111話 脱出
「あーん!」
「ちょっと待って、まだ覚悟が出来てない!」
パーミャチはヨトゥンの手の中で、暴れている。その様子をコメットと玉藻はぼんやりと見上げる。
「茶番…ですよね」
「もう、艦内の戦いの援護に行った方がいいかもしれませんね」
目の前の状況は、身内のノリである。コメット達にはよく理解出来ていない。
コメットは先程掴まれた時に落としていた、杵を拾いに行く。その瞬間だった。
大きなエンジン音と共に巨大な航空機が飛んでくる。巨大とは言っても、ヨトゥンに叩き落とされるサイズではあるが。
「あ、玉藻さん!あれフェンリル軍の飛行機です!」
「最新鋭爆撃機、紅葉改!最大クラスの航空機ですね。空飛ぶ魔王城と呼ばれている、魔族領のJG-3Bよりも大型なんですよ!」
コメットは航空機には興味無かったので、玉藻が熱く語り出そうとするのを遮って、爆撃機からこちらに飛んできている人物を指差す。
「やりましたよ!援軍です!」
指差した先には鎖を纏う少女の姿が見える。
「グレイプニルは出撃したよ。ギャラハッド、早く行かないと間に合わないぞ」
「わざわざ送り迎えありがとうございました、カヤさん!まさかカヤさんがテレポーテーションの能力者だとは」
「がはは、最近手に入れたんだよ。全員殴り合うのが戦争じゃないってね!さあ、頑張ってきなよ!」
ガラハッドは爆撃機のハッチを開けて、外に飛び出す。カヤはそれを確認して、機体を旋回させる。
「全く、伊智代おばあちゃんや、リズはこんなのにずっと乗ってるのか!飛行機乗りはタフだね!」
爆撃機の周りの空間が歪む。そして爆撃機は伊智代が配属されている航空基地の上空まで移動していた。
流れるように着陸したカヤは爆撃機から飛び降りる。
「おかえり、カヤちゃん。どうじゃったかの?勝てそうか?」
「いや、勝てそうに無かったよ。まあ、追い出せれば上々ってとこかな」
カヤは心配そうに空を眺める。
「デカいなあ!グレイプニルの鎖の領域が小さく見えるな!」
ガラハッドは空を水の馬で駆けながら、ヨトゥンに水の砲撃を撃ち込む。グレイプニルは鎖を展開しながらヨトゥンに攻撃を仕掛ける。
「誰食ったの!ヨトゥンンンンン!お腹が膨れてるわよ!」
「ちょっとまって、パーミャチちゃんを、したに、おいとく…よし!いつもどおり、グランさまだよ!きょうこそは、グレイプニルさまも〜いただきます!」
ヨトゥンは蚊でも潰すかのように、グレイプニルを狙って両手で挟み込む。
しかし、その勢いで鎖を潰しきることは出来ずに、ギリギリと鉄の軋む音が響くだけであった。
「やっぱり、あいしょうわるいね!グレイプニルさま、いまでもつよい!」
ヨトゥンは口を大きく開けて鎖の玉となっているグレイプニルに噛み付く。ゴリゴリと痛々しい音と共に、ヨトゥンの歯が削れる。
ヨトゥンはグレイプニルを放り投げて、頬を撫でる。
「むり!くえたもんじゃない!」
ヨトゥンは口を抑えながら、今度はガラハッドの方を向く。
「みずあそびは、すきだけど…りょうがたりない」
ヨトゥンは腕を大きく振って、ガラハッドを攻撃する。その風圧だけでもガラハッドを吹き飛ばす程であった。
ガラハッドはすぐに体勢を立て直して、また水弾を発射する。
「ふふ、確かにこれじゃあ水鉄砲だな。ならば…もっと圧力をかければ、楽しんでくれるかな!」
ガラハッドは水弾を圧縮して、まるでウォータージェットかのような、切れ味を持たせる。鉄すらも切れる超高圧の水の針が、ヨトゥンに飛んでいく。水は首の辺りに直撃して、肉を抉りとる。
「あー、いたたた!ひゃー!」
多少は効いているようだが、倒せるほどではない。ヨトゥンは手を翳して首に当たるのを防ぎながら、体の方向を変える。
「よーし!まともにこうげきしよ!」
ヨトゥンは周りを距離を取りながら、攻撃を仕掛けてくるグレイプニルとガラハッドに反撃しようと姿勢を屈めるが、いきなり船が揺れる。
「おっとっとぅ!」
ヨトゥンは姿勢を落としてたお陰で、船から放り出されずに済んだ。
近くにいた全員が攻撃を辞めて、黙って船の様子を伺う。船は少し傾いている。
次には更に大きな揺れが甲板で、立っているのが厳しい程の衝撃が伝わる。
「もう、ふねがおちるよ。みんな、このふねから早くだっしゅつしないと!」
ヨトゥンは慌てて立ち上がろうとするが、また船が揺れて、鉄が軋む音が辺りに響き渡る。パーミャチはエンジン音が、小さくなっている事に気付く。
「本当だわ…エンジンがやられている!玉藻さん、艦内に脱出命令を!間に合う?」
「了解しました!あと何分持ちますか?」
「うーん、この感じだと十数分かなー」
「十分です、パーミャチさんは甲板で脱出方法を探して下さい、甲板にはパラシュートが置いてありませんから」
玉藻は艦橋に向かって走り出した。ガラハッドとグレイプニルはパーミャチの横に降りたって、手を差し出す。
「パーミャチちゃん、飛べないでしょ?早く脱出しましょ」
「うん、コメットちゃんもいこ!」
パーミャチはコメットの手を引くが、グレイプニルはしまったと言う顔をしている。
「コメットちゃんもいたの…実は1人しか運べないの…ガラハッドが1人なら運べるって…私は鎖で無理矢理着地するから、他の人は運べない…」
「パラシュートがあれば…中に探しに行きます!」
走って中に入ろうとするコメットをいきなり、大きな手が遮る。
「ダメダメ!そんなひまないよ!このふねの、ふゆうそうちは、すぐにこわれちゃう!どうやら、せんいんは、こうくうボートで、だっしゅつできそうだけど、このちかくにパラシュートはないよ!」
ヨトゥンが階段を埋めるように手を翳す。コメットは顔を顰めながらヨトゥンを見上げる。
「なんで、貴方が、そんな事を知ってるんですか!」
「しってるものは、しってるの!だれかほかにとべるこいる?」
ヨトゥンは辺りを見回す。もう船の上には極わずかな人数しか残っていない。グレイプニルは頭を振る。
「いや、中にいる仲間も探す暇なんて無いよね?木の上に落ちるしか…」
そう言った瞬間に、ヨトゥンはコメットを掴みあげる。
「じゃあ、ちじょうであおうね!」
ヨトゥンは船の端から飛び降りる。そしてコメットを空中で投げ上げて、自分は巨大化をする。そして50メートル近いサイズになってコメットをキャッチする。
「なるほど…すっごい荒業ね。自分が大きくなれば高い崖も、ただの段差になるってわけね」
パーミャチはヨトゥンを笑って見ていると、ガラハッドは抱え上げて馬に乗せる。グレイプニルも鎖を出して、着地の準備を始める。
「とりあえず私達も降りるわよ」
「ああ、巨人の話はまた後だ」
2人も船から飛び降りる。その瞬間に船がまた大きく揺れる。すぐに降下のスピードが上がり、空母の傾きが更に大きくなる。
「ああ、本当にラグナロク落ちちゃうのか…私、もっと戦っている姿見たかったな…」
パーミャチは名残惜しそうに煙を上げながら落ちていくラグナロクを見つめる。その中から2つの影が飛び出してくる。
片方は黒いグライダーの様な物、もう片方は黒い翼をはためかせる人影と、それにくっついている2人の影だ。
「おお、マヤくんじゃあないか!脱出できたようだね!」
「ヨミ達もいるのね。なんか人数多いけど…」
グライダーの影はヨミ達の物であった。ヨミの黒霧の能力で作った物だ。
そして黒い翼をはためかせるのは、マヤとヴァルであった。ヴァルは翼の裏でジェットのように魔力を焚いている。
全員が速度を上げて降下する。船から遠く離れた位置で降下して、地に降りる。
「巨大空母の轟沈か…これはきついな…」
マヤは地面に降り立ってから、落ちる空母を情けない顔で見ている。ラグナロクは高度をどんどんと下げていき、地面に突き刺さる。
巨大な質量が、辺りを揺るがす衝撃とと共に、あらゆる物を消し飛ばす。その衝撃で船は色々な箇所が裂けて、破片がそこらじゅうに飛び散る。
着地点にあった物は皆等しく破壊される。元乗客であったメンバー達は、それをただ、眺める事しか出来なかった。




