ー渉ー ㊷
僕の役目はどうやらここまでのようだ。
おじさんは、ともみ達が輪に入ったところで続きを始めた。
ともみは先程の子供とじゃれ合いながら
紙芝居を聞いている。
子供達の前では親子喧嘩はしないだろうと思い、
静かに図書館を出てロビーで二人を待つことにした。
しばらく待っていると、おじさんが二階から下りて来た。
「渉君、突然ともみが入って来たからびっくりしたよ」
「どうでしたか?僕のサプライズ」
「どうもこうも、紙芝居がひと段落した後大変だったんだよ。
子供達の『なんで?なんで?』コールに」
「そうでしたか。喧嘩になりましたか?」
「いや、その逆だったよ。
最終的に『ごめんなさい』コールに変わって、
お互い顔を見て笑ってしまったよ。
渉君のおかげでともみに伝えられると思う」
おじさんは自販機で三本お茶を買い、
一本を僕に差し出してきたので、
お礼を言って受け取った。
「渉君と一緒にいると、
ともみが変わった理由が分かる気がする」
おじさんはペットボトルのふたを開けながら言った。
「どういう事ですか?」
「言葉の通りさ、
現に私は渉君と会ってともみとしっかり話せる機会ができた」
「それは違います」
僕はきっぱりと言った。
「何が違うんだい?」
「変わったのは僕です。正確に言うと僕達ですけど」
「それはどういう意味だい?」
「それは帰ってから話します。長くなります」
「そうだね。私はそろそろ戻るけど、渉君も行かないか?」
「僕はここで待っています」
おじさんは立ち上がり、
下りて来た階段を勢いよく上って行った。
本当はともみが子供達と笑っている姿を見たかった。
なんせともみの将来の夢を決めさせた子供達だからだ。
しかし、今あの部屋にはともみとおじさんがいる。
きっとぎこちなく子供達と接し、
二人の距離を縮めているのだろう。
僕はその空間に入る気はなかった。
二時間程ロビーで待っていると、
ようやく二人が階段から下りて来た。
「渉君お待たせ。ごめんね。ついつい楽しんじゃった」
ともみはいつもの笑顔より晴れやかな気がした。
きっと子供達から元気をもらった事と、
おじさんとの距離を縮められたからだろう。
後ろにいるおじさんの顔も幾分若く見えた。
「もっと子供達と一緒にいても良かったんだよ」
「もう満足だよ。明日も来るし大丈夫だよ。
それより今日の夕食はお寿司だって。楽しみだね」
ともみは玄関に向かって歩き出す。
おじさんは頭を掻きながら照れ笑いを浮かべていた。
「渉君もお父さんも早く帰ろう」
ともみはこちらを向き、手を振った。
家に帰ると、
ともみとおじさんの二人で夕食の準備に取り掛かかっていた。
「渉君どうしたの?そんなところでぼーっとして」
「今が夢なのか、数時間前が夢だったのか分からなくて」
「どういう事?」
「こっちが聞きたいよ。図書館で何があったの?」
ともみとおじさんは互いに目が合い笑った。
「お父さんが渉君に話した事全部聞いたよ。
私の誤解だったんだね」
ともみは舌を出した。
「それに、渉君と子供達のおかげかな。
子供達の言う事の方が正論で、
何も言い返せず、結局ねー、お父さん」
「そう結局子供達に『喧嘩はダメ』って怒られてしまったよ」
「そうそう」
二人の笑い方は違ったが笑っていた。
ともみの笑い方は母ゆずりだと改めて思う。
お寿司が届き、ともみがテーブルに並べていく。
「川見家の祝い事はお寿司なの?」
「そうだよ。
ここで食べるのは高校に受かった時以来かな。
そうだよねー。お父さん」
「本当は引っ越しの時も食べる予定だったけど、
バタバタしていたし、ともみが『さっさと帰れ』
って言うから食べられなかったんだ」
「もー、そんな事ばかり覚えている」
ともみのほっぺが膨らむ。
お寿司がテーブルに並び、「頂きます」をした。
「さぁ、聞かしてくれ。
ともみと渉君が出会った日から、今日までの事を」
「いいよ、学校初日、いっぱい友達できたんだよ。
桜と麻里と恵理子。
その日はテストで放課後桜達とマクドナルドに行って、
渉君達と出会って一緒に話したの。
渉君の他には、洸平君と文太君、
それから、渉君と初めてバスに乗って帰ったんだよ。
二日目はみんなで水巡りに行く事になって、
次の日駅に集まって……」
「ともみ、いろいろ飛ばし過ぎ、
後事実が都合よくねじ曲げられている」
「何が?」
ともみは首を傾げた。
「おじさん聞いて下さいよ。
ともみは始業式の日の朝バスに乗っているんです。
それに次の日の朝、
ともみはなぜかバスに乗らなかったんですよ。
なぜだか分かりますか?」
「もう、渉君のいじわる。そんな事は言わなくてもいいのに」
「大事な事だよ。ともみは知らないと思うけど」
「何が?」
「ともみがバスで駅に行かなければ、
僕達はマクドナルドで一緒に食べていなかったかもしれないし、
バスを乗り過ごすような事がなければ、
駅の階段のところに、桜達がいる事はなかった」
「どうしてバスで行かなければ
マクドナルドで一緒に食べない事になるの?」
「それは謎の行動の理由を聞こうと思って」
「そうだったんだ。知らなかった」
「それより、二日目はどうしてバスに乗り遅れたんだ?
ともみは時間を必ず守っていただろ?」
「乗らなきゃいけないバスに
僕が乗っていなかったから乗らなかったんですよ。
ともみは」
「そんな事まで言わなくていいのに」
「相変わらずドジだなぁー。
それにお母さんに似て表情に出やすい」
「確かに」
僕とおじさんは声を出して笑うと、
つられるようにともみも笑った。
数時間前、五年前に戻れると確信していたが、
まさかその夜に戻れるなんて思ってもいない。
やっぱりともみは今の笑っている姿が似合う。
昼間みたいな表情は二度と見たくないと改めて思っていた。
思い出話しに花を咲かせていたが、
今日までの事を話し終わる前に時間が来てしまった。
「もう、こんな時間か。そろそろ寝よう」
「えー、まだ眠くないし、もうちょっといいでしょ」
「ともみ、寝なさい。明日も病院に行くんだろ?」
おじさんは席を立ちあがり、奥から封筒を持って来た。
「寝る前にともみと渉君に話しがある」
先程までの表情とは変わり、
真剣な眼差しだったので、自然と背筋が伸びた。




