ーちはるー ⑫
興奮が収まらない。
山育ちの私にとって海を見るだけで
自然とテンションが上がってしまうのに、
こんなところに来たらどうなってしまうか分からない。
桟橋に降り立つと思いっ切り息を吸い込み吐き出す。
潮の香がたまらない。乗客の半分が下りて、
半分はこの先のベリーズ一番のリゾート地サンペドロに向かう。
私は桟橋を駆けるように進み、
キーカーカーと書いてあるタイルの上に立ち周りを見渡した。
そこには楽園が広がっていた。
左右に伸びる白い砂地の道。
そこに沿うように並ぶヤシの木達。
白い砂地とは対照的にカラフルな建物が並び、
そのどれもがホテル、レストラン、ツアー会社やお土産屋さんだ。
どうやらこの道がこの島のメイン通りらしい。
ようやく父と母も船を降りこちらに向かってきた。
タイルから一歩踏み外すと、
『ゴー、スロー』と書いてある事に気付いた。
この島のテーマなのかは分からなかったが、
きっとマヤ村とは違う時の流れを体感できるだろう。
私達はメイン通りを北に向かう。
目のやり場が困るくらい心惹かれるものが溢れ返っていた。
右を見ればもちろんカリブ海、
ヤシの木の木陰では露店が出店していてお土産屋さんや、
食べ物屋さんがあり、左側を見れば、
レストランで音楽とお酒を楽しみ、
ホテルではハンモックでくつろいでいる人がいる。
道には半袖短パンは当たり前で中には水着で歩いている人もいた。
靴で歩いているのは私達だけだろうとも思えてくる。
ここの移動手段はゴルフカートらしく、車は一台もない。
桟橋から三百メートル程進んだところが
今日のホテルらしく父が受付で話している。
黄色とオレンジの派手な二階建ての宿だ。
屋根だけはなぜか別な色だが
他すべてその二色で統一されている。
中庭にはヤシの木が立ち、ベンチテーブルがあり、
中年の観光客であろう人がそこで日光浴をしていた。
ようやくチェックインが終わったらしく、二階の宿に向かった。
宿の中もオレンジの壁に黄色の柱、
天井は白色だったので「部屋の中もかよ」
と思わずつっこんでしまった。
この国の特徴かもしれないが、
天井からは巨大な扇風機が吊るされている。
そこにダブルベットが二つとテーブルと椅子二脚があった。
私の格好はカリブの楽園に失礼だと思い着替え、
ワンピースにクロックスの姿になった。
母はショートパンツに。父はタンクトップに海パンだ。
日本ではありえない格好だったが、ここでは許されるだろう。
「さあ、行こうか」
父はそう言ったが声が上ずっていた。完全に浮かれている。
「ちはる、私達は島を散策しながらお土産でも買おうか」
「うん、お父さんはどうするの?」
「海に来たら泳がなきゃ損だろ?」
と言いながら準備運動をする。
「はいはい、お母さん行こう」
カナヅチの私には理解不能の言葉だ。
この島の北側にビーチがあるらしく、とりあえず三人で向かった。
ホテルから二百メートル程進むと、ビーチが見えてきた。
ビーチといっても本当に小さい。
日本でビーチがあるといって
ここに連れてこられたら間違いなく怒られるだろう。
しかし、それを補うくらいのきれいな場所だ。
桟橋では日光浴を楽しんでいる人がいて、
ビーチのすぐ横にはジャンプ台があり飛び込んでいる人もいた。
ビーチの向こう側に別の島があり、
その島まで泳いでいる人もいたが、
少し沖に出ると潮の流れが速いので、
浮き輪やライフジャケットをしていたとしても、
絶対に行けないだろう。
海はやっぱり入るより眺める方が好きだと改めて思う。
「お父さん、ちはると散策してくるね。日没前にホテルで」
「えっ」と、私は思わず声を上げてしまった。
日没まで三時間以上はあるだろう。
今日は大事な日なのにそんなにゆっくりしていていいのだろうか。
「日没前、ホテルで」
と言いながら父はタンクトップを脱いでいた。
母はそのまま百八十度向きを変え歩き出したので、
慌てて母を追った。どうやら私の声は聞こえていなかったらしい。
島の西側、メイン通りの反対側に来てみると
景色は殺伐としていた。
カリブ海に桟橋はあるが、そこには船しか止まっておらず、
露店やお土産屋さんはおろか、観光客一人もいない。
メイン通りが遠くに見えるので
東西の距離は二百メートル足らずしかないようだ。
この島は南北に縦長の島ということが分かる。
東の桟橋に行けば朝陽が、西の桟橋に行けば夕陽が絶景だろう。
「お母さん、後で夕陽見に来ない?水平線に沈む夕陽見てみたい」
「お母さんもちょうど同じ事言おうと思っていた」
目が合い、お互い笑ってしまった。
西側は本当に何もないようだ。
歩き始めて一キロぐらい特に変わったところはなかった。
途中パン屋さんによって朝食を買い込んだ。
「ここのパンおいしいよ」
と母が言っていたが、別に驚きもしない。
きっとキーカーカーにも来ていると思っていたからだ。
さらに行くと郵便局、学校があり、
「ここより南側は何もないから戻ろうか」の言葉に無言で頷き、
メイン通りに戻り、船を降りた場所まで戻った。
「ちはる、見てみたいお店あった?」
「あっちにあった露店が三軒並んでいるところに行こう、
後ヤシの実のジュースも飲みたい」
「とりあえず、疲れたからヤシの実のジュースを飲もうか」
すぐ近くにココナッツが売られているところがあり、
そこでココナッツ二つ頼む。既に上半分は皮がむかれていた。
「ここで飲みたい」と伝え、
店主はヤシの実の上部をノミみたいなもので
押さえハンマーで一発、穴をあけた。
「おー」
私も母も思わず声を上げてしまった。
そこにストローをさして渡された。
「あまりおいしくないね」
「そうだね」
母も残念そうだ。
お店を離れようとした時なぜか店主に貝殻を貰った。
ほしいとは言っていないが、
あの笑顔で渡されたら何も言い返せない。
私は仕方なくポケットにしまった。
ヤシの実を持ったまま、お土産屋さんに向かう。
買うものは既に決まっていた。
どうして思い出せなかったか不思議なくらいだ。
三軒並んだ一番右の露店はマヤの関するお土産屋さんだ。
その売り場の一番手前にそれはあった。
縦三センチ、横二センチくらいの黒い石に模様が描かれたものが。
商品名を見てみるとマヤペンダントと書かれている。
数えてみると十九種類あった。
裏には月日から月日が書いてあるテープが貼られているので、
一年を十九等分してあるらしい。
どうやらマヤ歴に関係あるもののようだ。
その中から自分の誕生日の物を首から下げる。
「これほしい、後お母さんとお父さんの分も」
「お父さんは持っているけど。
ま、いいか、買っちゃおう。他にはいいの?」
「とりあえずいいかな。
友達にお土産買って帰るつもりないし。
マヤ村でも買ったし、
どうせサンイグナシオでも私が好きそうなものいろいろ買ったんでしょ、
後で見せて。それから決める」
母の顔を覗きこんだが特に反応もなく、
支払いを済ませている。
仕方ないので桟橋に行って母に聞いてみる事にした。




