ー渉ー ㊹
―渉―
9月10日
今日はパスポートの申請と病院に行きました。
楽しくて辛い一日になっちゃったね。
パスポートの申請は思っていたより簡単だったね。
緊張して損しちゃったよ。
病院ではいっぱい笑いました。
でも笑った分だけ辛かったんだよ。
何人かの看護師さんは目を腫らしていたね。
きっとお父さんが話したんだね。
でも私泣かなかったよ。少しは強くなれたのかな?
渉君が隣にいてくれたおかげかな?
それから帰りの電車で日程を決めました。
ベリーズでは三泊四日の予定です。
一日目はマヤ遺跡を二つ見て、
二日目はマヤ村の体験をして、
三日目はカリブの楽園と言われている島に行き、
四日目はベリーズ唯一の世界遺産ブルーホールを
見るプランにしました。
飛行機の時間次第だけどこれで行く予定だよ。
渉君どこでどんな挙式にしてくれるかな?
楽しみです。
9月13日
今日第二クール終了の検査結果が出ました。
思った通り良くない結果でした。
私ね、金子先生に私の意思をはっきり伝えたの。
これからの治療方針について。
私にとって何が大事で何が大事じゃないか。
だから第四クールが終わったら病気に立ち向かわないって。
緩和治療にするって決めたんだ。
しっかり治療すればね、少しは長生きできるかもしれない。
でも、入院生活が長くなるし、他にもリスクがあるから。
私はいろいろな場所で笑って思い出を作りたいんだ。
それに、渉君やみんなに今の私を見てほしいから。
お母さん怒っていたなぁー。「そんなの認めない」って、
お父さんがいなければ収まらなかったよ。
これで安心してベリーズに行けるね。
日程も決まったよ。
十二月二十八日~一月三日まで。
お父さん飛行機の予約さっそく取ってくれたんだよ。
それにお母さんの説得もしてくれたね。
「ともみは私達にとって宝だ。だけど物じゃない、人だ。
それに、もう立派な大人だ。二人の意思を尊重しよう」
って心に響いたよ。ありがとう。
約束通り日程表作るね。
後は行くだけだよ。
9月30日
今日は『その日』だった日だよ。
もう関係ないけどね。
五年間待ちに待った日。
でも叶えられなかった日。
心境は複雑かな。
10月1日
今日は神社のお祭りだったんだよ。
露店もいっぱい出ていたね。
花火も綺麗だったね。
あと何回神社でお詣りできるかな?
あと何回渉君達と思い出作れるかな?
いっぱい作ろうね。
10月10日
今日で第三クール終了です。
検査結果はいつも通りだったけど、もうどうでもいいんだ。
11月7日
今日で第四クール終了です。
これからは緩和治療に入ります。
いっぱい思い出作ろうね。
こんなに景色が良かったのかと思わせるような場所だ。
紅葉の時期は終わってしまったのが勿体ないと思う。
ここは病院の最上階のレストラン。
隣には桜もいる。
一週間程前おじさんから電話が掛かって来て、
「ともみの主治医と話してほしいから空けておいて」と言われた。
何を話されるかは言っていなかったが、
病院でともみの主治医とくれば、ともみの病気についてだ。
僕達は先生が来るまでの間静かに外を眺めていた。
「ごめん。待たせたね」
何度か見た事ある顔が僕達の目の前に座り向き合う。
やっぱりこの人かと思った。
名前は金子先生。
ともみの憧れの人だ。
「川見さんのお父さんから君達に話してほしいと
頼まれて来てもらいました。失礼でなければ渉君と
桜さんと呼んでいいかな?」
僕達は黙って頷いた。
「早速だけど川見さんからどこまで聞いていますか?」
僕達は第二クール終了の検査結果から
第四クール後の治療方針の事を話した。
「川見さんそこまで話していたのか。知らなかったよ」
「違うんです。
ともみは全部話すつもりはなかったと思うんですけど、
嘘付いた時の癖が気になって、
追及されて全て話してしまったんだと思います」
「前髪をいじる癖だね。分かるよ」
金子先生は少し笑った。
「先生、これからともみはどうなるんですか?やっぱり……」
「桜さん顔を上げて。嘘を付いても仕方ないから正直に話すね」
僕達のテーブルに紅茶が運ばれてきた。
先生が頼んだのだろう。先生は「飲んで」と微笑んだ。
「川見さんは四ヵ月生存率が五十%と私達は診ている」
「四ヵ月ですか」
ともみと同じ事を言ったのでそうなのだろう。
ただ主治医が言うと言葉の重みが違って聞こえた。
「私達がともみにできる事はありますか?」
「君達二人共、違うね。
君達六人は十分すぎるくらい良くやっているよ」
「どういう意味ですか?」
「約五年間川見さんを診てきてね、初めてだったんだよ。
『楽しい』の問いに対して『はい』と笑顔で返したのは。
いつもは『はい』と言いながら前髪をいじっていた」
先生は紅茶を一口飲んだ。
「桜さんだよね。七月の終わりに川見さんを訪ねて来たのは?」
「そうですけど」
「あの日、看護師さんが私のところに飛んで来たんだ。
『川見さんのお友達が来ました』って、
私も嬉しくてこっそり見に行ったんだよ」
「そうだったんですか」
「川見さんはあの日までは、
『私は何も望みません。もう死を待つだけだから』の一点張り。
それがあの日を境にどんどん変わっていったんだ」
先生は微笑んだ。
「川見さんが今後の治療の方針を私に話した時、
素直に納得できた。
だから『何ができますか?』と言われても困るんだよ。
強いて言うなら、今まで通りに川見さんに接して下さい。かな」
「分かりました」
「それから渉君、旅行の事だけど……」
その時先生のポケットから振動音が鳴り、
「ちょっと、ごめん」と先生は席を立ち、
レストランの隅に移動した。
「渉、いっぱい思い出作ろうね」
桜の目は少し充血していた。
僕は「あぁ」と答え、紅茶を飲んだ。
不思議な事にともみの淹れてくれた味とは全く違う。




