18話 平和な一日
澄んだ快晴の下、一行は街に到着する。久しぶりの街に皆、喜びの声をあげていた。しばらく休憩したあと、自分は街を出歩くことにした。勿論誰かを連れてだが。
さあ、誰を誘おうかな。カヤはサヤ連れて買い物、夫婦も仲良く買い物、パーミャチと伊智代はもう探索に出てしまった。すると、目の前をヨミが通りかかった。
「ヨミー!暇なら買い物行こ!」
ヨミはこっちを向いて首を横に振る。
「普段なら喜んでついて行くんだけど、今僕深海魚みたいになってるらしいから、ベッドで寝るね」
戦車での長旅で、顔が真っ白になって赤い瞳がさらに赤く、白目も赤みを帯びている。確かに深海から浮かび上がってくる化け物みたいだ。
さっきまで運転していたので疲れているのだろう。そっとしといてあげよう。
あと誰かいたかな。
「おう、マヤ!暇なら遊びに行くか?」
フィアット兄貴だ。ちょくちょくサヤと自分に剣を教えてくれている。なんか教えて貰ってるうちに自然と兄貴と呼び始めてしまった。ちなみに兄貴呼びはパーミャチ発。
「あっ、兄貴。良いですよ!」
という事で2人で街をぶらぶらすることになった。
「そういや、俺らの事やヨミとかのメンバーの事どれくらい知ってる?」
「んー、よく喋るヨミとかグラン、パーミャチならよく知ってますよ」
実は結局、ヨミとも仲良くなってしまっている。自分が戦車のについて語っているとハマってしまったのだ。パーミャチは、オタク気質があるせいで仲がいい。グランは同じ車両に乗っているからだ。
正直他のメンバーは仕事仲間程度の認識だ。
「まあ、全員と親友にはなれんしな。特にあの夫婦は闇が深いぞ、詮索しない方がいい」
ヴァルによると、双葉はBL作家でトレントはMらしい。怖くてあまり探っては無いらしいが。
「まあ、俺らに悪い奴は居ないさ。ヨミのとこは知らんが」
「変な奴らですけど頼りにはしてるんですよ」
でも今は疲れでぶっ倒れてるんですけどね。南無三。
ちなみにフィアットは元々護衛ではなく、王宮の暗殺者とかしていたらしい。なんか親衛隊メンバーヤバい奴多い。
全員何かしらの死線を超えてきているらしいから、仕方がないのかもしれないが。
そんな話をしながらぶらぶら歩いていく。
「そういや、腹減ったな。飯食いに行くか」
もう昼時だ。どの店も混み合っている。空いているレストランを探しながら歩き回る。数十分歩いて、やっと入れそうな店を見つける。
質素なレストランであったが、小綺麗で美味しそうな料理がメニューに所狭しと描き込まれている。
「すみません、ここのおすすめとかありますか?」
通りかかったウェイトレスらしき少女に声をかける。
「はい、このレストランの名物はチーズハンバーグです!トロリとしたチーズが、とてもハンバーグと合うんですよ!」
元気に答える。
「じゃあ、それにしようかな。兄貴は?」
「俺もそうしようかな。じゃあ嬢ちゃんそれ2つ頼む」
少女は分かりました!と返事して厨房に入っていった。
「まだ若いのにしっかりしてるな」
フィアットは呟く。確かに10歳かそこらに見えるが、愛想もいいし接客も完璧だ。そのコミュニケーション能力を見習いたいものだ。どうやら他に従業員もいないようなので、家族経営なのだろう。
しばらくすると、少女が美味しそうなハンバーグを運んできた。
「お待たせいたしました!チーズハンバーグです!」
腹が減っていた自分達はすぐにフォークを取り、食べ始める。とても肉汁たっぷりで美味しいハンバーグだった。食べ終わると、少女が片付けに来る。
「そういや、この店って何人でやってるんだ?」
フィアットが聞く。
「私と…母でやってるんです!大変ですけど、頑張っています!」
「そうか、頑張ってな!」
料金を払い、店を出る。それからしばらく歩いていると、家の前に人だかりができているのを見つけた。何が起こったらしい。
そこに集まっている人に話を聞くと、どうやらここの家に住む名家の主人が殺されたらしい。ここら辺では力を持っていたらしいが、恨みも買っていたみたいなのでまあ、そういうことなのだろう。
いつも何かに巻き込まれるので嫌な予感がしたが、おそらく自分たちとは関係なさそうだった。
しかし、最近よく事件が起こるらしい。夜街中で魔物に襲われる事件などもあったと聞く。自分たちが襲われないよう警備する必要はありそうだ。
散策しながら車に戻ると、死んだ顔のリズが椅子に座って紅茶をすすっていた。しかし、フィアットを見た瞬間生気が戻った。
恋する乙女の顔だ。まさか兄貴を狙っていたとは知らなかった。兄貴はそれに気づいていなさそうで、リズが呼び止めると横に座って話し出した。まさか新カップル登場なのかもしれない。
とりあえず、リズの恋路を心の中で応援しながらファイアフライに入る。すると、中に何故か双葉と伊智代がいた。何故か2人とも真剣だ。
自分がなにかしたのかと不安に思いながら2人に近づく。
「マヤさん、1つお聞きしても宜しいですか?」
もしかして伊智代さんの尻尾を夜な夜な触ってた事がバレたのかもしれない。
「どうしたんですか?」
恐る恐る、聞いてみる。双葉は息を吸い込み、
「ヨミさんって男ですか?」
とんでもない質問を喰らわされた。なんでそんな真剣な顔でそんな質問できるんすかね。
「いや、女の子ですよ」
双葉は信じられないというような顔をして、
「ええ、嘘でしょう!ち○ち○生えてないんですか!?生えてるんでしょ!?」
やべえよこの人。清楚な顔して、内面にすごい闇を抱えている。伊智代さん、横で笑ってないで止めてあげてください。
「いいえ、生物学的にメスです。確認済みです、諦めてください」
双葉はガックリとうなだれている。BL作家さんも大変ですな。
「まあ、そう男に恋する男なんて、そんなしょっちゅう出会うわけではないからのう」
伊智代は双葉の背中を撫でながら慰めている。
「ええそうですね、じゃあエウスさんとフィアットさんのやつの続き書いてきます」
そう言って双葉は出ていってしまった。なんかすごい不穏なこと言ってたような気がするが、気にしない気にしない。
「マヤ、何となく察してるだろうが、気付かないふりをしとくのじゃぞ。儂との約束じゃ!」
自分から沼の主に殴り込みに行くなんてゴメンなので、もちろんこのことは忘れます。
「そういや、伊智代さんって今お幾つなんですか?」
伊智代は考え込み、
「多分、350前後だったと思うのじゃがあんまり覚えておらんのう」
予想を大幅に超えた答えが返ってきた。
「350!?そんなに生きてるんですか!」
伊智代は恥ずかしそうに笑っている。
「まあ、年の功はあまりないのじゃが、若々しく生きるのがモットーじゃ。実は先の聖戦にも参加しておったのじゃぞ!」
先の聖戦というのは、120年前の獣人と王国側の戦争のことである。あまりの戦力差に獣人側が破れ、冒険者になった獣人以外は端の方に追いやられたらしい。
「負けてしまったが、死ななかっただけ儲けもんじゃな。歳だけはいっぱいとっておるし…」
伊智代は近づいてきて、自分を抱きしめて耳元で囁く。
「儂を母親代わりに見てくれても構わないのじゃぞ。儂は幾らでも尻尾触らせてやるからのう」
伊智代は聞いたところによると未婚らしい。向ける場所のない母性が、自分に向かっているということかもしれない。てか思っきりバレとるやんけ…