113話 ヨトゥンヘイム
ラグナロク轟沈から1週間が経った。魔族領では魔王の1人である、ルーデルの解任が決定し、大騒ぎになっているらしい。
アードルフの上司であったルーデルを調べると、王都への情報流出が山ほどでてきた。それが理由だ。
そしてこちらも、色々と対策する必要がある。
「じゃあ、今から軽く会議するぞー」
自分は第7軍本部の狭い会議室で、話し始める。集めたのはヨミ、ラザフォード、カヤ、栗子、サヤ。
「皆も聞いてると思うけど、第5軍の配備されてる、パリス山脈の前線が突破された。敵はパンターらしき戦車8両、ティーガー2両と、能力者部隊、そして数千人規模の歩兵部隊」
自分は壁に貼った地図を指し示す。
「どうにか、能力者部隊は第5軍のマジノ部隊が食い止めたらしいが、敵戦車はこちらの戦車を十数両撃破して、アルス川まで進撃した。第5軍はアルス川まで撤退して、前線は6キロ下がった。それで、俺らも戦力の増強をするから、案よろしく!」
今まで順調に進撃できたフェンリル軍にとって、深刻な問題ではあるが、話を聞いているメンバーの顔はのほほんとしている。
「そのパンター75ミリで抜けなかったらしいですね。P2の近代化改修必要です!」
栗子はラグナロクから帰ってきた時はしょぼくれていたが、フェンリル側の重要な情報は漏洩していなかった事が判明してからは元気になっていた。
どちらにしろ、ヨルムンガンドの所から漏れているので、大変な事には変わりないが。
「そうだね、栗ちゃんは地上の戦力の強化を頼むよ。それで、空の方も、ラグナロクの時の航空機の性能は前とは比べ物にならない。カヤさん、第7軍の航空戦力で行けそうですか?」
カヤは菓子をボリボリ食べながら答える。
「うーん、性能は断然こちらが上なんだけど…数が足りんかねー。落ちたラグナロクから飛んだ戦闘機が、直接こちらに配備されたといっても…相手は大金持ちだからねー、どうなる事やら」
自分は横にいるヨミの肩を叩く。
ヨミは菓子を口いっぱいに頬張っていたのを飲み込んで、自分の方を見る。
「ヨミはどう思う?どこから手つけたらいいかな?」
「やっぱり能力者部隊の強化からだね!いくら戦車が強くても、能力者に突破されたら終わりだからね」
「そうだよなー。そこから手つけるか!じゃあ、次ラザフォード!」
自分は頷いて、ラザフォードの方を見る。ラザフォードは今回新兵器の紹介をしてくれるらしい。しかし、ラザフォードは資料の束を持ったまま、固まっている。
「マヤさん!後ろ!」
自分は慌てて後ろを振り向く。真後ろには誰も立っていない。いや、窓だ。
窓に!窓に、ラザフォードが見つけた化け物が居る。大きな窓を埋め尽くす肌色。それにはきちんと、目、鼻、口がついている。
「…なんで?なんで、ここに、こいつがいるんだ!脱走したのか!?」
目の前にいるのは馬鹿でか幼女ヨトゥン。ラグナロクの1件でこちらに寝返った、という事で、第1軍の監視下に置かれていた筈のヨトゥンが、何故かここにいる。
窓を呆然と眺めていると、ひょっこりとグランが顔を出す。またヌメっている。質の悪い3DCGくらいてかっている。
「手に負えないって、追い出されたんだって!ねー、マヤ!ウチで飼ってもいい?」
「ダメだ!もうハティの世話で手一杯なんだ!元の場所に返してきなさい!」
まるで、子供が捨て猫を拾ってきた様なやり取りをしたが、ヨトゥンをここで引き取るなんて、冗談じゃない。
「どうしたの?」
騒ぎを聞きつけてか、第7軍で監視する事になった、パウが扉を開けて顔を覗かせる。そして、ヨトゥンと目が合う。
「失礼しました」
パウは扉を閉めて立ち去ろうとする。自分は走っていって、パウの襟首を掴む。
「ちょっと待って、パウちゃん。元同僚を見て見ぬふりはダメだよー」
「ヤダ!」
暴れるパウを引きずって、部屋に連れ込む。いつの間にか、窓はこじ開けられて、風が入り込んできている。
「パウちゃーん!」
ヨトゥンは嬉しそうに、パウを呼んでいる。パウは心底嫌そうな顔をしながら、自分の後ろに隠れる。
「ヤダ。あの子、すぐ食べようとするの」
パウは自分を盾にするかの様に、抱きついてきていた。だが、自分は頼れる高身長イケメンでは無い。おそらく珍妙な状況になっているのだろう。
グランはくすくす笑っている。
「いや、元味方だろ。なんで、元敵を頼る」
「でも、マヤ司令は人食べない」
そうだけれども。
そうこうしている内に、ヨトゥンはお腹が減ってきたのか、手近にいたグランを口に放り込んだ。
「ぎゃー、今日二回目ー!」
グランは相当お気に入りなようだ。ヨトゥンは口を大きく開ける。その舌の上でグランが正座している。
「おいでー…おいでー」
グランは手招きしている。部屋にいる全員が顔を引き攣らせて、壁まで後退する。何かSAN値が削り取られている気がする。
「脱出!脱出!」
ラザフォード達を扉から逃がす。どさくさに紛れてにげようとしたパウは捕まえて引き戻す。
「逃げる」
「ダメだ。お前しか交渉できそうな奴が居ない」
自分はパウと2人で巨人の前に立つ。どうにかして、第7軍からは追い出さなくては。自分は机からパウの手袋を引っ張り出す。
この手袋はパウの力を引き出せる、特殊な物らしい。その為に、パウがもし裏切った時、手袋を使えないように、パウの手首には拘束具をつけている。
「一か八かだ。オラ!パウパンチ喰らいたくなければ、大人しく他の軍で面倒見てもらえ!」
自分はパウの手袋をつけて、正手の構えを取る。すると、グランとヨトゥンが大声で笑い始める。
「つかえるわけないよ!それはパウちゃんのものだし!さあ、マヤしれい!おなかへようこそ!」
ヨトゥンはこちらに手を伸ばしてくる。自分はやけくそでヨトゥンの手を殴りつける。
何故か手が熱くなる。力が漲ってきている。今まで自爆とジェット噴射くらいでしか、有効的に使われていなかった魔力が右手に集まっている。
「ふぇー?」
ヨトゥンは間抜けな声を出す。手袋が当たった瞬間に、ヨトゥンが後方に吹き飛ばされた。
「わお、使えた」
パウはびっくりした顔で自分を見つめていた。自分もびっくりだ。ヨトゥンはすぐに起き上がって、また窓から顔を覗かせる。
先程よりサイズが小さくなっている。
「おおおおお!すっごい!まさかパウちゃんのぶきがつかえるとは…さいのうあるね!」
ヨトゥンは食べる事を忘れて、こちらを興味津々に見つめている。自分は少し嬉しくなって、にやけてしまう。
まるで勇者しか抜けない剣が抜けてしまった様な気分だ。
見た目は可愛らしい肉球手袋だが。
「ねえ…グラン様、どこいった?」
自分は窓を見るが、グランの姿は見えない。ヨトゥンは目をそらす。
「のんじゃった…」
「おーい!」
グランが王都から逃げ出した、本当の原因この子じゃないのか?ヨトゥンはグランを吐き出す。部屋の中をツルツルと滑って壁にぶつかった。
「1日1回が限度だよ…ガクッ」
グランは独り言を言って気絶したようだ。自分はグランの元へ駆け寄るが、いつの間にか小さくなって、中に入り込んでいたヨトゥンに回り込まれる。
「グランさまのこれは、しんだふりだから、だいじょうぶ!それより…」
ヨトゥンは自分の目の前まで来て、キラキラした目で見上げてきた。
「わたし、ここにすむ!めーわく、かけないから、マヤしれいといっしょに、たたかいたい!ぜったい、おもしろいもん!」
「うん、どうせ退く事は無いのは知ってた」
自分はヨトゥンを手袋で殴り付ける。ヨトゥンは窓から吹き飛ばされて、見えなくなってしまった。
自分は手を叩いて窓に背を向ける。
「よし、寝よう!パウちゃんも、ゆっくりおやすみ!」
自分は見て見ぬふりをして、部屋を出ていった。嫌な事はすっかり忘れて、布団に入ってしまおう。
今は昼時だし、まだまだ仕事が残っているが。
勿論追い払えた訳がなく、ヨトゥンは結局この基地に住み着いてしまった。
また変なのが増えた。問題児ばかりを抱える、ソシャゲの主人公の気持ちが少しだけ分かった気がする。




