ーエピローグー ②
―数十年後―
ここは数十年前と何も変わっていない。
「ともみ、先シャワー浴びていいよ」
緊張を隠して言ったつもりなのに、最後の方は上ずっていた。
「分かった」
ともみは眺めていたカメラをベッドに放り投げた。
どうやら私が緊張しているのには気付いていないようだ。
旅行に行こうと、ともみに話した時は、
「受験生だよ、バッカじゃないの」と言い放っていたが、
実際来て三日も過ぎるとどうだ、私達に笑顔を振りまいていた。
「そういえば、おじいちゃんとおばあちゃんはどこ行ったの?」
ともみはそう言いながらもシャワーの準備を始めている。
さほど気にはしていないらしい。
「先戻るね」と言っていたが、
隣の部屋に明かりは灯っていなかったので、
桟橋に戻ったのかもしれない。
「きっとお気に入りのお店に行ったと思うよ、
何回かここに来ているから」
バックの中から日記を取り出し、
ともみにばれないよう小さく深呼吸して心を落ち着かせる。
ふと、数十年前シャワーを浴びた時の事を思い出し、
「シャワー、海水が混じっているから気を付けてね」
何かにつけ足すように、慌てて言った。
「大丈夫、昨日の川に比べれば百倍ましだし」
シャワーの準備をしている手を休めず、
平然と言うともみを見ながら、たくましく育ったなと思う。
ともみがシャワーを浴び始めると、夫の圭介が口を開いた。
「旅行に来て良かったな。正直どうなるかと思っていたよ。
ともみは高校受験を控え、
反抗期で俺と会話しないどころか、
目も合わせてくれなかったらな」
カッコつけるためか、父親の威厳を保つためか、
椅子にどっかりと座り腕組みをしながら言ったが、
私が日記を取り出してから貧乏ゆすりが止まらない。
緊張をはぐらかしているのだろう。
ちょっとおかしく、クスッと笑ってしまった。
「私が高校の時に体験実証済みだから
大丈夫って言っておいたでしょ。」
そこには触れず、笑顔で返した。
宿の外に父と母用の椅子二脚を用意した。
今日の夜は長くなる。
どうせ窓からこちらの様子を見てくるに違いない。
またクスッと笑ってしまった。
私と圭介もこの旅行中に窓や陰からともみを見て、
日々変わっていく姿、
新たな発見や何よりともみの笑顔が嬉しくも、
楽しくもあった。
きっと、父と母もそうだったのだろう。
だから、車の荷台の上で
『ありがとう』と言った本当の意味も分かった。
今度は私の番だ。
ともみさんから父と母へ、
父と母から私へ、
私と圭介からともみへ、
ともみから今はいない大切な君への贈り物。
ともみなら必ず届けてくれるだろう。
「あー最悪、髪がべとべとだよ、
これなら川の方がまだましだったかも」
振り向くと、ともみはいつの間にかシャワーから上がり、
髪と格闘している。
圭介と目が合い思わず笑ってしまう。
「ともみ、ここに座って。今回の旅行の目的を話すから」
ともみの座る椅子の前に日記をそっと置く。
「何その汚いノート」
ともみは髪との格闘を止め、椅子に座り、
ノートを手に取り、パラパラと捲り始めた。
どうやら、興味津々のようだ。
「それは、ママの日記。そして、
これから話す事はパパとママの記憶」
ともみは驚いた表情で私を見つめてきた。
その瞳孔ははちきれるくらいに開いている。
私は目をつむり、心の中に語り掛けた。
「お父さん、お母さん、そしてともみさん、
始めるよ。見ていてね」
目を開け、ゆっくりと語り始めた。
「数十年前の高校三年の今日、この部屋から始まったの」
鳴りやまないキーカーカーの波と風の音色のように、
ゆっくりと長い夜が始まった。




