17話 避けられぬ現実
車の改装を終え、出発の準備をする。カヤと姫達の車両はそれぞれ大幅に改装され、立派な名前もつけてもらっている。
カヤの車、ファイアフライは車高を少し下げ、取り回しの良い60ミリ砲を搭載している。車内を狭くした変わりに得た装甲は多少の魔力弾を受けるには十分過ぎるほどである。
グラン達の車両は元は四角いトラックのような見た目だったが、運転席を連結して大型の装甲車に早変わりした。上部に80ミリ魔力式戦車砲を搭載している。これは魔力によって、加速させて撃ち出す砲である。
初速は遅いものの、撃ち出された後も多少は加速し続ける特性がある。車両の名前はドーラになった。
危うく、エンゲージド・レーヴァテインにされかけていたが。
そしてちゃっかりついてくるKV-1組。準備を終わらせた一団は土埃を上げながら、町を去っていった。既にこの町に到着してから1週間は経っている。
「何見てるんだ?」
グランが見ている板を覗き込む。それは元の世界で言うならタブレット端末のような魔力通信板と言うものらしい。その画面の中では可愛らしい衣装を着た、4人の少女が踊っていた。どうやらアイドルらしきものらしい。
「カラフルリートっていうグループなんだって。私ハマっちゃったんだー」
ふーんと思いながら、一緒に見続ける。途中からサヤも参加してきた。正直アイドルにハマることなんてないと思っていたが、2人して見事にハマった。
めちゃくちゃ踊りと歌が上手い。ただの見た目だけのアイドルではなく、技術を身につけたプロだった。他にもエンジェルダイブやら、アビスオブザーバーやらよく分からない名前の色々なアイドルらしきグループを見ていったが、ハマったのは最初のグループだけだった。
3人でずっとライブの映像を見ていると、急に車が止まる。
「どうしたんです?」
「前方に死体が転がってる。通り魔かなんかに襲われたのかね」
アイドル見てたら正面に死体って、温度差すごいな。運転席まで行き、窓から現場を見渡す。凄まじい光景だった。ほとんどの死体は真っ二つに割かれている。まるで巨人に捕まって引き裂かれたかのような、圧倒的な力による攻撃で殺されたのがわかる。
「グレイプニルの戦った跡だよ、あれ」
グランが震えながら死体を指差す。もしあの時捕まっていたらこんなことになっていたのかと考えると、本当に恐ろしい。
「じゃあ、あの死んでるのは盗賊かなんかなのか?」
「いや、王都からの追手だと思う。こんなところま追いかけてきたのね…」
グランは進路変更の無線を後続に入れ、席に戻った。自分も続いて席に座る。グランは暗い顔をして俯いている。
「私が逃げている理由って知ってるよね」
グランはぽつりぽつりと話し始める。
「許嫁として辺境の君主と結婚するなんて、無理だったから…」
「たぶんグレイプニルも嫌だったんだと思う。あの子、男の人嫌いだったし」
「どうせ私達は正当な王の血筋じゃないから、人身御供ってことね」
なんと声をかけてあげればいいか、分からない。今まで苦しかったのだろう。こんな僻地にまで逃げたくなるまで。
「もう、自分の好きなこと好きなだけしな」
そっとグランの頭を撫でる。
「俺達が家族みたいに見守って、叱って、助けてあげるから」
なんだか偉そうな事を言ってしまったが、とにかく安心させてあげたかった。
「へへ、こっち来て1ヶ月位しか経ってない新人さんがよう言うよ」
グランは、クスリと笑って答える。
「でも頼りにしてるよ、みんなのこと。みんな一緒に幸せになろ」
「ああ、絶対に1人も欠けさせない。その為なら何度でも自分を殺そう」
グランはそれを聞くと目を瞑り仮眠を取り始める。自分は勝手に膝の上で寝始めたサヤを撫でながら、この先のことを想像する。自分は本当にみんなを守りきれるのだろうか。
もうすぐ街に着く。1週間ほど走って来たため、みんなに疲労の色が見える。特に戦車に乗っているヨミ達の顔色は優れない。狭い所でずっと座っているのは辛いだろう。1人づつ、ファイアフライで休憩するのを繰り返してきたが、流石に慣れない車両は疲れるのだろう。
ヨミは元々白い顔が漂白剤でもかけられたのかと言うくらい白くなっている。早くみんな休みたいのだろう。
しかし、邪魔が入る。武装した一団に車を取り囲まれたのだ。
『 やばいぞ!王都からの追手だ!』
フィアットから無線が入ったが、後方ではもう戦闘が始まっている。どうやら避けられない戦いのようだ。とりあえずファイアフライの周りの敵を確認する。ざっと10人ほどの鎧の兵士たちがいる。
カヤを車内に残し、武器を持って外に出る。出た瞬間問答無用とばかりに剣を振ってくる。それを受け止め、ワンドで一突きで心臓を突き穿つ。サヤも車から飛び出し、兵士に斬り掛かる。
サヤは膝裏などの関節を切り裂きながら、舞うように戦っている。グランは拳で兵士たちを殴って鎧を凹ませる。もはやルールの存在しない乱闘だ。自分も次々と兵士を倒していく。
幸い練度は低く、ものの10分程で全員を倒した。
「やっと終わった。もうすぐ町だってのにね」
ふとグランやフィアット達を見ていると倒れている兵士に剣を突き立てたり、蹴り飛ばしたりしている。
「何してるんだ!?」
「トドメ刺してるの」
「いや、そこまでするのか?」
「だって王都側に場所割れたら大変じゃん」
グランは冷徹に答える。自分の考え方は甘かったのかもしれない。味方の命を守るってことは自分を犠牲にするだけの事ではないと気付く。この世界は自分が思っているほど生温くない。
敵の命を犠牲に自分たちを守っているのだ。その事実に気付かないはずはなかったのに、自分は気付かないようにしていた。
黙って自分は倒れる兵士のが死んでいるか調べ始める。
「巻き込んじゃってごめんね…」
グランは掠れた声で謝ってくる。グランの頬に涙が伝う。生死確認を終えたあと、皆黙って車に乗って出発する。街はもうすぐだ。