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今はいない大切な君への贈り物  作者: 宮久啓平
51/71

ー渉ー ㊵

 三百六十度人、人、人だ。

東京に始めて来たわけではないが、

高層ビルの景色と人の多さに圧倒される。


テレビの中で絶景を前にした人が、

「映像と実際に見た景色はこうも違うのか」

と言っていたが、僕も今その状況に置かれていた。


「渉君、そんなにきょろきょろしていたら

不審者に間違えられるよ」


 ともみは笑顔で目的地に向かって歩いているようだ。

実家に帰る前に本屋さんに寄りたいという事で

僕達は新宿の街中を歩いている。


「バスを降りてから思っていたけど、

道に迷っていないよね」


「何言っているの。迷うはずないよ。

それにこれから行く本屋さんはいつも行っていたから大丈夫だよ」


 ともみはそう言いながら、

人という歩道に流れる障害物を巧みに交わし、

どんどん進んで行く。どうやら立場が逆転してしまったようだ。


 本屋さんに着くと、

ともみは迷わずエスカレーターで六階まで上がり、

絵本のコーナーでいくつかの紙芝居を買った。


「渉君ごめんね。これで用事終わりだから、実家に行こう」


 ともみはそういうと来た道とは違う道を進んで行く。


「来た道とは違うようだけど、大丈夫?」


「また子供扱いしているでしょ、

これから乗る電車のホームは

さっきのところから少し離れているの。

それよりも渉君気を付けてね。また人とぶつかるよ」


 そう言いながらまた人を交わして行く。

マクドナルドに行った事がないとか、

方向音痴とかこれまでの出来事が嘘かのように、

初めて新宿来た僕にいろいろ説明しながら歩いていた。


「それにしてもすごいところだね。目の行き場に困るよ」


「渉君、田舎者みたいな事言わないでよ。

建物と人が多いだけで、後は何も変わらないよ」


「あの『オイオイ』って看板は何?」


 ともみは僕の指さす方を見て、

いつもと違う笑い方をした。


「あれは丸井だよ。百貨店。渉君、田舎者丸出しだね」


 ともみはさらに声を出して笑った。

その様子を見て、地元に帰るまでは

ともみに思った事を聞かないと心に誓う。


 なるべくともみの背中だけを見るようにして歩き、

二十分くらい電車に乗り、駅から商店街を抜け、

住宅地に入ってすぐの一軒家の前に止まった。


「ここが私の実家だよ」


 思っていたよりも新しくベージュを主体とした二階建ての家だ。

ともみが生まれた後に建てたのだろう。


 ともみは玄関の前に立ち、インターホンを鳴らすと、

ともみのお父さんであろう中年の男性が顔を出した。

眼鏡を掛け、短い髪を綺麗に整え、

休日だというのにスーツを着れば

そのまま出社できそうに感じたが、

表情の方は目をまん丸くしている。

ともみが帰って来ると知らなかったのかもしれない。


「ともみどうした? お母さんは?」


「お母さんはいない。それと彼氏の渉君。後、話しがある」


 いつものともみではなかった。声のトーンも低い。

ともみのお父さんを嫌っているのは本当の事だと実感した。


「渉君、遠慮しないで入って」


 僕の心配をよそに、

ともみはいつもの笑顔と声のトーンに戻り手招きをする。


 家に入るとそのまま居間に通され、

ともみのお父さんと向かい合う形で椅子に座り、

ともみはキッチンで紅茶の準備をしている。


 この空気がとても怖い。

「お願いですから僕に話し掛けないで下さい」

と何度も心の中で言った。


 ようやく紅茶の準備が終わり

おぼんに三つのカップを乗せともみが戻って来た。

僕は安堵の息を吐き出す。


「お父さん。

私、渉君とベリーズに行きたいので、許可を下さい」


 ともみのお父さんは紅茶を一口飲み、

「お母さんは何て言っているんだ」と静かに言った。


 すると、ともみは両手をテーブルにつき勢いよく立ち上がり、


「お父さんはいつもそう。

私が何か聞くと一言目に『お母さんは』って、

私はお父さんに聞いているの。お母さんなんて関係ない」


 あの時の顔に似ていた。

「愛している」と言った日、

ともみは般若のような顔を僕に向けて来た。

あの日以来言っていない言葉。いつか言いたい言葉。

だが、ともみにあの顔をされるのが怖くて言えなかった。

首を大きく振った。今はそんな事考えている場合ではない。


「ともみ落ち着いて話そう」


「ずっと落ち着いている。それよりも許可をちょうだい」

 ともみはさらに身を乗り出し、睨めつける。


「座りなさい。話しはそれからだ」


「嫌だ。許可をもらうまで座らない」

 ともみのお父さんは息を吐き出し、ともみを真っすぐ見つめる。


「信じられない」 

 ともみはそう言い残し、居間の戸を開け出て行ってしまった。


「信じられない」

と言いたいのは僕の方だ。


ここに来る前の作戦で、

「いくら説得しても許可が出ない場合、

渉君がお父さんと話して。私部屋で待っているから」

と言っていたが、まだ会話も始まっていない。

どこまで仲が悪いんだと思っていると、

ともみのお父さんが大きな息を吐き出した。


「えーと、渉君でいいのかな?」

ともみとの会話より温かみがある声だ。


「はい。えーと……」


「そんなにかしこまらなくてもいいよ。後おじさんでいいから」


「分かりました」


「渉君、ともみをありがとう」

 おじさんは突然頭を下げた。

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