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19話 獣の少年

 

 みんなで食卓を囲んだ後、自分はサヤとともに夜の警備を担当することになった。宿の近くを満遍なく探索する。夜の街は静かで、少しの物音でも辺りに響き渡る。少し遠くで言い争う声が聞こえる。


「なにかただ事ではないことが起こってるみたいですね、主人様!」

「関わる必要はないけど、五月蝿いから様子見に行くか」


 こんなにギャーギャー騒がれては本当に重要な音が聞こえないので困る。サヤは耳が獣人にしては、そこまで良くないので尚更だ。

 音のする所に駆けつけると、1人の少年が数人の冒険者らしき男たちに囲まれている。やっぱりこの世界治安悪い。


「お前のせいで、こんなことになったのまだ分からないとか言ってやがるのかよ」

「俺だけのせいじゃない!そもそも適当に集まったチームでそんな身内のルールなんて通じるか!」


 言い争いが止みそうにないので、止めに入ろうかとしたところ、突然3人の冒険者らしき一団が止めに入った。


「こんなところで言い争いはやめろ!言い争っても解決なんかしないぞ!」


 そう言い放った少年は短い黒髪に、やたら装飾の多い剣を腰に帯びた正義感だけは強そうな見た目をしていた。正直嫌いなタイプっぽいので遠巻きに眺めるだけにした。

 しかも2人の女性を連れている。片方はやたら胸が大きい貴族のような女の子。もう片方も胸が同じくらい大きいエルフだ。

 まるで青果市場みたいな状況に、サヤがちょっと吹き出していた。


「スイカ売り場みたいです。ちょっとお腹すいてきました」

「サヤちゃん、他人の胸見てお腹空かせないで」


 そうやってごちゃごちゃ言ってたらエルフに睨まれた。自分達2人は目を逸らして、男の方を見る。どうやら仲裁に入ったものの、いざこざは収められそうにない。そうやって言い争っているうちに、少年しゃがみ込む。


「もういいよ…もう嫌だよ…」


 そう言って蹲っていると、段々少年の身体が大きく変形してきた。毛が生え骨格は変わり、みるみるうちに大きな熊のような魔獣に変身した。


「ぎゃ…」


 喧嘩していた男達は悲鳴をあげる暇もなく魔獣に喰い殺される。仲裁に入った一団も大きく退く。


「サヤちゃん!ヘルプ呼んできて!」


 とりあえず、サヤはこの状況下では不利だと判断し、誰かを呼びに行かせる。エルフ達も固まっている。


「お前らもさっさと逃げろ、邪魔だ!」

「いや、俺も戦う!」

「いいから、連携も取れない奴が居ても邪魔になるだけだから!」


 中々に渋っていたが、どうにか追いやった。魔獣はひとしきり男達を噛み砕いた後、こちらにターゲットを変えてきたようだ。


「どうにか持ち堪えるしか無さそうだな」


 すっと、ヴァルが出てくる。


「私も囮になるからどうにか頑張ってにぇー!」


 魔獣は正直相性が悪い。一撃必殺の貫通攻撃も大した有効打にならない。ヘッシュも対装甲、対障壁には有効だがこいつにはほぼ弱っちい爆弾だ。

 とりあえず動きを止めつつ、逃げ回るしかない。


「ヘッシュ!」


 魔獣の顔面に向かって撃ち込む。直撃したもののやはり有効では無い。魔獣もその鋭い鉤爪で切り裂こうと、太い腕を振り回す。当たりはしないが、当たれば即死の攻撃をとにかく避け続ける。

 ヴァルも必死に気を引こうととびまわっている。


 しかし、そんなに経たないうちに助けは来た。意外な助けが。


「うっす、眠いけど来てやったぞ。うちのリーダーの頼みだ、俺がただの怠け者認定される前に働いてこいだとさ」


 まさかびっくりエウスがそこに居た。エウスが戦っている時なんて見たことない。


「俺の能力を見せつけて、無能で無いことをアピールって、別に事前にやっとく必要なんてねーのにな」


 エウスは魔獣の攻撃を片手で難なく受け止める。


「折角だし俺の必殺技見せてやりたいんだけど、まず少し説明しないといけねーんだ」


 エウスは魔獣を殴り、数十メートル吹き飛ばす。


「俺の右手は正面に吹っ飛ばす力を発生させられる」


 おそらく今吹き飛ばしたのは、その力を使った攻撃だろう。


「そして左手は後ろ側に引き込む力が働く」


 魔獣が怒りの吠え声を上げながら突進してきた。エウスは右手を握り、左手を正手の構えで魔獣の懐に飛び込み、


「剪風剣断!」


 厨二心をくすぐられる呪文と同時に、魔獣の身体が上下に真っ二つに引き裂かれる。なるほど、剪断ってことか。

 鋏で紙を切る原理と同様に反対方向の力をかけることにより、敵を千切飛ばす必殺技なのだろう。初めてまともな名前付きの技を見れて、満足だ。

 正直、ロケットや砲弾の名前の技とか異世界らしくなくて困っていたから助かる。


「かっこいいにぇー、エウスさーん」


 エウスはちょっと恥ずかしそうにしているが、満更でも無さそうだ。


「ちなみに技名は俺が考えた訳じゃあねえからな」


 やっぱりちょっと恥ずかしかったみたいだ。別にそこまで恥ずかしい名前では無いと思うが、やっぱり口に出して言うと、確かにきついかもしれない。


「さっさと帰ろうぜ、夜警交代だ」


 そう言って2人(プラス幽霊)で帰ろうとすると、魔獣の死体の中からさっきの少年が出てきた。少年はまたやってしまったとか何とか呟きながら、とんでもない速さで立ち去っていく。

 エウスも驚いたようで、口を開けたまま、その後ろ姿を見守ることしか出来なかった。


 夜が明け、夜警に出た夫婦以外は朝食を取り始める。しばらくして、夫婦が戻ってきた。


「おつかれー!ティーゲル夫妻ー」


 グランがニコニコして迎える。


「はい、ただいま戻りました」

「特に異常はありませんでした。最低でも私達を狙っている奴らはいませんでしたよ」


 トレントは簡単に報告すると、双葉と共に席につき朝食を取り始める。


「そういえば、私達には関係無さそうだが、殺人鬼は出たようだ。どうやら計画的な犯行らしいがな」


 トレントは興味無さそうに、殺人鬼について話していた。自分もわざわざ関わる程ではないなら、特に興味は湧かない。それより、今日は楽しいお出掛けだ。オタ三人衆で古本屋と武器屋巡り、久しぶりに仲のいい友達と遊びに行く気分だ。


「マヤくん、準備出来たよ!もうパーチャミちゃんは待ちきれないみたいだから、行くよ!」


 自分もさっさとワンドと鞄を背負い、ヨミについて行く。


 何軒も店を渡り歩いた3人は戦利品を持ってホクホクしている。パーミャチは杖につける拡張パーツ、ヨミはあっちの世界から流れ着いた、戦車や軍艦の本を二、三冊、自分はこの世界の火薬や魔力式エンジンの専門書を買ったのだ。


「あっちの世界の砲弾の1つにAPFSDSってのがあってだな…」


「第二次世界大戦の戦車で、僕が1番好きなのはティーガー2重戦車かなー」


「魔力式爆薬にはやっぱり魔力2号火薬がおすすめね!」


 自分の色々な知識を共有しあったり、話し合ったりする。この3人はやっぱりオタクなんだろう。もしあっちで同じ学校にいたら、端っこでこんな話ばかりしてるんだろうな。


 そんな話で盛り上がっていると、路地裏から悲鳴が聞こえる。どうやら、また何かが起こっているようだ。流石にほっとくのは後味悪いので3人で特攻することにした。

 走って悲鳴が聞こえた場所に行くと、黒髪の眼鏡をかけた美少女が、血だらけの仮面の男にナイフを向けられている。その男の横には死体が転がっている。例の殺人鬼だ。こちらを見た瞬間、舌打ちをして逃亡した。

 壁を登りながら高速で逃げる様は、人間を辞めている事を物語っている。しかし、自分たちを見て逃げたところを見ると、大したことない奴なのかもしれない。とりあえず、座り込んでいる少女に声をかける。


「大丈夫ですか、怪我はないですか?」


 少女は首を振り、事の顛末を話し出す。たまたまこの路地裏に入った時に殺人現場を見てしまったらしい。

 そのまま口封じされかけた所に自分たちが駆けつけて、どうにか助かったらしい。

 自分たちも奴を見てしまった。見て見ぬふりは出来なくなってしまった。また、面倒事に巻き込まれてしまったな。


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