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今はいない大切な君への贈り物  作者: 宮久啓平
57/71

ーちはるー ⑬

 後は日没を待つだけだが、特にやることもなく、

ツアー会社を覗いてみてもダイビング、

シュノーケリングやフィッシングだの私達二人にとって

全く縁のないものばかりだ。

カナヅチにとってこの島は少々退屈なのかもしれない。

私がお酒を飲めたらいろいろな選択肢があると思うが。


仕方なく買う気もないがお土産屋さんを

転々とする事になったが、

女子二人だけあって「これ似合う?」とか

「これかわいい」など楽しんでいた。

結局私は何も買わなかったが、

母のバックの中は物で溢れ返っていた。


 日没が近付き桟橋へと向かう。だいぶ影が長く、薄暗い。

私達は桟橋の端に座った。


水平線に太陽が吸い込まれ始まるまで後二十分ばかりだ。

水平線に太陽、それにカモメだろうか鳥が飛んでいる。

この景色に勇気づけられたかのか口を開こうとした時、

母に先手を取られた。


「ちはる、昨日の夜お父さんと何を話したの?

お母さん実は起きていたんだよ」


 母の顔が覗いてきた。先を越されたと思ったが仕方ない。

それよりも母が起きていた事にびっくりした。


「実は一昨日夜起きていたんだ。それでお父さんの言った、

『明後日キーカーカーで終わるから』

って言葉が気になって、聞いてみた」


「で、なんて言っていたの?」

 母の顔がさらに覗き込む。よほど気になるらしい。


「うん、私に何か話す事があるって。

それにその内容はお母さんも知っているとも言っていたよ。

お母さんはどう思っているの?

お父さんの話そうとしている事について」


 今度は私が覗き込む。

その勢いに負けたのか母の視線は夕陽に向いた。


「どうって言われても……。

内容を知っていると言っても全部というわけではなくて……」


いつもの母じゃない。

こんなに思い悩む姿を見るのは初めてかもしれない。


「ちはる、ここからはお父さんには内緒だよ。いい?」

無言で頷く。


「正直怖いよ。お父さんが何を言うか。

でも、それはちはるのためでもあって、

お母さんのためでもあるの。だから怖いけど聞く」


「怖い話しなの?」


「お母さんにとってはね。

ちはるは素直に聞いて、素直に受け取ればいいと思うよ」


母は微笑んでいるが瞳の奥が暗い、

この話しは終わりらしい。そして嫌な予感しかしない。


「それよりもちはる、お父さんと他に何の話しをしたの?

それだけじゃないでしょ?

今日のちはる明らかに変だよ。

お父さんと普通に話しているし。まだあるでしょ?」


正直そんな事かと思った。嫌な予感は外れたらしい。

そしてこの話題なら母に勝てる。


「べ、別に何もないよ」


口を尖らせ、そっぽを向いてわざとらしく、

動揺しているような口調で言うと、母の両拳が頭を挟んだ。


「言え、ちはる」


「だって内緒だし、

そんなに知りたければ直接聞けばいいでしょ」


「直接聞けないからちはるに聞いているんでしょ」


「大丈夫だよ。一昨日みたいに

『ちはる、来てくれてありがとう。そしてごめんね。

こんな大事な時期に』って言ったように、

優しい口調で言えば喜んで教えてくれると思うよ」


「この狸寝入り娘が」


「お互い様でしょ。

しかもその狸寝入り娘を一人宿に置いて飲みに行く方が悪い。

ま、実際は二人ともお酒臭くなかったし、

誰かさんの大好きな買い物でもしていたと思うけどね。

そのバックの中身のように」


「仕方ないでしょ、その狸寝入りさんが、

反抗期か何だか知らないけど、

ベリーズについて何も調べないで来ちゃったんだから。

でも、いろいろ調べられて良かったでしょ」


「やっぱり、そういう作戦だったんだね」


「当たり前でしょ、大切な一人娘を置いて出掛けるわけないでしょ。

ちはるが寝るまでバンガローの外にずっといたわよ」


「二人とも何やっているんだ」


私と母は同時に振り向いた。

そこにはタンクトップを片手に海パン姿の父がいて、

母はサッと私の頭から手を放した。


「別に何もやってないよ。夕陽を見ていただけ」


私は父に微笑んだ。視線を夕陽に向け母の耳元に口を近付ける

「聞く?手伝ってあげるよ」と、

言った瞬間に母の肘が私の脇腹に直撃し悶える。

「黙れ」という無言の返事のようだ。


夕陽はいよいよカリブ海に

吸い込まれそうなところまで来ていた。

景色は最高だが、どうも集中できない。

二人の内緒の事が私にはどうしてもたわいない事に思えたからだ。

父の話しの内容次第だが二人にこっそり話そうと私は決めた。


三分の一程度沈んだところで、

ふと『ゴー、スロー』という言葉が頭を過ぎった。

今まさにその瞬間だ。時がゆっくりと流れている。

島を一周した時にも思ったが、ハンモック、

椅子や桟橋で今の私達のように、時を楽しんでいる人が大勢いた。

きっとその人達が、本当の意味でこの楽園を楽しんでいるのかもしれない。


夕陽が沈むと、私は景色を心に焼き付けるかのように

無言で立ち上がり宿へと向かった。

父とすれ違った時その目が真っ赤だった。

泳ぎすぎと思ったが、そんな事につっこむ気にもなれない。


「ちはる、ちょっと待って」


父の声で最高だった気分が少し萎えた。

せっかくいい気分だったのにと思う。


「そこで夕ご飯食べてから帰ろう。

もう用意はできていると思うから」


 父の指さす方を見てみると確かにお店がある。

西側では珍しい。店の外で店員が何かを焼く姿の他に、

ベンチテーブルに座る観光客らしき人もいる。

店内の様子は良く見えないが、

まだ薄明るい海を眺めながら食べるのも悪くないと思い、

お店の方に向かった。


お店に着くと、外のベンチテーブルに座るのとほぼ同時に、

オレンジジュース三つが置かれ、

続いてワンプレートの上にロブスター、

ライスアンドビーンズにポテトサラダのっているものが運ばれてきた。

父が桟橋に来る前に頼んでおいたのだろう。

絶妙なタイミングだ。


「キーカーカーといえばロブスターだからな」


 父は独り言を言い食べ始めた。

緊張を和らげているのかもしれない。

母も黙々と食べていた。

もちろん私も黙っていた。

私達の心を反映するかのように、海が闇に包まれていく。


 料理じたいはとてもおいしかったし景色も最高だ。

しかし、父と母の緊張感で台無しだ。

料理に最悪のアクセントを加えているような気がした。


「よし行くか」

父の一言に私と母も立ち上がった。


 宿に着くと、

父は外から椅子一脚を部屋に入れテーブルを引っ張り出す。


「ちはる、好きなところに座って」


 母はそう言いながら水をテーブルの上に置き、

父はバックの中から汚いノート数冊を

取り出しテーブルに置いてから座った。


「ちはる、このノートはお母さんと付き合う前の彼女の日記で、

これから話す事はお父さんと彼女との記憶」


「えっ」と、私は思わず声が出てしまった。

まさか父の元カノの話しとは思ってもみない。

母を見ると下唇を噛んで俯いている。


「ちはる、続けるよ」


「ちょっと待って」


 私は目の前の水を一口飲み、深呼吸をして心を整える。

別に喉が渇いていたわけではないが、心の準備が必要だと思ったのだ。


「どうぞ」


 私は明らかに動揺していた。

父に「どうぞ」なんて言った事もなければ、

言う義理もない。しかし、「どうぞ」がなぜか正しいと思った。


 こうして私達家族にとって大切な長い夜が始まった。

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