ー渉ー ㊴
二ヵ月前いつもの場所に行くと、
なかった笑顔がそこにはあり、
「渉君、おはよう」と微笑んでいた。
駅までの道のりいつもと同じ景色なのに、
ともみの笑顔があるだけで違った景色に見えた。
「ともみ、おはよう」
桜は笑顔で手を振った。
一学期期末考査の二日目から桜達と一緒に
登下校するようになっていた。
それはともみに手紙を渡しに行く
打ち合わせみたいな事をしていたからだが、
二学期になりその必要性がなくなっても、
僕達は一緒に登下校している。
学校に着くと真っ先に職員室に向かい、
あの時と同様に隣の進路指導室に通された。
「川見さん。待っていたわよ」
佐藤先生はあの時と同様に封筒を持って入って来た。
中身は退学届けだろう。
それはここにいる全員が知っていて、
これから行われる事も全員が知っている。
「川見さん、これの件よね」
先生は封筒をともみに差し出した。
「はい。先生ご迷惑お掛けしました。
私何があっても学校を辞めません」
「川見さんありがとう。それにみんなも」
先生は微笑んだ。
「先生、私、卒業は無理ですよね?」
「そうね。成績は問題ないんだけど、出席日数がね」
「分かっています。
それでも学校に来てもいいんですよね?」
「もちろんいいわよ」
「ありがとうございます」
ともみは座りながら一礼した。
「これは先生が処分しておくね」
そう言いながら封筒をひらつかせる。
「はい、お願いします」
「それじゃあ、また後でね」
先生が立ち上がろうとしたので、
「先生、進路希望調査書の件で話しがあります」と留めた。
ともみ達は僕が何を言うのか知っていたので、
無言で進路相談室を出て行く。
みんなが出て行ったところで、
バックから名前と備考欄に一浪しますと書いた紙を差し出した。
「西中君、本当にいいの?」
「はい、両親とも話して承諾を得ています
」
先生は大きな息を吐き出した。
「川見さんは本当にいい友達を持ったようね。
西中君で二人目よ」
僕は思わず「えっ」
と声が出てしまった。
「その顔は聞いてないようね。でも誰だか分かるでしょ」
桜だ。僕はそう直感した。でもなぜ?
ともみは「一年生存率五十%」と言っていた。
一年間は大丈夫なはずだ。
それに、僕が一浪するときちんとみんなに伝えたとき、
ともみはみんなに「みんなはそういう選択はしないでね」
と釘を刺されていた。まさか……。
「先生、桜が進学しないと決めた理由は何ですか?」
思わず桜と言ってしまったが、今はそれどころじゃない。
「理由は話せません」
先生はきっぱりと言った。
「失礼しました」
僕は進路指導室を飛び出し、教室に向かおうと思ったが、
桜の隣にはともみがいる。仕方なく電話を掛けた。
「渉、どうした?」
思わず舌打ちが出てしまう。
要件を知っているくせによくも白々しい対応ができるものだ。
「話しがある。土手で待っている」
最低限の必要事項だけ伝えて電話を切る。
想像もしたくなかったが、
桜が進学しないと分かった以上、答えは一つしかない。
第一クールが終わる時検査があると言っていた。
しかし、結果は僕も聞いてないし、
ともみも口にしなかった。
僕は勝手に現状維持だと思っていたが、
桜がそういう選択をしたということは……、
まさか、まさか……。
土手に行くと既に桜の姿があった。
僕はげた箱で電話を掛けていた。
もちろん桜は僕を追い越してなどいない。
という事は最初からここにいたのだ。
僕から話しがあると予感していたに違いない。
「桜、どういう事だ」
僕は土手を下りながら叫んだが、
桜は僕の言葉を無視し、
僕が教室から見ている山の方を見ている。
「おい、桜聞いているのか?」
桜の肩に手を置くと体をビクつかせ僕の方を向いた。
「ごめん。考え事していた」
体をビクつかせたので本当の事だろう。
「先生から聞いたけど、どういう事だ」
「渉、私だってずっと考えていたんだから。
ともみのために私ができる事。それは……」
「ともみの病状の事だ」
「やっぱり話してないんだね。ともみ」
桜はため息を漏らす。
「渉、怒らないで聞いてね。
第一クールが終わった時ともみに検査結果聞いたら、
『大丈夫だよ』って前髪をいじったの。
渉、知っているでしょ。
ともみが前髪をいじる意味を」黙って頷いた。
「それで追及したら、
『予想していたよりも悪かった』ってともみ言っていた。渉には
『第二クールが終わって検査結果が分かったら』
って言っていたけど……」
桜はまた遠くの方を眺めた。
これ以上言いにくい事があるのだろうか。
「『もしかしたら卒業式まで持たないかも』とも言っていた。
それに、『もっと強い薬で治療すれば延命できると思うけど、
旅行は諦めるしかない』って、
それから『私絶対にベリーズに行くから』とも言われたの」
桜はその場にしゃがみ込み泣き始めた。
人の前で絶対に弱みを見せないあの桜が。
「私、ともみの判断が正しいのか正しくないのか分からないけど、
一日泣いては考えて、泣いては考えて決めた。
ともみが望む事を望むって。
だから渉、ともみのお願い叶えてあげて、お願い」
僕は泣きじゃくる桜を茫然と眺める事しかできなかった。
放課後いつも通りみんなで神社にお詣りしてからともみと帰り、
いつも通り笑顔で話している。
桜が言っていた事が嘘のようにも思えてくる。
「渉君、今週末空いている?」
「空いているよ」
バイトが入っていたが嘘をついた。
「一緒に実家に来てほしいんだけど、いい?
お父さんにお願いしに行きたいんだけど。
私一人じゃ心もとなくて、
どうしてもお母さんが首を縦に振らないから」
ともみは懇願するかのように僕を覗いてくる。
「もちろん」
そう言うしかなかった。
検査結果がもし悪かったなら、
おばさんは尚更首を縦に振らないと思っていた。
『命を縮めるような事はしないで』
これはおばさんが承諾しない一番の理由だ。
「ありがとう」と、
ともみはいつも通り手を振り帰って行った。
僕は桜の言葉を聞いてから迷っていた。
今は命よりともみのお願い事を優先している。
しかし、本当にそれでいいのだろうか。
おばさんが言うように、命を優先すべきではないかと。
第二クールは後二週間で終わる。
その結果をともみが僕に伝えた時、
僕は何と言うのだろうかと考えながら家路に着いた。
9月4日
今日二学期初めて学校に行ったよ。
クラスのみんなどういう反応だったと思う。
みんな私の事心配してくれていたんだよ。
病気の事は言っていないけど、
五年前とは全く違ったね。
みんなありがとう。
佐藤先生もご迷惑お掛けしました。
私の退学届け受理せずに預かっていてくれて
ありがとうございました。
それから今週末実家に帰ります。お父さん許可くれるかな?
でも許可してくれるまで粘るつもりだからね。
隣には渉君がいるし、大丈夫だよね。
明日もいっぱい笑えますように。
そして幸せな一日でありますように。




