ーちはるー ⑮
「お母さんって桜さん?」
「そうよ、やっと気付いたようね」
麻里おばさんや恵理子おばさんの事をもっと聞きたかったが、
どうでもよくなった。
思い出してみると、桜さんと母の共通点がいくつかある。
もしかしたら父からのヒントだったのかもしれない。
「お母さんは、お父さんの話しを聞いてどう思ったの?」
「ほとんど想像通りだったよ。
お父さんがともみをどう思っていたか
再確認できて良かったと思っている。ただ……」
母は指を鳴らす仕草をした。桜さんにそっくりだ。
「何点か気に食わない点もあった。桜の花言葉とか。
とりあえず文太にお灸をそえないとね」
母は微笑んだ。
「次はちはるの番だよ。昨日お父さんと何を話したの?」
「もう一つ教えて。
ともみさんからお母さん達へのお願い事は何?」
母は一つ息を吐き出し、また遠くを見つめた。
「ともみが亡くなった後、
ともみのお母さんに呼ばれて集まったの。
そこで一人一人に『ともみから』って遺書を渡されたのよ。
その内容がお父さんへの三つ目のお願い事で、
私達へのお願い事でもあったの」
口で伝えられないお願い事の意味はそういう事かと思った。
「何が書かれていたの?」
「お父さんへの二つ目のお願い事の他に、
ともみの想いがそれぞれ綴られていたの。
お母さんを含め衝撃的な内容だったのよ。
後で知ったんだけどね」
母はクスッと笑った。
「麻里と洸平には『絶対別れちゃダメだからね』とか、
恵理子には『文太君に想いを伝えて』とか、
文太には『恵理子の想いを聞いてあげて』とかいろいろ。
文太が恵理子を好きだって、ともみは気付いていたの。
私達は全く気付いていなかったけど」
「お母さんは、何が書かれていたの?」
「お願い事は大きく分けて三つかな。
一つ目は、お父さんへの二つ目のお願い事。
二つ目は、お父さんと付き合ってほしいという事。
三つ目は、結婚して子供ができたら、
ともみとお母さんの記憶を子供に話してほしいという事」
「お父さんとともみさんの話しだけではダメなの?
」私は母の顔を覗いた。
「実はね、初めてお母さんが病院に行った日から、
ともみと交換日記をしていたのよ。
それにお父さんと結婚するなんて当時は考えられなかったから」
「それもそうだね。どうして交換日記を始めたの?」
「ともみの日記には書いてなかったけど、交換日記のきっかけはね……」
母はあの日の事を話した。
ベッドにともみさんを戻した後、
ともみさんは一時間程無言だったらしい。
しびれを切らした母はそこにあったノートに、
「渉の事好きですか?」と書いて渡すと、
「大好きです。桜は?」と返ってきたから、
「私も大好きだよ」とまた書いて渡すと、
「渉君と幸せになって」と返ってきて、
怒りが爆発したらしい。
それからいろいろあって交換日記を始めたと言った。
「だから日本に帰ったらその交換日記を見せるね。
ともみのお願い事だから」
「うん、楽しみに待っている」
聞きたい事が山程あったが、
日本に帰るまで楽しみに取っておこう。
「それにしても神様って残酷だね。
ともみさんとお母さん達の縁を切らすなんて」
水平線の彼方見つめる母の目が細くなった。
まるで何かを思い出すかのように。
「最初はね、ちはると同じ事思っていたけど、
今はちょっと違うかな」
「何が違うの?」
母は私の方を向き、
何かを思い出す表情から笑みに変わっていく。
「『縁』は生きている者同士の特権だと思っていたけど、違ったの。
私達が想い続ければ、亡くなっても『縁』は続くって
ともみが教えてくれた。
現に私達六人が集まるとね、
話題の中心にともみがいるの。本当に嫉妬しちゃう」
嫉妬。嫉妬と聞いてまた繋がった。
母はともみさんに嫉妬しているのだ。
それもそのはずだ。私が母の立場でも嫉妬していただろう。
「お母さん、ともみさんに嫉妬しているでしょ、でも、大丈夫だよ」
「ちょ、いきなり何を言い出すの?」
「だから、お父さんにとって私とお母さんは一番だと思うよ」
「ちはる、それは違うよ」
母は慌てふためく表情から真剣な表情に変わった。
「お母さんにとって、ちはるは二番よ。もちろん一番はお父さん」
「そこは嘘でも娘を一番って言うところでしょ」
「ちはる、真面目に聞いて」
母は一瞬空を見上げ、私に向き直った。
「お母さんがお父さんにプロポーズをすると決めた日から
ずっとお父さんが一番よ。ちはるが生まれてからも同じ」
母は微笑み、私の頭を撫でた。
「ちはるにとってお父さんとお母さんが一番だと思うけど、
それは今だけ。
ちはるには探してほしいの。
一番の人を。
心から『ありがとう』って言える人を」
「お母さん、言っていて恥ずかしくない?」
「親をからかうな」
母はフッと笑い、水平線の彼方に視線を戻した。
私はポケットの中を確認し、
手にゴツゴツした感触を確かめる。
全部話す予定だったが、やはり一番同士で話すべきだ。
「お母さん、昨日お父さんと話した事だけど……」
「さぁ話しなさい。お母さんは話したわよ」
先程までの事が嘘かのように、表情から温かみが消えている。
「確かこんな感じだっけ」
私は笑顔で母の顔を覗いた。
「お父さんとちゃんと向き合って話せ。
これはお願いではなく、命令だからね」
立ち上がりながら首から垂れ下がっているマヤペンダントを外し、
腕を横に伸ばして、母に見えるように海に落とした。
「ごめん。マヤペンダント落としちゃった。
お母さん拾ってくれる?
あっ、カナヅチだから無理だよね。
仕方ないからお父さん呼んでくるね」
母は物凄い剣幕で何か言っていたが無視だ。
こうでもしないと父と母は話さない。
宿に戻り戸を開けると、父は椅子に座りながら天井を見上げていた。
「お父さん、一つ質問があるけどいい?」
父が私の方に向き、視線が交錯する。
だが昨日までのような気まずい感情はない。
「何だい?」
「どうして別れた日、ともみさんを止めなかったの?」
父は一瞬戸惑いの表情を浮かべたが、一つ息を吐き出し、
「ともみの言葉が『さようなら』ではなく
『ありがとう』だったから、
『また付き合って下さい』って
言ってくるような気がしたからかな。
それに最高の笑顔だったからかな」
父は照れ臭そうに、視線を落としていた。
「及第点かな」
父は私の方を向き、首を傾げる。
予想通りの返答だったが、
全く違う返答なら許してはいなかっただろう。
「お母さんがね、
お父さんが話す内容が『怖い』って言っていたよ。
それから、昨日お父さんと話した事全部お母さんに話しておいたから。
その事でお母さんが桟橋で待っているから行ってあげて。
後ね、これも渡しておいて」
口が開き茫然とこちらを見ている父の手に
マヤペンダントを握らせ、
椅子から無理やり立たせ、宿の外に押し出し戸を閉めた。
母はともみさんに嫉妬している。
父はそんな母に遠慮していた。
その事について二人で話せば解決できるはずだ。
お互い一番同士なのだから。
テーブルの上にはともみさんの日記がある。
パラパラと捲り確認してみると、
二月二十八日以降も日記が書かれていた。
今度母とともみさんの記憶を聞くときにでも続きをきいてみよう。
ノートの裏側を見てみると『川見千春』と書いてあった。
私の名前と同じ漢字だ。
父と母の想いが伝わってくる。
私は父のバックから新しいノートと筆箱を取り出した。
マヤペンダントがバックに、
年季の入ったカエルらしきキーホルダーが
筆箱にそれぞれ二つ付いている。
こんなものを付けているから
誰かさんが嫉妬するんだよと思いながら、
椅子に座り、ノートを開いた。
『12月31日 薄明りの中、マヤ村のハンモックの上で起きました……』




