107話 ひ弱な砲兵
「これ、マヤくんの悲鳴だよ!おそらく甲板じゃなくて、中で聞こえてる!」
「やばいですよ!主人様ー!」
サヤとヨミは艦内を慌てて駆け抜ける。甲板の上では戦う音が聞こえ、艦内ではマヤの悲鳴が聞こえる。広すぎるこの船は焦れば焦るほど、目的地までが遠く感じる。
既に殆どの人員は戦闘に巻き込まれないように、パラシュートや航空機で降下していた。残っているのは航行に必要な人員だけだ。
「そこを右!」
2人は勢いよく角を曲がる。しかし、目の前に見知らぬ男が走ってきているのを見つけ、急停止した。その男は王都で流行っている服を着ていた。
「あの人、明らかに船員じゃありませんよ!」
「そうだね、絶対敵だよ!」
サヤは刀を抜いて、男と対峙する。ヨミは一旦相手の出方を伺う為に、1歩後ろでナイフを構えている。
その男、エイブラムスはヨミ達を見て、焦った顔をした。
「嗚呼、まだ戦闘員が中に居たのか!畜生、しかも主力メンバー!」
エイブラムスは空中から大きな大砲のような武器を取り出す。
「うん、すまないが、そこをどいてくれ。実は、俺は強くないから、君達に手加減して戦えない」
エイブラムスは砲を構えながら、2人に言うが、ヨミは盾と槍を作り出して構える。サヤはエイブラムスの言葉にイラついた様に、体を揺らす。
「あなたは戦争を舐めているのですか?私達が女だから戦闘を避けようとするだなんて、失礼です!」
サヤは1歩踏み出して、今にも斬り掛かりそうな勢いだ。エイブラムスは逆に一歩下がって、今すぐにでもこの場から立ち去りたい雰囲気を醸し出している。
「いや、俺は女の子だから戦いたくない訳では無いんだ。ただ、人を殺すのが怖い意気地無しってだけだ」
サヤはエイブラムスを睨み付ける。ヨミもサヤのすぐ後ろで戦闘態勢に移った。
「残念だけど、僕達そんなに甘くないよ。敵であることには変わりないんだし!」
ヨミは影で作り出した短剣をエイブラムスに投げつける。エイブラムスは砲身で弾き返して、やっと戦闘態勢をとる。
「うう、やるしかないのか。よし、どうにか通り抜ける!」
エイブラムスは砲を、サヤ達に向けて発射する。サヤはその弾丸を躱して、エイブラムスに飛び掛る。
しかし、躱した弾丸は床にぶつかって炸裂する。眩い光が辺りを照らし、サヤは驚いて刀の方向がそれで、エイブラムスには当たらなかった。
「さあ、喰らえ!」
エイブラムスは砲でサヤの背中を打ち付ける。サヤはふらついたが、倒れるまではいかなかった。
ヨミはエイブラムスの攻撃の隙に、潜り込んで首を狙ってナイフを振る。
エイブラムスは寸で躱して、後ろに下がる。サヤは体勢を立て直して、もう一度切り掛る。
エイブラムスは砲で受け止めようとするが、刀は砲身をバターのように切り裂いてしまう。
エイブラムスは砲を手放して、後ろに飛び下がった。
「うお、なんて切れ味だ!」
エイブラムスはもう一度空から砲を出現させる。今度は先程よりも短く、口径の大きい物だ。エイブラムスはヨミとサヤとの間合いを測りながら、後ずさった。
「うん、逃げた方がいいな」
エイブラムスは地面に向けて砲を発射する。砲弾は眩い光と共に炸裂して、2人の視界を奪う。
エイブラムスはその隙に逃げ出そうとするが、急に辺りが暗くなる。
「残念、回り込んじゃった!」
ヨミは逆に暗転の魔術を使って閃光弾の光を相殺したのだ。ヨミは喉目掛けて、ナイフを振る。
エイブラムスは咄嗟に後ろに下がって回避するが、後ろからはサヤが走り込んできていた。
「逃がしませんよ!」
サヤは目にも留まらぬ斬撃を繰り出す。エイブラムスはしゃがんでどうにか躱すが、ヨミの追撃も飛んできた。
砲でガードしたものの、エイブラムスは吹き飛ばされる。
「うぐ、2対1は流石にキツすぎる!」
エイブラムスは砲をサヤに向ける。
サヤは刀を構えて、エイブラムスと向かい合う。
「もう、殺す気でかかるしかないな!」
エイブラムスは砲を発射する、サヤはその弾丸を刀で真っ二つにする。
あまりに滑らかに切られた弾丸は、速度をほとんど落とさず、後ろに飛んでいく。
「うぎゃ!」
たまたま後にいたヨミに直撃する。ヨミの頭は吹っ飛んで、胴体だけが残った。エイブラムスはその状況を見て、顔を真っ青にする。
サヤは隙ありとばかりに、エイブラムスを切りつける。
ぼとっ、と音がして右腕と砲は地面に落ちた。しかし、エイブラムスは自分の腕など気にしていないかのように、ヨミの方を見つめていた。
「ああ、やってしまった…どうしよう…」
サヤはその様子を見て、戦意を削がれたらしく、刀を肩において、ヨミを横目で見る。
「もう私達の勝ちでいいんじゃないんですか?ほんとにへなちょこですよ、この人」
ヨミの頭があった部分に霧の様な物が集まっていく。壁に張り付いていた肉片や、血が黒い霧になっている。
「そうだねー、よく襲撃メンバーに抜擢されたね。砲兵の割に動きが機敏だったし、本気なら強いんだろうけど」
ヨミは数秒のうちに完全に復活した。復活したヨミを見て、エイブラムスは唖然としている。そして、安心したように、ため息をついて膝を着く。
「ああ、俺の負けだよ。勿論、間抜けは戦場では生き残れない」
エイブラムスは壁にもたれかかる。サヤは刀をエイブラムスに向けて問いかける。
「とりあえず、今は殺さないです。なんでこんなへなちょこなのに今回の襲撃に?」
エイブラムスは血が垂れる右肩を魔術で止血して、話し始める。
「実は、俺の任務は船を落とす事だけなんだよ。それ以外は自由。だから戦闘員は気絶させて、エンジンへ向かってたんだよ」
「ふーん、でもこの船を落とせばいっぱい死ぬよ。自分の手が汚れなかったらいいの?」
ヨミは軽蔑するようにエイブラムスを見下ろす。エイブラムスは首を振る。
「勿論、良くは無い…けど、やらされているんだよ!」
エイブラムスは叫ぶ。サヤとヨミはその勢いに驚いて、後ろに後ずさる。エイブラムスは歯を食いしばりながら、話し続けた。
「ぐう、王都ではちょっとでも強い奴は戦争に送り出されるんだ、否が応でも。故に、嫌な事でもやらなければいけない!」
エイブラムスは俯く。
「もう、俺は人を傷つけたくない。だが、王都は俺を逃がしてはくれない」
ヨミは腕を組んでエイブラムスを眺める。
「だから、できるだけ人殺しを避けたかったって事?戦争に参加したくないのなら…仕方ない…のかな?」
「私は気に食わないですけどね。そこまで人殺しが嫌なら王都から逃げ出せばいいんですよ。その意気地がないのに、人殺しが嫌だとか、虫が良すぎます」
エイブラムスは更に肩を落として、俯いてしまった。
「ああ、返す言葉もない。もう、殺してくれ、」
サヤはエイブラムスの所に歩いていく。そして頭を掴んで顔を無理矢理上げさせる。
「分かりました、貴方をこの刀で捌くのは、誇りに泥を塗り付ける行為なので辞めておきます」
サヤはエイブラムスを立ち上がらせる。
「とりあえず着いてきてください。エンジン壊されても困るので。ぶち込める牢屋が無いので、船を降りてから改めて考えます」
エイブラムスはキョトンとした顔でサヤを見ていた。ヨミは黒い霧で鎖付きの手錠を作り出して、エイブラムスの左手につける。
「ほら、右腕持って。一旦エンジンが壊されてないか、見に行くから。ねえ、サヤちゃん!」
エイブラムスは助かると思っていなかったのか、終始、惚けた顔で、サヤとヨミに引っ張られて行った。




