ー渉ー ⑤
バックに携帯と財布それに昨日もらったパンフレットを持って家を出た。
親に「水巡りしに行ってくる」と言ったら、
「頭でも打った?」と言われた。
僕自身も冷静に考えると笑ってしまう。
それに桜達と遊ぶのも初めてだ。
昨日の電車の中で明日一緒に遊ぶ事になり、
放課後川見さんの一言で水巡りをする事に決まった。
川見さんに出会ってから調子が狂っている。だが悪い気はしない。
あの笑顔ですべてが吹き飛んでしまう気がするから。
駅のバス乗り場まで行くとすでに桜と川見さんがいた。
「遅い」と怒られたが、まだ五分前だ。
怒られる筋合いはないが、何も言い返せないので聞き流す。
横目で桜を見るとピンクのタートルニットに
白のロングスカーチョ、足元は白のスニーカー。
普段制服姿しか見ていないので印象が違って見える。
こうやって客観的に見るとやはりかわいいと思ってしまう。
対照的に川見さんは上下ねずみ色のスエットにスニーカー、
イメージ通り過ぎて心の中で笑ってしまった。
「遅い、何をやっているんだ、あの四人」
「えっ、桜にはライン着てないの?」
川見さんが桜に携帯を渡すと、桜の顔がみるみる赤くなっていく。
「あー騙された。お願いってこれか」
桜はその場で足を振り回し悪態をつく。
僕も携帯を確認すると洸平と文太から、
「遅れる」というラインが着ていた。
それを桜に伝えるとさらに態度がひどくなる。
どうしてこんなに荒れているのだろうと思ったが、気にしない事にした。
桜が落ち着くまで僕と川見さんはただただ桜を眺めていた。
「あいつら来たら絶対殺す」
桜はそう言いながらもようやく収まり、
川見さんの方を向き、「仕方ないから三人で行こうか」と、
僕達は駅の広場にある湧水の方に向きを変え歩き出した。
駅前に湧水があることは知っていたが飲んだ事はなかった。
高さが違う様々な升型が九つ正方形に設置され、
色はそれぞれ違うが茶色をベースに
外観にそぐわない色の所から湧水が溢れ出ている。
川見さんは何の躊躇もなく飲み始めたが、僕と桜は躊躇っていた。
川見さんの「おいしー」の一言に、僕と桜も意を決し一口飲んでみる。
思ったよりも冷たくなかったが川見さんの言っていた通りおいしい。
桜を見ると、同時に振り向いたらしく目が合ってしまった。
こんな近くで目が合う事なんて今までになかったのでドキッとし、
思わず目をそらしてしまった。
川見さんはリュックからペットボトルを取り出し、
水を入れ数字の1を書き足し、パンフレットにも同じように書き込んだ。
「ともみ、何しているの?」
「後で試飲しようと思って記録しているの」
「もしかして全部記録するの?」
「二十数本持ってきたから大丈夫」
昨日恵理子が、「ペットボトル何本か持ってきて」とは言っていたが、
まさか全部持って帰るとは桜も思っていなかったのだろう。
川見さんを見ながら茫然としている。
そんな事気にせず、川見さんはもう一杯ゴクゴクと飲んだ。
「次どこ行く?」
川見さんが催促するかのようにパンフレットを広げて見せてきた。
「渉どうしようか?川の南側を責めるか。
それともお城の方を責めるか。ともみ、お城見た事ある?」
「ごめん。まだ見た事ない」
「ついでにお城も見に行くとして、川の南側から潰していこう。
行けるようならお城の方の湧水にも行こう」
「渉、それでいい?」
「いいと思う。行こうか」
駅前通りを直進し城前通りで左折して
すぐの小路を右折してしばらく行くと、木の柵で囲まれた東屋の下に、
八角形のベンチみたいな所から湧水が噴き出しているところに辿り着いた。
僕達の他にも二十リットルのポリタンクに並々と注いでいる人がいる。
昨日恵理子が、「ポリタンクに何杯も汲んでいる人もいる」
と言っていたが信じていなかった。
だが、今こうしてポリタンクを持っている人を目の前にすると、
僕達の知らないところで湧水が活躍している事が分かる。
ともみは水を飲んでからペットボトルを取り出し
、先程と同じ作業に取り掛かった。
「桜も飲んでみるといいよ。さっきと味違うから」
その言葉に僕と桜も一杯飲む。確かに味が違った。
何が違ったか答えろと言われたら困るが、昨日観光案内所の店員が、
「味は個人差があるから……」と言っていた意味が分かる。
「終わったよ。次行こう」
それから次々と湧水を飲んでは記録を付ける作業を繰り返す。
驚くことに小さい湧水まで記録を取り始めるので、
思うように進んでいかない。
「桜、この調子だと川の南側周り終わる前に
全てのペットボトルが一杯になるぞ」
「そうだね。でも、ともみすごく楽しそうだからいいんじゃない。
続きだっていつだってできるし」
「それもそうだね」
「それにこれはともみがやりたいって言って、
みんなで行こうって決めた事だから。
問題があるとしたら若干四名いない事。あいつら来た順から殺す」
桜は指の骨を鳴らす仕草をしているが、指の骨は鳴っていない。
しかし、違うものがメラメラしている気がした。
予想通りペットボトルの方が先に一杯になりお城に行く事になった。
駅から一番遠い所まで行けたのが収穫だろう。
お城に向かう途中も湧水があったので川見さんは飲むだけ飲んでいた。
「ここの道、江戸時代の城下町みたいだね」
「ここはカエルさん通りだよ」
「何でカエルさん通りなの」
「何でって、ねぇー渉」
「この裏手の川にいっぱいカエルがいたからだと思う。
詳しくは分からないけど、
この通りの入り口にカエルの像と立て看板があるから後で見よう。
ちなみに本当はカエルさん通りじゃないからね」
「カエルさん通りか。今度また来よっつ」
川見さんは口元を両手で押さえた。
「大丈夫、ともみ」
「ごめん。飲み過ぎたみたい」
「あんなに飲むからだよ。少し休もう」
僕達は店先のベンチに腰を下ろした。
携帯を確認しても洸平と文太から連絡が着ていない。
桜も同じようだ。携帯を確認した後、舌打ちをした。
十分程休憩してからまた歩き始めて、少し行くと右手に神社が見えた。
「わー、鳩がいっぱいいる」
川見さんが鳩に近付くと、一斉に飛び立ちまた元の位置に戻って来る。
そんな事をしている隙に桜は鳩の餌を買っていた。
「ともみ、両手で水をすくう感じで胸の前に、
後ここに立って目をつむって」
微笑みながら言っていたが、瞳に陰りがある。僕もその隙に餌を買った。
川見さんは素直に「こう」と言いながらその通りに立つと、
桜が頭と両手に餌を置くと同時に、鳩が一斉に川見さんを襲う。
川見さんは何が起きたか分からずその場でじたばたしてから状況を理解すると、
「桜のいじわる」と俯きながら言い、
桜はそんな川見さんを見ながら腹を抱えて笑っていた。
今がチャンスだ。
川見さんとなら日頃の仕返しをしても桜は怒らないと思い、
「大丈夫」と言いながら近付き餌の半分を渡すと、
川見さんが「えっ」という表情で見返してきた。
「このまま二人で先行く振りをして、桜が鳩の付近に来たら投げつけてやろう」
「でもそんな事したら……」
「大丈夫、元々桜が悪いから。行くよ」
僕が歩き始めると、川見さんは桜を横目で見ながら付いてくる。
「ちょ、ちょっと待ってよ」
桜が鳩の横に来た瞬間に、「今だ」僕は桜に餌を投げつけたが、
川見さんは俯いたままだった。
僕は茫然と川見さんを見つめた。
餌を投げられた桜でさえ状況を飲み込めず立ち尽くしている。
「西中さん。ごめんなさい。
桜に餌なんて投げられないです。大事な人ですから」
川見さんは両手で顔を覆い隠しすすり泣き出した。
僕は声を掛けようと思ったが、なんと言っていいか分からず、
差し出した手が宙に浮いていた。
「どうしたの?ともみ」
桜が駆け寄り優しく抱き締めた後に頭を撫で、
そのままベンチまで連れて行く。
二人はベンチに腰を下ろし、桜が話し掛け続け、
その間ずっと頭を撫でていが、
僕はその場で二人を見ている事しかできなかった。
先程の事を何度も考えてみたが、川見さんが泣く理由なんて思いつかない。