ー渉ー ㊼
練習用と同様に音楽が流れ始める。
曲は桜達が選曲していた。
全てともみが知っている曲だ。
『新郎新婦の入場です。皆さんベリーズにいる二人に、
「おめでとう」とお声をお掛け下さい』
ともみは「お父さん」と声を上げた。
僕も心の中で「おじさん?」と言っていた。
このセリフは洸平の役だ。
サプライズとはこのことだったのかと思い、
「行くよ」と、ともみに声を掛け、手を握り締めた。
桟橋の先端に行くまでは、
桜達一人一人が「おめでとう」と言って、
思い出話しをして六分程行う予定だったが、
歩き始めて三十秒もしないうちに五人の
「おめでとう」が終わり焦っていると、
「西中君、川見さんおめでとう」と佐藤先生だ。
「渉、ともみおめでとう」
と今度はクラスメイトが順々に言っていく。
クラスメイトが終わると、
「私は天の声よ。今ちょうど半分よ」と母だった。
練習をしていなかったらここで立ち止まっていただろう。
練習したおかげで自然と足が前に進んだ。
「渉おめでとう」と中学の同級生が。
「川見さん、渉君おめでとう」と金子先生だ。
ともみは左手を口元に持って声を漏らさないようにと必死に見えた。
目からはすでに筋が分かるくらい雫が落ちている。
「ともみちゃんおめでとう」
と誰だか分からなかったが、
ともみの右手が反応していたので、
ともみの知っている人だろう。
「ともみおねーちゃんおめでとう」
と今度は子供の声だ。きっと病院の子供達だろう。
ともみは子供達の声を聴いた途端立ち止まってしまった。
もう限界のようだ。
僕は両手でともみの体を支え桟橋の先端に向かった。
最後に「ともみ、渉君おめでとう」とおじさんとおばさん。
「渉、ともみさんおめでとう」と父と母で締めくくられた。
『賛美歌を斉唱します』とおじさんが言うと、
桜達の歌声のはずが、大勢の歌声に変わっていた。
誰だか分からなかったが、冷やかしの声で分かった。
クラスメイトだ。
いつ録音したのだろうと思っていると、
今度は女性が多いグループに変わる。
誰だか検討もつかなかったが、
ともみが嗚咽を漏らしたので、ともみの知り合いだろう。
その次は子供達だ。音程はメチャクチャだが気持ちは伝わってきた。
「一回止める?」
ともみは首を大きく横に振ったが、
先程から嗚咽が止まらない。
次は聖書の朗読、祈祷だったが、やはりすり替えられていた。
『渉、渉が私達の子で良かったよ』
と母から始まり、父、おばさん、
『ともみ愛している』とのおじさんの言葉で締めくくられた。
四人共僕達に感謝の意を述べたのだ。
「ありがとう」と言われたことはあったが、
本当の意味で感謝された事はなかったと思う。
父と母の言葉は恥ずかしくも嬉しくも感じた。
おばさんの感謝の意を聞きながら
嗚咽が収まったともみを確認すると、
落ち着くためか目を閉じ小さな深呼吸を繰り返していた。
そして、おばさんとおじさんの言葉を聞いた後、
はっきりと「ありがとう」と微笑んでいた。
次は結婚の誓約だ。
『ともみ、渉君、夕陽が見えますか?
その夕陽は数時間後に私達を照らします。
その私達を照らす太陽に向かって誓いを立てて下さい』
「はい」
『ともみさんも返事をして』
「はい」
『ともみ、渉君、
何時如何なる時でもお互い笑い合う事を誓いますか?』
「「はい」」
『何時如何なる時でもお互いを尊重し合い、
「ありがとう」と言い合う事を誓いますか?』
「「はい」」
『では渉君、夕陽に向かって誓いを立てて下さい』
「はい、私は何時如何なる時でも、ともみを愛し続ける事を誓います」
『ともみ、夕陽に向かって誓いを立てて下さい』
「はい、私も何時如何なる時でも、渉君を愛し続ける事を誓います」
次は指輪の交換だ。左手で腰の辺りにピアスがある事を確認した。
「それでは、指輪の交換を行って下さい」
右手でピアスを握り締めた。
「ともみ、左手を出して」
ともみは恐る恐る左手を出し、
僕は左手で受け、そっと薬指にはめた。
『ともみさん、左の腰の辺りにあるわよ』
ともみは慌てて左腰についていたピアスを外し、
僕と同様に左手で受けてそっとはめた。
『それでは誓いのキスをして下さい』
僕は思わず「えっ」と声が出てしまった。
誓いのキスは予定にはなかった。
そんな思いとは裏腹に、
『ともみさん、目を閉じて立っていればいいのよ。
渉が何とかしてくれるから』
と天の声ではなく、母の声が耳に響く。
母の声を聴いたともみは、
開いている口と目を素直に閉じ、唇を少し前に出した。
自分達の息子娘に、
キスをしろと言う親がいるかと悪態を付きたかったが、
キスをしたいという欲望がそれに勝り、
気付いた時には唇を重ねていた。
キスをした瞬間にともみの震えている唇がさらに跳ね、
優しい感触の後から涙の味が広がり、
両手でともみの肩を支えると、
自然と震えが収まっていった。
『賛美歌を斉唱します。ともみと渉君は夕陽の方を向いて下さい』
その言葉が合図となり、重なり合っていた唇が離れ、
ともみは僕と目が合いフッと照れ笑いを浮かべていた。
僕も同じ表情だろう。
最後の賛美歌は練習用と同様に桜達が歌っていた。
僕はともみの手を握り、沈んでいく夕陽を眺めた。
賛美歌が終わると、
『これで終わりよ。お疲れ様』と天の声が締め、
プツンという音と共に静寂に包まれた。
その瞬間、僕は腰を抜かしたみたいにその場にへたり込んだ。
精神的疲労で立っているのがやっとだ。
ともみも同様にへたり込んでいる。
僕達はこの疲れを癒すように、静かに夕陽を眺め、
先程まで全く聞こえなかった波の音が僕達を癒していった。
「渉君、ありがとう。最高の挙式だったよ」
ともみは微笑んだ。目元にはオレンジ色の粒が輝いている。
「どういたしまして。でも僕が考えたものとは別物だった」
「どういう事?」
「後で聴かせてあげるね。僕が予定していたものを」
「そうだったんだ。それにしても挙式って、
こんなにクタクタになるのかな?」
「そんな事ないと思うよ。
少なからず僕が調べた限りそんな事はのっていなかった」
「そうだよね」
ともみは笑った。
「日も暮れたし、着替えて夕食食べに行こうか」
「うん、行こう」
僕達は水平線の彼方に沈んだ太陽に背を向け、挙式の余韻に浸りながらゆっくりと宿に戻った。
12月31日(1月1日)
渉君お疲れ様。
夕食を食べて宿に戻って来た途端に寝ちゃったね。
疲れちゃったんだね。
挙式ありがとう。
最高の挙式だったよ。
今ベッドの上で日記を書いているよ。
少しきたない字だけど許してね。
右耳に挙式の様子が流れているよ。
もう何十回も聞いているよ。
左耳には波の音が響いているよ。
左手には渉君の温かくて大きな手。
潮の香もするよ。
こんなにいっぱいの人に
「おめでとう」と言われたのは初めてだよ。
こんなにいっぱい大事な人がいるなんて知らなかったよ。
こんなに幸せ者だなんて知らなかったよ。
渉君に「愛している」って言われて、言えて幸せだよ。
最近ようやく枕を濡らさない日々が続いていたけど、
また戻りそうだよ。
私ね、最初で最後の思い出旅行のつもりだったんだよ。
もう諦めているんだよ。
でもね、みんなの声を聴いていたらね、
生きたいって感情が心の奥から湧き出てくるんだ。
もうお別れした人だっていたんだよ。
もう諦めたはずなのにね。
神様お願いします。
やっぱり生きたいです。
死にたくないです。
みんなと笑いたいです。
みんなと一緒に笑いたいです。
渉君と一緒に笑いたいです。
私のお願い事叶えて下さい。
生きたいというお願い事叶えて下さい。
お願いします。




