ー渉ー ㉘
―渉―
家を出ると、
僕の心を反映するかのような梅雨の時期らしい天候だ。
嫌いだった雨、好きになった雨、
しかし今日の雨はどうでもよかった。
雨の日はバスで一緒に行く事になっていたが、
バス停にともみの姿がなかったため、
いつもの待ち合わせ場所に行ったがそこにともみの姿がなく、
携帯に連絡しても電源を切っているのか繋がらず、
インターホンを押してみたが反応はなかった。
一応ラインをしておく事にした。
何分経っただろうか。
もしかしたら先に学校に行っているかもと思い、
急いで駅に行き、いつもより二本遅い電車に乗った。
もちろん遅刻だ。
しかし、そんな事どうでもよかった。
一時限目のテスト科目は家庭科だが、
テストよりもともみの事が心配だった。
電車から降り全力疾走で学校に行き扉を開ける。
しかしそこにともみの姿はなく、
役割を持たない机と椅子がそこにあった。
「西中、お前何をしていたんだ。早く席に着きなさい」
先生の言っている事は理解できたが、
目の前の席がなぜ空席なのか理解できず佇んでいると、
「西中聞こえているのか?」その声で我に返り、
「すみません」と言いながら席に着いた。
窓の外の景色はどんよりと黒い雲で覆われ、
アルプスを眺めるのは叶わない。
ともみはどうしているのだろう?
と考えていたが、
一つ息を吐きだしテストに集中した。
このテストが終わったらみんなに聞いてみよう。
みんななら何か知っていると信じて。
テストは遅刻したので最後まで埋められなかったが、
赤点は免れる手ごたえはあった。
ともみのおかげだ。
「渉どうした?
ともみも来ないから何かあったかと心配していたんだぜ。
ラインも既読にならないし」
「渉、ともみは一緒じゃないの?連絡が取れないんだけど」
「渉、顔色悪いけど大丈夫か?」
テストが終わった途端、
洸平や文太だけでなく桜達も集まって、
思い思いの言葉を口走っていた。
どうやら誰もともみに何が起きたのか知らないらしい。
昨日の出来事がまた頭の中を過ぎった。
「渉、聞いているの?」
桜が両手を机に置き、僕の顔を覗き込む。
「昨日、別れを告げられた。理由は言って……」
全てを言い終わる前に悲鳴が教室の中に響き渡り、
何事かとクラス中の目がこちらに向けられる。
「渉、ともみに何をした」
桜の右手が僕の顔の左上に上がった瞬間に、
洸平がその手首をがっちりと握った。
「桜、落ち着けよ。
何かが起きたのはともみの方だって分かっているだろ。
それから渉、
次のテストが終わったら昨日何があったか詳しく話せ。
考えるのはその後だ。桜、分かったな」
洸平が桜の手を離すと、
桜の手がゆっくりと元あった机に戻ったが、
目線だけはしっかりと僕を捉えていた。
眉間にしわが寄り、目元が吊り上がり、
顔は幾分紅潮している。
こんなに怒っている桜を見るのは初めてだ。
その後誰も口を開かなかったが、
チャイムの音でそれぞれの席に戻った。
次のテストは社会。僕の得意の教科だ。
時間は十分に余り、ともみが最後に言った、
「今までありがとう。さようなら」について考えた。
『さようなら』別れの時の挨拶、言葉。
一般的に知れ渡っている意味だ。
語源はちょっと違うらしいが、
ともみが言った「さようなら」は語源ではなく、
一般的な意味だと思っている。
語源なら「ありがとう」と言うはずだ。
そしてこの言葉を一昨日も聞いた。
図書館で洸平達にもはっきりと言っていた。
ならば感謝の言葉を言った後、
お別れの言葉を言った事になる。
なぜ別れなければならないのか。
それは木曜日に何かがあったからだ。
ともみの母親の顔を見るまでは、
いつものともみだった。
突発的に何かが起きたのだ。「
はぁー」重いため息が漏れてしまう。
堂々巡りだ。昨日から同じ事を何十回も考えている。
やはり何かが起きた「何か」が分からない限り、
いくら考えても無駄なようだ。
チャイムが鳴り、僕達はいつもの場所に自然と集まっていた。
「渉、詳しく話せ」
僕は一昨日のデートに誘われたところから
別れるまで詳しく話した。
「やっぱりともみは最後の思い出作りに渉を誘って、
別れを告げたって事になるな」
「最後って言うな」
桜が洸平を睨みつけた。
「でも客観的に考えても最後の思い出作りだろ」
「だから、最後って言うな」
桜はその場に立ち上がり洸平をさらに睨みつける。
「悪い、俺が悪かった。だから落ち着けって」
桜はその場に「フン」と鼻を鳴らしながら座ったのはいいが、
貧乏ゆすりをしている。余程イライラしているのだろう。
「俺、テスト中考えていたんだけどさ、
今日ともみが休むって佐藤先生は知っているはずだよね。
佐藤先生に聞けば何か知っているかもよ。
それにともみと連絡取れないけど、
親の携帯番号知っているはずだよね」
僕達は顔を見合わせた。
「それだ、ナイス文太。佐藤先生だ」
桜は立ち上がり、校舎に向かった。僕達も後に続く。
なぜこんな簡単な事に気が付かなかったのだろう。
学校を休む時は必ず佐藤先生に連絡するものだ。
仮に無断欠席の場合なら先生から連絡しているはずなので、
理由を知っているはずだ。
僕達は職員室の隣の進路指導室に通された。
今は考査期間中なのでむやみに職員室に入れない。
または、何か大事な話しがあるのかもしれない。
初めて入る進路指導室に幾分緊張もしていた。




