104話 迎撃
空母ラグナロクの甲板の上では、ヨルムンガンドの発する魔力が、辺りを霧のように包み込む。ヨルムンガンドは先程空いた穴を覗き込んでから、敵能力者部隊の前に立ち塞がる。
「あーあ、私の新品の船に大きな穴が空いちゃった。どうしてくれんの、これ?」
ヨルムンガンドは能力者達を睨みつける。幼女と黒髪の男が2人、白い髪の青年、そして背の高い水色の髪の男。黒髪の片方は勇者らしき格好をしており、このチームのリーダーだと予測できる。
「よし、エイブラムスはエンジンへ向かってくれ!俺達は悪魔を潰すぞ!」
エイブラムスと呼ばれた黒髪の男は返事をして、エレベーターに穴を開けて中に侵入する。ヨルムンガンドはそれをちらりと見ながらも、その場からは動かない。
「全員相手にするよりは、1人を殺した方が早いやろな。覚悟しとけや、悪魔に喧嘩売る事の恐ろしさ、あの世で、しっかり噛み締めさせたるわ」
ヨルムンガンドは姿勢を低く落とす。しかし、ヨルムンガンドが動くよりも速く、白髪の男が吹き飛ばされる。それを追うように何かが通り過ぎた。
ヨルムンガンドは笑みを浮かべて、男と何が飛んで行った方向をちらりと見る。
「おお、エウスや!うう、エウスの本気が見れるチャンスなのに、見れへんのは惜しいなー。まあ、ええわ!やろか!」
ヨルムンガンドはリーダーらしき黒髪の男を狙って飛びかかる。とてつもない加速度を持ったヨルムンガンドの攻撃を避ける事が出来ずに、吹き飛ばされる。
残された幼女と水色髪の男はあまりの急展開に、ついていけていないような顔で呆けていた。
「おもってたより、やばいじょうきょうね。アキト、あたしはここで、てきをひきつける。エイブラムスの、えんごをたのむわ!」
「了解!俺はさっさと内部の敵を潰してくる」
アキトと呼ばれた水色髪は先程エレベーターに空けられた穴から、内部に降りていった。それとほとんど同じタイミングでグランが甲板に飛び出してきた。
「ヨルムンガンドの魔力が離れたわね…私達が残りをどうにかしないといけないって事ね」
グランは剣を抜いて幼女の前に立つ。幼女は堂々と立ちながらグランを見る。
「グランひめー!おひさしぶり!おげんきそうでなによりです!」
幼女はグランの事を知っているらしく、嬉しそうに手を振る。グランも軽く手を振り返すが、表情は険しい。
「ヨトゥンじゃないの。特務騎士団まで出張ってきているって事はパウもいるのね。面倒くさい事になってきたわねー」
グランはそう言いながら後ろを振り返る。グランが出てきた階段から、玉藻とコメット、パーミャチが甲板に登ってきた。遅れてハティも駆け上がってくる。
「いっぱいでてきたー!こんなにいっぱいあいてするのひさしぶりー」
ヨトゥンは嬉しそうにグラン達を見回す。何故かその口の端から涎を垂らしながら。
パーミャチはヨトゥンを見て、嬉しそうに手を振る。他のメンバーは驚いた顔でパーミャチを見る。
「おっ、パーミャチ!げんきしてたー?」
「してたよー!今回は敵としてだけど、あんまり暴れすぎないでよね!」
ヨトゥンとパーミャチは嬉しそうに話す。グランはやれやれと言った感じで顔を顰める。そしてパーミャチの頭を小突いて、剣をヨトゥンに向ける。
「悪いけど、私はヨトゥンが嫌いだから。本気で行かせてもらうわよ!」
ヨトゥンは笑って戦闘態勢に移る。
「じゃ、ようしゃなくいきますよー!」
グランは後ろの仲間達を先導するかのように、走り出した。
ヨルムンガンドは能力者を遥か彼方まで、吹き飛ばした。ヨルムンガンドは飛ばした能力者を追いかけながら、怒りに顔を歪ませる。
「いつもいつも、転生者は私達の邪魔してくる!そろそろ鬱憤、晴らさせて貰わなあかんわ!」
ヨルムンガンドは魔族の指導者として、王都とは戦争以前からも何度も衝突してきた。勇者の魔族の村の虐殺事件、魔王城の爆破事件、数え切れないほどの被害が内外から出ている。
それを対処しなければいけないのが、指導者であるヨルムンガンドだ。
魔王が多少は助けになってくれるといえども、魔王も必ずしも協力的とはいえない。
それ故に魔族を目の敵にしてくる王都の冒険者、勇者には相当の恨みを抱いているのだ。
「見つけた…いてこましたる!」
能力者は荒野にぽつりと立っている。
ヨルムンガンドは能力者の目の前に土煙と共に着地する。ヨルムンガンドは服を手で払いながら、能力者を睨みつける。
「名乗りをあげておこうかな。我が名はヨルムンガンド、この大陸で最強の悪魔。貴様の名はなんだ?」
能力者はヨルムンガンドを前にして、急に怖気付いたかのように、震え出した。
「あ…あっ…は…ソ、ソウマだ…俺の名はソウマだ!」
能力者は頭を振って、恐怖をうち払おうとしていたた。ヨルムンガンドはその様子を不思議に思いながらも、武器を取り出す。
ヨルムンガンドの武器は長い柄で禍々しい模様の書かれた槌であった。現代風の道具でいえばスレッジハンマーとも言える風貌である。
そのハンマーを見た瞬間に、ソウマの顔にとてつもない恐怖に怯える表情が貼り付けられる。
まるで絶対に勝てない相手の目の前にいるような、心の底からの恐怖である。
ヨルムンガンドはより一層の疑問を持ちながら、ソウマを観察する。目は焦点が合っておらず、口は半開きだ。
ヨルムンガンドは面識もないこの人間が急に恐怖に怯え始めた事から、ある結論を導き出した。
「なるほど…まさかこのセリフを私が言えるとはね…異世界パないわー」
ヨルムンガンドはニヤリと笑いながら、ソウマに質問を投げかける。
「ねえ…今、何回目?」
その言葉を聞いた瞬間にソウマは信じられないと言った風に、後ずさって石につまづいて転ぶ。
「ビンゴ!ループするタイプの勇者やな。セーブ&ロードタイプか、オートセーブタイプか。どっちやろな〜?」
ヨルムンガンドは嬉しそうにソウマの前で、ハンマーを揺らす。
そう、ヨルムンガンドの予想した通り、ソウマは何度もこの光景を目にしている。ある地点で『セーブ』をすれば、死んでも能力の低下と共に、教会に戻されること無く、セーブした時間まで遡ることができるのだ。
しかし、ソウマは最悪のタイミングでセーブをしてしまっている。
ヨルムンガンドと戦う直前の為に、逃げる事ができないのだ。現に、ソウマはヨルムンガンドと3回戦い、8回逃亡を図っている。11回の死でソウマの精神はボロボロになってきていた。
「さあ、仕方ないなー。次の私のために、しっかり精神を壊さなきゃね!」
ヨルムンガンドはそう言いながら戦闘態勢に移る。
「いわゆる、地獄の業火に焼かれてもらうぜ…って事やな!残念やけど、私はチート使っても勝てへんからな!」
「くっ…クソがあああ!このまま殺られてたまるかああ!」
ソウマは恐怖を顔面に貼り付けたまま、剣を持ってヨルムンガンドに突撃する。
その攻撃は普通の冒険者なら神の技だと褒め称えるほどの、素早く正確な一撃であった。
しかし、相手が悪すぎた。
「えいっ!」
ヨルムンガンドは冷静にソウマの顎にスレッジハンマーを突き上げる。顎のど真ん中に命中したハンマーはソウマを10メートルほど打ち上げた。
ヨルムンガンドは鼻歌を歌いながら、着地点に歩いていく。ソウマは空中で体勢を立て直して、ヨルムンガンドの攻撃をガードしようと、魔力で障壁を貼りながら落下する。
「ほんまに何回か私と戦ったの?動きが甘すぎるで?」
ヨルムンガンドはハンマーに魔力を込めて、ソウマに叩きつける。ハンマーは易々と障壁を叩き割って、ソウマの腹に鈍い音と共にめり込む。
「げぼあ!」
ソウマは腹を抑えて飛び起きる。転がってその場から離れて、すぐに剣を構え直した。ヨルムンガンドは興味深そうに、ソウマを見つめてから。ケラケラと笑いだした。
「へぇー!なかなかに硬いやん?これやったらもうちょっと強く殴らなあかんね!」
ソウマは覚悟を決めた顔をしていた。まだ勝負は終わっていない、そのような顔をしていた。
ヨルムンガンドはその様子を、鼻で笑っている。




