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今はいない大切な君への贈り物  作者: 宮久啓平
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ー渉ー ③

僕達はいつものチーズバーガーセットを持って無言で頷き合い、

覚悟を決め上の階に上がる。

女子達は上の階の窓側の席に陣取っていた。

どうやら上がった順に端から詰めて座ったようだ。


僕達も仕方なくその端に腰を下ろした。

既に女子達は自己紹介を始めていたので、

僕達も簡単な自己紹介をした。


「なんで明子達は五人でマクドナルドに来たの?」


「雨の日は渉君がバス通学だから、

バスの時間までいつも五人でいるんだよね。そっちは?」


「ともみがね、バス初めてなんだって。

だからちょっと怖いなんて言うから、

とりあえずここに立ち寄ったの」


僕達三人は顔を見合わせた。今朝の出来事は何だったのだろうか?

確かにあれは川見さんだった。しかも一人で。

そんな事を考えていると、「絶対に誰にも言うなよ」と

桜のするどい視線がこちらに向けられた。


「言わねーよ。それに桜、お前さっき言っていただろ。

誰にでも初めてはあるって。それよりも家どこら辺なの?」

洸平がすかさず切り返す。


さすが洸平だと思ってしまう。僕や文太なら今の意見に、

「言わない」としか返せなかっただろう。


「家は大学の近くらしいよ。

そういえば渉ってそっち方面じゃなかったっけ?」


恵理子は僕を見ながら言ってきた。


「うん、確かに大学の前を通るよ。

バスが来るまで一時間ちょっと待たないといけないけど」


洸平と文太の目がこちらに向けられている。

どうやら「すべて聞いとけよ」という無言のメッセージらしい。


「渉なら大丈夫か。ともみ、渉と帰ればいいよ」


「『なら』ってどういう意味だよ」


「いちいち説明しないと分からない?」


桜は洸平に不敵な笑みを浮かべながらストローをいじった。


そこからは女子達はたわいもない会話で盛り上がっていたが、

桜と川見さんは携帯を片手に二人で何かを話していた。


バスの時間まで後十五分となり、氷が溶けた水を飲み干し、

ごみをトレーにのせ、席を立ちあがる。


「川見さんそろそろ行こうか」僕は腰で椅子を元の位置に戻した。


「ちょっと早いんじゃない?」桜が睨んでくる。


「大学前を通るバスは他にもあるから時間を確認しようと思って」


「なら、仕方ないか。ともみ、私達もバス停まで送ろうか?」


川見さんは「大丈夫」と言って席を立ち、

「ありがとう」と手を振っていた。

そのままついて来ようとする川見さんに、トレーを見せると、首を傾げた。


「自分が食べた分は、あそこに返却するんだよ」


返却場を指さしながら言うと、赤みがかった頬をさらに赤くして、

忍者のような素早さでトレーを取って、

俯きながら「ごめんなさい」と小さな声で言った。

みんな笑っていたが、桜が一発テーブルを叩くと静まり返り、

「また明日」と手を振っていた。


僕も「また明日」と言ってその場を後にした。


バス乗り場に行き時刻表を見ると、

僕のバス停と違い循環線が走っているので、十分も待てば乗れる事が分かる。


「ここに来れば乗れるよ。もし不安なら写メで時刻表を撮っておけばいいよ」


「写メ?」なぜか川見さんは首を傾げる。


「携帯のカメラで撮っておけばいいよ」


川見さんは、「あっ」と小さく漏らし俯いた。


「カメラ使ったことないです。ごめんなさい」


僕は茫然としてしまった。

今どきの高校生が写メを使ったことないなんてありえるのだろうか。

それに買ったその日にとりあえず撮るものだと思っていたので、

ダメもとでさらに聞いてみる。


「ライン知ってる?」


時刻表を撮りながら伺う。

ちなみにラインとは携帯の無料通話メールアプリだ。


「さっき桜さん……、桜に教わりました」


思わぬ返答が返ってきた。

桜に「さん」付けをする人を始めて聞き、

吹きそうになるのを堪えながら、

マクドナルドでの二人のやり取りを思い出した。

きっとラインなどいろいろ教えていたのだろう。


「はい」川見さんがいきなりどうだと言わんばかりに

僕の目の前に携帯を突き出してきた。

画面を見るとラインが開かれている。一瞬止まってしまったが、

「大丈夫」と言いながら川見さんのブレザーに携帯をしまい込み、

マクドナルドの方を振り向く。

こちらからはマジックミラーで見えないが、

向こうからは丸見えだ。桜は間違いなく見ている。

もしかしたら全員で見ているかもしれない。

「はぁー」と重いため息が漏れる。明日桜だけでなく、

洸平や文太にもいろいろ追及されるかもしれない。


 ようやくバスが着て乗り込んだ。

一人用の席は埋まっていたので二人掛けの席に座ると

川見さんは当然のように隣に座ってきた。また重いため息が漏れる。

もしかしたら明日桜に殺されるかもしれないと思いながら、

やけくそになっていた。


「ライン交換しようか?」


「お、お願いします」


川見さんは僕の目を真剣に見つめながら言ってきたので笑ってしまった。


「ラインの交換でそんな真剣にならなくてもいいよ」思わず言ってしまう。


「ごめんなさい」


川見さんの口癖は「ごめんなさい」かと思いながらラインを交換し、

先程の写真と電車の時刻表を送った時ようやくバスが出発した。


「ちょっと携帯貸して」


川見さんは何の躊躇もなく貸してくれたので、

川見さんに見せながらラインを開き、

友達作成の欄からグループ作成を選び、グループ名をメモして登録し、

先程送った写真をアルバムにして川見さんに見せる。


「グループからメモを選んで、アルバムを見れば、

電車とバスの時刻表が分かるよ」


説明して携帯を返すと、川見さんは説明した通りに指を動かし、

時刻表を見ながら口と目を開けて驚いていた。

すべての時刻表を見てこちらに視線を向け、


「ありがとうございます」


あまりにも屈託のない笑顔をしてきたので、

思わずドキッとしてのけ反ってしまう。

あんな笑顔を見せられたらたまらない。

たいていの奴なら落ちてしまうと思うくらい純粋な笑顔だ。


川見さんは画面に目を戻しラインを開き時刻表を見ては

落としを繰り返していた。その姿を見ながら唾を飲み込んだ。


「川見さん、一つ質問してもいい?」


川見さんは携帯をしまい姿勢を正しこちらを見て、首を大きく縦に振った。


「そんなにかしこまらなくてもいいよ。えっと、朝バスに乗っていたよね?」


川見さんは黙って頷いた。


「どうしてバスを降りて、駅から車で学校へ行ったの?」


川見さんは俯き、口を細かく動かしながら、指先でクルクルと前髪を触った。


「嫌だったら答えなくてもいいよ」


「違うんです」


と言うのと同時にすごい勢いで僕の顔を見つめてきたが、また俯いてしまう。


「え、えーと、元々母と学校に挨拶に行く予定だったんですけど、

今までバスに乗った事なくて、一人で乗りたかったんです」


川見さんは気まずそうに俯いていた。


「そんな事気にしなくてもいいよ。

桜や洸平も言っていたけど誰にでも初めてはあるから」と励ますように言うと、


「ありがとうございます」


また屈託のない笑顔で返してくる。

どうして川見さんはこんな笑顔ができるのだろうか?

きっと過去に何かあると思ったが、

これまで見て来て十分すぎるくらい不思議な事ばかりだったので、

聞くのは止めようと思い、止めておく。


「もしバスが苦手なら自転車で行けばいいよ。

そんなに駅とは離れていないから。たぶん10分くらいだと思うよ」


「自転車に乗った事ないです」もう何を言われても驚かない。


「じゃあ、歩いて行けばいいよ。少し時間掛かるけど」


「私方向音痴なんです。それに家の周りしか知らないですし、

今日初めて駅に来たぐらいですから。駅まで行く自信ないです」


ああ言えばこう言うとはまさにこの事だ。

一体川見さんはどこで、どんな生活を送っていたのだろう。


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