ーちはるー ⑪
―ちはる―
薄明りの中目を覚ました。
父の話しを聞いて安心したのか、あの後すぐに寝る事ができた。
父も母もまだ寝ている。日の出まではもう少しだろう。
ハンモックから下り昨日食事した場所を覗くと、
マヤのお母さんは昨日と同じものをこねていた。
タオルと歯ブラシを見して、
すぐ戻るというジェスチャーをして急いで川に行く。
顔を洗い歯磨きをし、
さらに川の水で口をゆすいだ。人間の順応力にはびっくりだ。
急いで戻ると焼く準備が整っていた。
豆のスープはすでに完成していて、
鍋が鉄板の横に置かれている。
私は生地を受け取ると、薄く丸く伸ばしていった。
昨日よりはだいぶましだ。
鉄板にのせしばらく待ち生地の端の方を持ってひっくり返す。
「できたー」思わずハイタッチをしてしまった。
マヤのお母さんも嬉しそうだ。
焼いていくうちに、だんだんうまくできて嬉しかった。
必要以上の枚数を焼いてしまったが、
中にはマヤのお母さんが作ったのに引けを取らないものもある。
急いで父と母を起こしに行った。
「お父さん、お母さん朝食できたよ」
先にハンモックから下りたのは母だ。
まだ寝ぼけているのだろう。ぼそぼそ何かを言っている。
「お父さんも早く起きてよ」
私は父を揺すった。
「ごめん。ちはるが起こしてくるなんて夢かと思った」
父は重い瞼をこすりながら言った。
「バカな事言ってないで早く食べよ」
母の視線に気付き振り向くと、
「ちはる、昨日お父さんと何かあったの?」
「別に何もないよ」
表情に出ないように素っ気なく答えた。
「ふーん」
意味深な表情を浮かべながら母は外に出て行き、
父もようやく起きて三人で「頂きます」をした。
「ちはる、昨日よりもおいしー」
母が嬉しそうに言った。
「ありがとう。お母さんのその髪型レアだね」
「ちはるが今朝みたいに、
食事の準備を毎朝してくれるならこれでもいいかな」
「遠慮しておきます」
そんなたわいもない会話をしながら
父は笑いながら食べていた。
焼きすぎたと思っていたが、あっという間に残り三枚となり、
「今日は取り合いしなくてもよさそうだね」
と言いながら私は一枚取り、父も母も一枚ずつ取って食べた。
母も笑っていた。
私は今まで何をやっていたんだろうと改めて思う。
もちろん私も笑っていた。
「頂きました」
母は昨日と同じように言った。それが何よりも嬉しい。
「一緒に洗い物してくる」
母は食器をまとめ、マヤのお母さんと一緒に川の方に向かった。
「お父さん、後どのくらいで出発する?」
「一時間くらいかな」
「分かった」
私は宿に戻り荷物をまとめ、
外で遊んでいる子供達の輪の中に飛び込んだ。
あと一時間思いっ切り遊ぼうと心に決め。
「ちはるおねーちゃんそろそろ行くよ」
母が手を振っている。
時間があっという間に過ぎていく。
私は膝まつき子供達一人一人に別れの挨拶をした。
何故だろう。たった一日しかいなかったのに、
子供達の純粋な目を見ていると涙が出そうになる。
子供達全員とお別れを済ませると、
マヤのお母さんにも丁寧にお礼とお辞儀をした。
その手には三十羽くらいの千羽鶴が握られている。
麦わら帽子を前に深く被った。
父と母に赤く腫れたであろう目は見せたくなかった。
父と母のところに行き、
「行こう」と一言言って歩き出す。
後ろは振り向けない、きっと泣いてしまうから。
「ちはる、みんな手を振ってくれているよ。
手振らなくていいの?」
帽子を少し上げ、振り向くと、
全員が外に出て手を振っていた。
それを見た瞬間、反射的に大きく手を振っていた。
「また来るねー」
みんなが見えなくなるまで大きく振り続けた。
見えなくなると、前を向き麦わら帽子を深く被る。
「ちはる」
母がハンカチを差し出してきた。
私の目から涙が止まらなくなっている。
それを受け取ると、「バカ」と一言言って、目頭を押さえた。
帰りの車中は無言だった。
マヤ村で私が泣いたせいかもしれない。
今日約束が果たされるせいかもしれないが、空気が重い。
これから向かう先で何十年前の約束を父は果たそうとしている。
私に何を話すかは知らないが、父にとってとても大事な事だろう。
それに私にとっても大事な事かもしれない。
外の景色を眺めている母の心境はどうなのだろう。
母はすべて知っていると父は言っていた。
それに母は以前ベリーズに旅行に来たことがあるとも言っていた。
それは父の約束と関係があるのだろうか。
キーカーカーに行けばすべて点と点が線で結ばれると私は思っている。
五時間かけようやくベリーズシティーに帰ってきた。
レンタカー屋さんに車を返し船着き場まで近いので歩いて行く。
二日前にも来たが他の街を見て思う。
ベリーズ一の都市だけあって人も建物の数も段違いだ。
と言っても日本では小さい市の程度だが。
スイング橋を渡り船着き場に到着した。
船の出航まで三十分あるので、
外で売っていたライスアンドビーンズを食べた。
やっぱりおいしい。
船が入港し乗り込む。
乗客は三十人程度だが現地人が一人もおらず、
他は観光客らしい人達で、もちろんアジア人は私達だけだ。
出発すると、どんどん加速していく。
スピードボートだったので船酔いが心配だったが、
サンゴ礁に囲まれた場所は波が高くないらしく、
思っていたよりも船が揺れない。
気付くとベリーズシティーは遥か彼方で、海の色が変わっていく。
キーカーカーはカリブ海の楽園と言われているが、
この船の上が楽園への入り口に続く道だろうと思った。
五十分程して一昨日調べた時と同じ景色の島が見えてきた。




