123話 鉤と鎌槌
アードルフは燃え尽きた街を背景に、王都でのプロパガンダの為の、演説を撮り始める。
こんにちは、神歌王国の皆さん。私は王国軍、総司令官、七元徳が忠義、アードルフ・ヘルダイブ。皆さんを守る者です。
今、私は燃えた街で、演説を撮っています。
この街は数日前までは、活気のある、素晴らしい街でした。それが、今ではこの有様。
何故。何故、この様な事になってしまったのか。何故、これだけ沢山の人が死んでしまったのか。皆さん、お分かりでしょう。
我らの国を蹂躙し、神を落とし、皆さんを虐殺せんとする、反逆者達のせいです。
彼らがやった事は、到底許せる事ではありません。この大陸の平和を願う、主神の心も理解せず、我らを根絶やしにせんと、こちらを向かってきている。
既に、大陸の殆どが、あの醜悪な思想の持ち主達に支配されています。
皆さん。いや、諸君。私はとても、辛い。
攻め込まれている事が辛いのでは無い。諸君らの意識の低さだ。兵士は掃いて捨てるほどいる、そう考えていはいないだろうか?
違う、違うのだ。掃いて捨てられるような兵士は、既に煉獄で、茶会でもしているだろう。もう戦場には必要ない。
ならば、誰が奴らと戦う?他人が戦ってくれるか?どうせ自分なんか戦えない?
そうじゃない。誰でも戦える。
愛国心さえあれば。
愛国心だ。愛国心。何度も何度も復唱してくれたまえ。愛国心。
その言葉の意味をしっかり噛み締めてくれたまえ。国を愛する心だ。
そして…この国を作ったのは、神だ!我らが心酔する、主神様であろう?その神を愛する心を忘れたなどと!
そんな事はあるまい。この国に住んでいるなら、そんな事は無い。
国を奪われたいか?神を殺されたいか?子供を、親を、友を、自分を!
殺されたくは無い。分かっている。口に出す必要なんて無い。生きたい、その意思はとても理解出来る。
だが、諸君、1人で生き残ったとて、それは生きていると言えるのか?抜け殻だけがそこにあるだけでは無いのか?
そうは成りたくない。それはただの歩く自己愛、執着、無意味。そんな結末は誰が望むか!
ならば、立ち上がるしかない。そう!愛国心を抱いて立ち上がるのだ!
敵に友が刺された?ならば、その敵に粛清を。友が撃たれた?ならば、復讐の砲撃を。
誰が行うのだ?君だろう?他の誰かに任せてはいけない。君が取れ!その剣を、銃を!
敵は君に容赦なく銃口を突きつける。
抵抗せよ。
君が生きている意味を、主神に見捨てられた、屑共に見せつけてやれ。生きる意味を失った、抜け殻共にとって、君達の勇気は、まるで太陽に晒された屍人共のように、苦しいものだろう。
苦しめろ!その気高さで苦しめろ!
街道を進む、我らの戦車と共に、敵のチンケな戦車を鉄クズにしてやろう。
榴弾をバラバラと撃ち込んでくる、敵の砲兵共に、我らの魔弾の雨を味あわせてやろう。
空を五月蝿く飛び回る敵の飛行機を、聖なる戦闘機で落ちる星にしてやろう。
静かな海を波立たせる、敵の戦艦共を、海底でぐっすりと、眠らせてやろう。
奴らの後方で喚いている、敵の司令官を引き回し、民衆の前で粛清してやろう。
さあ、覚悟は出来ただろう。家から出てきたまえ。君の武器は既に用意してある。君の為の工場の空きはもう用意してある。
諸君が、神を愛している事を願う。
奮い立て、諸君。
突き進め、諸君。
我らの進む道は、示すまでもなく、真っ直ぐに伸びている。
生きる為の戦争に、参加したまえ。
これで、私の演説は終わりだ。
後は君達次第だ。私は期待している。
「…はい!という事で、先日入手した、クソ野郎の演説の上映だ。拍手、拍手!裏切り者の長ったらしい、糞演説に拍手!」
自分は無表情のまま拍手をする。
「わざわざ、自分の短い話を聞きに来てくれた同志に感謝を、時間を割いて通信で見てくれている同志にも感謝を」
自分はフェンリル市の広場で、簡単な会場を作って演説をしに来ている。本当はやりたくなかったのだが、短い言葉でもいいから、激励して欲しいとケーニヒに頼み込まれたのだ。
てっきり、たまたま近くに居た兵士しか会場には来ないと思っていたが、半数以上が魔族で占められていた。魔族領の大物も混じっている。
…サタンちゃん、その団扇は何だ?ライブで使う奴じゃね、それ。
「自分は話すのが苦手で、カリスマも無い。なので、手早く済ませる!」
自分は緊張している。ここで恥をかいたら、この大陸の半分に知れ渡る。アードルフのように、長々とは話せない、それっぽい事で乗り切る。
「敵は我々を見下しているようだ。なら、自分達の行動は1つだ!」
自分は銃を取り出して、上に掲げる。
「一切の容赦なく、狂信者達の殲滅を!我らの協調に反する者には、徹底的な破壊を見せてやろう。その腐った内臓を引きずり出してやるぞ。我らは、今更引けない!銃を持って、戦い抜け!」
自分は事前に用意していた、王都の紋章が描かれた、板に発砲する。板は粉々に砕け散る。次に、その横に置いておいた、ハーケンクロイツに向かって、発砲する。鉄で作られていた、ナチスのマークに大穴が空く。
「同志諸君!進め!彼の地を赤く染め上げよう!」
直ぐに歓声が湧く。会場に用意していた席だけでない。窓を開けて、眺めていた住民たちも、同じ気持ちだったようだ。
魔族も、獣人も、人間も、その他の種族も、一丸となって、王都の滅亡を願っている。戦い続けると誓っている。
自分は笑っていた。その一体感が、心地よかった。今まで経験したことの無いような、幸福感。自分が存在する意義を全身で感じているようだった。
王都の人間からすれば、悪魔の笑いのように見えたかもしれない。
結構じゃないか。自分は悪魔が笑う事を望んでいる。悪魔も、アンデッドも、妖怪も、獣人も、仲間の転生者も、人間も、エルフも、竜人も、泣かせたくはない。
笑って、勝利を噛み締められるように、自分は戦う。勝った方が正義なのは、どの時代でも同じだ。
「アードルフ!あんた、何呑気に酒なんか飲んでるよ。アッティラは奪われて、兵も沢山死んだのよ。本当にこの戦争に勝てるの?」
ナアマはアードルフの執務室で怒りを露わにする。アードルフは穏やかな笑みを浮かべながら、ワイングラスを口元に運ぶ。
「勝てるか、それは誰にも分からない。私如きが未来を視ることはできないからね」
アードルフはワイングラスを爪で弾く。キンッ、と言う甲高い音が執務室に響く。
「ナアマ君、君も1杯どうだい?とてもよく冷えている…なんだ、つれないな」
ナアマは黙って、アードルフを睨みつける。
「君はこの作戦が失敗だと考えている。だが、私としては大成功なのだよ。君が生きて帰ってきた事が、『大』をつける理由だ」
ナアマはさらに表情を強ばらせる。
「第7軍、あれは、1番最後に残しておくべき大敵だ。いくら、分割した戦力をあそこに向かわせたとて、殺しきる事はできない」
「全戦力を集中させるって事?」
ナアマは表情を変えないまま、アードルフを睨んでいた。
「そうだ。他の部隊を全滅させなければ、この戦争には勝てない。アッティラ市は囮だ。囮になってくれている間に、対軍兵器を開発し終えた。もう少しすれば、実戦に投入できる」
ナアマはため息をつく。
「なんでアッティラを囮に…」
「なんだ、気付かなかったのか?アッティラ市の地下に、実験施設の1つがあったんだぞ。混乱に乗じて、既に爆破済みだがね」
ナアマは驚いて目を見開く。その様子を見て、アードルフは可笑しそうに笑う。
「君でその様子だと、第7軍も気付いてはいないようだ。ご苦労様、ナアマ君。そういえば、分別の様子はどうだ?気を付けておいてくれよ、次の君の仕事だ」
ナアマは黙って、執務室を出ていった。アードルフはその背中を、まるで父親が子供に向けるかのような笑顔で見送った。




