感は偽善だけを主張している。
「強くなりたいです」
「そうだね」
「強くなって、そんな組織握り潰してやれるくらいの力が欲しいですよね」
「必死に頑張ればやれるさ」
カヤはこちらに微笑み、答えてくれた。
「マヤの倫理に反するかもしれないけど、今1人だけでも助けるってのはどうだい?」
「買うってことですか」
「奴らに金が渡るのは忌々しいけど、今何も出来ないのは悔しくないかい?」
なんの解決にもならない提案だ。でも…確かに、ここで何も出来なければ、自分の無力さを痛感するだけになる。正義の味方が絶対にしないだろう選択だが、十字架を背負うことは自分の強さに繋がるかもしれない。
「わかりました。そうしましょう」
「ごめんね、変なこと考えさせずに通り過ぎちまえば良かったけど、マヤがどう思ってるか聞きたくてさ。でも、これを悪だと思ってくれて安心したよ」
カヤは少し俯き黙ったあと、顔をあげる。
「じゃあ、どの子を買うかい?」
そうだった。全員を買う訳にはいかないのだ。自分たちには買うお金も、住まわせる土地もないのだ。自分は俯く。
自分は奴隷たちの方を向き、1番悲しそうな奴隷を選ぶことにした。
どの奴隷も暗い暗い顔をしていた。やつれていて、青白い肌をしている少女。鎖で繋がれ重りをつけられた男たち。
その中に小さな檻に入れられた、ガリガリの獣耳の少女がいた。その少女はその奴隷達の中でも一際人とは思えない扱いを受けていた。
「カヤさん、あの子はどうですか?」
「あの獣人の子かい?」
「ええ」
カヤは少し悩む。
「獣人は少し嫌がられるからな…まあ気楽な行商旅だから別に構わないかな」
「獣人って差別の対象なんですか?」
「んー、昔に戦争してたからねー。その名残だな」
この世界でも戦争は起きていたみたいだ。まあ起こらない方が不思議ではあるが。悲しいことに、人間はずっと互いに戦う性なのだ。
「じゃあ、買ってくるよ。マヤはここで待ってな」
カヤは歩いて奴隷商の元に向かっていった。
カヤは獣人の子を連れて戻ってきた。奴隷商は怪訝な顔でこちらを眺めていた。よっぽど自分たちが怪しい存在だったのだろう。もし、自分が権力を持ったら、お前達のその顔を絶望に染めてやる。そう心の中で誓い、カヤの方を向く。
連れてきた子は言葉に表せないほどにやせ細り、悲惨だ。
「マヤ、とりあえず車に戻ってなにか食べさせてあげよう」
「そうですね。急ぎましょう」
カヤが食べ物を買いに言っている間、自分は獣人の子を抱いて待っていた。痩せギスの少女をよく眺めてみる。大分汚れてしまっているが、この子は可愛らしい顔をしている。
その事が余計にこの子の不憫さを引き立てている気がする。
「可哀想になあ」
カヤは宿の近くの肉屋で買ってきたソーセージとスープを持って宿の駐車場に帰ってきた。
「こんな救い方になったけど、大切にしてあげよう」
「そうですね。これが正義だとは思いたくはないですけど」
「まあ、正義とは言いはることはないさ」
と言ってカヤはソーセージを手渡してきた。それを少女の口元に持って行く。
「さすがに固形物は無理かな…」
そんな心配をよそに、少女はソーセージにかぶりついた。と、いったところまでは良かったのだが、少女の歯は自分の指に突き刺さった。
「いっってあ!!」
驚いて大きな声を出したが、少女も自分が思いっきり噛みついことに驚いたらしく、
「も、も、もうしわけありません!」
と上擦った声で謝ってきた。
自分は咄嗟に笑って、頭を撫でる。
「大丈夫だからさ!お腹空いてたんだろ、仕方ないから」
と、答えたものの、多分痛みで顔をひきつらせていたのだろう、少女の青白い顔はさらに青くなってしまった。
「よっぽどお腹空いてたんだな!マヤの指は多分美味しくないから、食わねー方がいいぞ!」
カヤは腹を抱えて笑っている。他人事だからって酷い人だ。しかも自分が不味いって、ちょっとバカにされた気分だ。踏んだり蹴ったりだな。
「申し訳ありません…申し訳ありません…」
少女は謝り続けている。とりあえず、手に持っているソーセージを少女の口に放り込み、カヤに聞いた。
「この子って名前、あるですかね?」
「多分、ないだろうね」
少女に向きなおって、顔を覗き込む。少女は涙をうかべながら、こちらを見ている。
「名前、あるかい?」
と聞く。少女はふるふると首を振る。
「じゃあ名前、つけないとねー」
カヤはこっちを見て言った。
「マヤがつけてあげな。マヤがこの世界を変えるんなら、その救出者1号はその子だよ」
「でも、自分の力ですらないんですよ…」
「そんなんツケにしといてやるから後で稼いでたっぷり恩返し頼むよ!」
カヤは立ち上がり、鞄を背負う。
「私は追加の買い物行ってくるから、その子の名前考えときな!」
カヤは準備してさっさと出ていってしまった。さすがに年端もいかない少女と一緒に置いていかれるのは少し気が滅入る。
少女はちびちびスープを飲んでいる。その子の頭をそっと撫でて、少し考えにふける。この子の名前…どうしようか。人の名前をつけるだなんて考えもしなかった。変な名前なんて付けられない。
そう考えていてしばらくすると、カヤは帰ってきた。
「ほら、決まったか?」
「そんな簡単につけられるわけないですよ」
「この子をずっと名無しのままにしてられないだろ、ほら!なんかひとつぐらいあんだろ?」
自分は少し考えたあとに、恐る恐る口に出す。
「じゃあサヤちゃん、でどうですか」
我ながら単純だ。
言った途端にカヤは吹き出した。そんなにおかしい名前だったのだろうか?しかし、カヤは自分の頭をわしゃわしゃと、掻き回す。
「アハハハハ!私にも兄弟ができたってとこだな!」
こうして、三人兄弟が結成されたのだった。
正直、この展開は無理矢理過ぎた感がありましたが、どうしても入れたかったキャラなので仕方なくこうしました。これに懲りず、これからも読んでいただけると幸いです。