ー渉ー ④
「明日、今日と同じようにバスに乗れる自信ある?」
「たぶん、大丈夫です」
大丈夫と言う川見さんを見て、大丈夫とは思えず
明日バスに乗るところを見届けてから駅に向かおうと思った。
しばらくして大学西門の停留所の一つ手前を過ぎた。
「川見さん次のバス停だから降車ボタン押して」
川見さんは恐る恐る腫れ物に触るようにボタンを押し、
バスが停留所に止まると、席を立ち降車口の手前でこちらを向き、
「ありがとう」
バスの中にも関わらず大きな声で僕に手を振り降りていく。
他の乗客も何が起きたかと川見さんを見ていたが、
あの笑顔で別れるだけで幸せな気分になれる気がした。
しばらくすると池の前の停留所に着いた。
降りるとすぐに携帯を取り出す。
先程からズボンのポケット中で携帯がけたたましく動いていた。
携帯を見ると桜から八件の着信があった。
池の隣にある東屋に腰を下ろし、渋々電話を掛けると、
ワンコールもしない内に繋がった。
「何でともみにあんな事させたの?最低」
ガミガミ言われると覚悟していたが、
「最低」と言われる筋合いはない。
仕方なく起きた出来事をできるだけ細かく説明する。
「なんだ、そういう事か。渉がともみにやましい事したかと思った」
まず謝れと言いたかったが、
そんな事もちろん言えず、気になったことを聞いた。
「川見さんってどこから引っ越して来たの?」
「東京、新宿から電車で二十分だって。
それよりも今私に話したことは内緒だからね。
言ったら分かるよね?どうなるか。
ともみの携帯見たから知っていると思うけど、
電話帳の登録二件しかなかったの。
それにあんな感じの子だから何も聞けなくて。
ねぇ渉、明日バスの時間に停留所に行ってあげて。私心配で」
「そのつもりだから大丈夫」
「良かった。じゃあお願いね。もし忘れたりしたら殺すから」
そのまま電話を切られた。
最後の一言がなければ思いやりがあるいい子なのに、
と思いながら西の空を見上げる。
夕陽はすでに山によって隠れていた。
夕闇に向かってお願いをした。明日は晴れますように。
4月6日
今日は待ちに待った登校初日。緊張したー。でも楽しかったー。
遠くから見ていた憧れの人の名は西中渉君。
渉君って呼んでもいいよね。
まさか同じクラスになれるとは思っていなかったよ。
朝の挨拶の時もいろいろ言おうと昨日練習したのに
渉君が目に入っただけですべて飛んじゃったよ。
そしていっぱい話せたね。ラインも交換できた。
お母さんに感謝だね。「いらない」って言ったのに、
「携帯くらい持ちなさい」って買ってくれてありがとう。
それに桜と麻里と恵理子とも友達になれました。
桜になんて言われたと思う。
「私達友達だから敬語も『さん』付けもするな」って怒られちゃった。
あんな風に怒られたことなかったから泣きそうになっちゃったよ。
バス一人で帰るのが怖いって正直に言えたのも桜の言葉のおかげだよ。
ありがとう。
帰りのバス、渉君の隣に座れて緊張しちゃったよ。
何か変な事しちゃったかな?大丈夫だよね。
でも一つだけ嘘ついちゃったな。ごめんなさい。
「朝のバス何で乗っていたの?」って聞かれて、
「雨だったから渉君がバスで登校すると思って頑張って乗っちゃった」
なんて言えないよね。もう半年くらいで終わるから、
そうしたら勇気を出して言ってみようかな?
その時は神様お願いします。少しでいいので私に勇気を下さい。
最後に今どきの高校生って毎日あんなに食べるのかな?
マクドナルドで食べたせいで夕食ほとんど食べられなかったよ。
毎日だったらしんどいな。明日桜達に聞いてみようかな?
あと今日復讐テストだったんだけど、すごく簡単だったんだ。
みんなどうだったんだろう?
でもそんな事どうでもいいよね。
渉君と同じクラスになれたし、いい友達もできた。
それにいっぱい「ありがとう」って言えたね。
明日が楽しみです。明日も幸せな一日でありますように。
4月7日
今日は登校二日目、今日も色々あったんだよ。
朝バスを待っていたらね、
渉君がいきなり目の前に来てびっくりしちゃった。
昨日と同じバスだから、渉君が乗っているバスを待っていたんだ。
乗り過ごしちゃったんだ。ドジだよね。
雨じゃないから乗らないって知っているのに。
それからね、二人乗りで駅に行ったんだよ。ドキドキしちゃった。
しがみついている間ずっと目をつむっていたから
スカートの事も気付かなかったよ。渉君の背中暖かかったよ。
おかげで遅刻せずに済んだんだ。
ありがとう。
駅に着いたらね、桜に「バカ」って言われちゃった。
嫌われたかと思ったよ。でも電車の中で
「明日どこか行かない?」って言ってくれて、
怒ってないと分かったら安心したよ。
桜、怒っているのか、注意してくれているのか分からないから困ちゃうよ。
それから渉君達と一緒に学校に行ったんだよ。
学校に着いたら桜に
「なんで昨日バスに乗ったのに、今日は乗らなかったの?」
って言われちゃったんだ。きっと渉君が話したんだね。
できれば内緒にしてほしかったな。でも仕方ないよね。
私がドジだから。正直に話したらね、
三人共正直に話してくれてありがとう。四人の秘密だね。
麻里と恵理子が「ついにライバル出現だね」
って桜をからかっていたんだよ。おかしいね。
それから渉君の顔一度も見られなかったんだよ。
桜に「仮にどっちかが渉と付き合っても恨みっこなしだからね」
って言われた時すごく嬉しかったよ。でも心配しなくていいよ。
桜は私よりかわいいし、思いやりもあるから。
私なんてかわいくないし、ドジだし。それに……。これはなし。
とにかく私が桜に勝っているところはないんだから。
それより明日楽しみだね。水巡り。
ずっと東京育ちで、自宅の水道水も公園の水道水も飲んだことなくて
思いっ切り飲んでみたかったんだ。
それに知っていた?湧水ってタダって。
私全然知らなかったよ。みんな笑っていたけど当たり前なのかな?
それに恥ずかしいけど帰りのバス一人じゃまだ不安だったんだ。
桜、麻里、恵理子、家まで来てくれてありがとう。
私の部屋変じゃなかった?綺麗にしているから大丈夫だよね。
麻里と恵理子が私の家を出る時、
「明日頑張れ」って言っていたけど、どういう意味なんだろうね?
片目つむるのってウィンクでいいんだよね?
ウィンクもしていたんだけど意味が分からないよ。
そんなに歩くのかな?体力に自信ないけど大丈夫かな?
でもきっと大丈夫だよね。渉君もいるし、みんながいるから。
明日晴れるといいな。
明日も幸せな一日でありますように。