ーちはるー ⑭
―ちはる―
昼間と違い海は闇に覆われている。
桟橋の先端に座り、
かすかに見える水平線の彼方を眺めていた。
父の話しは私にとって衝撃的な内容だった。
同じ高校三年でこうも違う時を歩んでいる人が
私の周りにはいないからだ。
父への嫉妬と別れた理由が気に入らなくて、
「バッカじゃないの」と一言言って、
飛び出て来てしまった。
それに、あの空気の中で結末を聞いていたら、
間違いなく泣いていただろう。
父と母に涙を見せたくなかった。
そんな事を考えていると、
「はぁー」と重いため息が自然に漏れてしまう。
「ちはる、夜は一人で出歩かない約束でしょ」
「ほっといてよ。お母さんもお母さんだよ。
あの話しを知っていて何も思わないの?」
母は私の思いとは裏腹に横にそっと座った。
思わず舌打ちが出てしまう。
「あの別れ方の事?」
「そう、あの別れ方は気に入らない」
「あの別れ方はお母さんも納得していないわよ。
お父さんもともみも許せない」
「でしょ、本当に信じられない」
「別れ方は置いといて、他の話しは聞いてどう思ったの?」
母の顔が覗いてくる。
意味ありげな表情だったが、どうでもよかった。
「正直すごいと思った。お父さんもともみさんも桜さん達も」
「それだけ?」
母はさらに覗いてくる。
「それだけだよ。何が言いたいの?」
「真剣に聞いてくれたんだね。ありがとう」
「どうして真剣に聞いたか分かるの?」
「だって、ちはるはお母さんの子だから」
「意味分かんない」
母は水平線の彼方を見つめていた。
母が私に何を言いたいのか見当もつかないが、
聞きたい事はある。
結末を聞かずに飛び出して来たからだ。
母には聞ける気がした。
「お母さん、お父さんの話しを
『知っている』って言っていたよね?」
「言ったわよ」
「ともみさんは亡くなったの?」
「亡くなったよ」
予想通りの返答だったが、
波の音がさらに大きく聞こえた。
「ともみさんの三つ目のお願い事って何?」
「それはね、ちはるにともみの事を話す事」
「どういう意味?」
「詳しい事はお父さんに聞いて。
とにかく今日、ともみのお願い事が一つ叶ったの」
よく分からないが、いつか父に聞いてみよう。
「二つ目のお願い事はどうなっているの?
『縁』は続いているの?」
「続いているわよ」
「桜さんも?」
「もちろん」
「誰? 私の知っている人?」
「全員ちはるが知っている人よ」
母の顔がまた覗いてきたが、瞳に陰りがある。
「桟橋での続きだけど……」
「全部話すから教えて」
私は即座に答えた。
「ちはるが先よ」
私も母も譲らず、じゃんけんで決める事になり、私が勝った。
「麻里と恵理子は知っているわよね?」
「もしかして家によく来る二人のおばさんの事?」
「そうよ。洸平と文太の名前は聞いた事ある?」
「ないと思う」
私がそう言うと母は大きなため息を漏らしたので、
もう一度よく考えてみたが、
やはり見当もつかない。母と目が合い、首を横に振った。
「ちはる、お父さんの事どれだけ嫌っているの?
『客人が来た時は挨拶しなさい』って言っていたでしょ」
「そんな事今は関係ない」
「もう、仕方ない子ね。
洸平は麻里の旦那さん。
文太は恵理子の旦那さんよ」
私は声を失った。
話しの主人公達がこんなにも近くにいたなんて気付かなかった。
洸平おじさんと麻里おばさんは付き合っていた。
恵理子おばさんは文太おじさんの事が好きなのは
先程の話しで知っていたが、
今から何年前の話しかも分からない程昔の話しなのに、
結婚しているなんてすごい事だと心から思った。
それに四人は旅行に来る前に見送りに来ていたのだ。
なぜ来たのかと思っていたがその理由が分かった。
「恵理子おばさんの想い、文太おじさんに伝わったんだね」
「そうなのよ。お母さんもびっくりしちゃった」
「どうしてお母さんがびっくりするの?」
「ちはる、まだ気付かないの?」
「何が?」
母が何を言いたいのか分からない。
その母は私を微笑んで見つめている。
すると雲に隠れていたであろう月が母の顔を照らし、
瞳が黒光りした。
その瞬間いろいろなものが繋がり、
聞きたい事が湧水のように溢れ出てくる。




