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今はいない大切な君への贈り物  作者: 宮久啓平
37/71

ーちはるー ⑨

「ちはるそろそろお風呂行こうか」

母は折った鶴をバックにしまい立ち上がる。


「うん。行く」


Tシャツのえりの部分をパタパタさせ

胸の辺りに風を送りこむ。

こんなに走ったのは久しぶりだと思いながらお風呂の用意をし、

三人で川の向こう側に進んだ。

水の音が激しく聞こえ、奥から四メートル程の

滝が落ちているところがあり、

その周辺が池みたいになっていた。


「着いたよ」


「えー、川じゃん」


「誰も温泉なんて一言も言ってないわよ。

お風呂がこんなに広いんだから大浴場で間違っていないでしょ。

それに、ここではのどを通る水は井戸水で

通らない水は川って基本決まっているの。

だからちはるに聞かれた時

『半分正解、半分不正解』って言ったでしょ」


母の微笑みが鶴を折る前に戻っていた。

確かにそう言われた。だがこんな屁理屈があるだろうか。

日本人が大浴場と言われ、川を想像する人なんていない。


それにあの時父が苦笑いしていた理由も

大浴場=川と知っていたに違いない。

先程までの気分を返せと言いたくなる。


「混浴なら入らないって言ったはずだけど」


「ここ結構深いよ。

仮にお母さんと入るとして、ちはるが溺れても助けられないよ。

逆にお母さんが溺れたら助けてくれるの?

それにそんなに汗だくで気持ち悪くないの?」


腹が立つけど母の言う通りだ。

ここは大浴場ではなくただの川だ。

どんな想定の範囲外な事が起こるか分からないし、

汗で体中が大変な事になっている。


「分かった」


「ちはる、ありがとう」


母は服を脱ぎバスタオルで父から私を隠していた。

母は既に水着姿だった。

私は仕方なく母の水着を着た。


まさか人生初のビキニ姿を父と母に見せるとは

思ってもいなかったが、

水着を着てさらにびっくりしてしまう。


私と母の体形は瓜二つではない。

こういうことも母は想定積みだったのだろう。

あまりにもサイズがピッタリすぎることに余計に腹が立つ。


「似合うよ、ちはる」


「バカ」

思わず両手で胸の辺りを隠してしまった。


水着になったのはいいが、川に入るのが怖い。

「はぁー」と重いため息を出し覚悟を決めつま先を水に浸ける。

全身に振動が走る。夏みたいな気候だが今は冬。

しかも川の水。冷たいに決まっている。

勇気をさらにふり絞りゆっくりと川の中に身を進める。

川がきれいすぎて次の一歩が

どのくらい深くなっているか分からなかったが、

腰ぐらいの位置まで入ったところで、

これ以上深くなくなり母を睨みつけると、

母は父に向かって水をかけていた。


「嘘つき」

私は叫んだ。


てっきり胸位深いところだと思っていた。

母の口車にのせられた事を知り冷え切った体に熱が帯びていく。


「嘘じゃないよ。滝の辺りは本当に深いから気を付けてね」


と言いながら水をかけてきた。

全く悪びれる様子がない母を無視する。

滝の方に近付くと水面からの影が深くなっているところがあるので

本当に深いのだろうと思い、先程の所に戻った。


正直頭まで水につけるのは怖かったが、

汗まみれよりはましだと覚悟を決め、

頭の先までゆっくりと水をつけ、

勢いよく立ち上がり思いっ切り首を振ると同時に体の震えがきた。


丘に素早く上がり頭を一気に洗い上げる。

さっきのところに戻り先程と同じ事をして、

今度は体を洗う。それを何度か繰り返し冷え切った体を拭き着替えた。


「ちはる一緒に入ってくれてありがとう。

三人で入りたかったからちょっと嘘ついちゃった」


母は言った後舌をちょっと出して見してきたので、

私は思いっ切り憎しみを込めて舌を出しておいた。


宿に戻るとなにやらいい香がしてきた。今日の夕食だろう。

覗いてみると鉄板のようなものの上に

小さいお好み焼きみたいなものが焼かれていた。

折り紙を折っているとき赤ちゃんを抱っこしていた人だと気付く。


「コーントルティーヤだよ」

後ろから父が言った。


「おいしい?」


「自分で確かめてごらん」

と言い父は宿に向かった。


私も宿に戻りハンモックに荷物をのせ先程の場所に戻った。

座って見ているともう少し時間が掛かるという

ジェスチャーをしてきたので、

私もやりたいというジェスチャーで返す。


すると生地を差し出してくれた。

両手を使って生地を薄くのばしていく。

見よう見まねで真似をするが、

薄さも均等ではなく形もいびつだ。


もう一度丸めてやろうとしたが制止され、

そのまま鉄板にのせるようなジェスチャーをしてきた。


「おいしいから大丈夫よ」

と言っているような優しい顔で。


マヤのお母さんは片面が焼き終わると

ヒョイと片手でひっくり返し、見つめてくる。

手でやるのかと思いながらも挑戦してみたが、

やはり熱く、耳たぶに手を持っていってしまう。


その後三回挑戦したが、やはりできなかったので、

目の前でバツ印作ると、

先程みせた優しい顔でサッとひっくり返してくれたが焦げていた。


何枚かやってみたが全くうまくいかず、やきもきしていると、

「お腹すいたー」と、わざとらしい母の声が聞こえた。

私はサッと一歩下がり何もしてなかった振りをしたが、

形の整ったコーントルティーヤの塔の横に

いびつな形をしたものが四枚置かれていた。


今晩の夕食はコーントルティーヤの他に豆のスープ。

豆のスープは小まめと玉ねぎが入った

ちょっとスパイシーなスープだ。


「頂きます」をすると、父も母も迷わず

私の作ったいびつな形のコーントルティーヤに手を伸ばす。


「待って、それは私が……」

全部言い終わる前にそれぞれの口の中に入った。


「おいしー」

と母が言い、


「ちはるの作った料理初めて食べた。始めて作ったの?」

と父も喜んでいる。


どうやらまた後ろからこっそり

料理を作っているのを見ていたらしい。

恥ずかしさで顔が赤くなるのが分かる。

それを隠すようにさっと私が最初に作った

焦げたトルティーヤ口に運んだ。


私は料理が嫌いなわけじゃない。

台所に立つと母が後ろから小言ばっかり言うので、

一人の時にしか作らないだけだが、

あのいびつな形なものを見たら、

誰だって初めて料理した人と思われても仕方ない。


最初の一枚を除いてはとてもおいしかった。

三枚目ぐらいからスープにつけて食べてみたが、

そのままの方が私は好みだ。


私の作ったトルティーヤが最後の一枚になり、

取ろうと手を伸ばすと、


「最後の一枚食べたい」


「いや、それはお父さんがもらおう」


母はともかく父が引かないなんて珍しい。

こうなると全く決まらない。仕方なく三等分することになった。


「ちはるおいしかったよ。頂きました」


 思わず母の方を凝視してしまった。

「頂きました」と言う時は本当においしかった時にしか言わない。

前回いつ言ったか記憶にないが、

ここ数年聞いていないと思う。

また何かの嫌がらせかとも思ったが特に何もなかった。

父も「おいしかった」と言って宿に戻っていった。


 二人が出ていくのを確認し、

朝食も同じ料理でいいから作りたいとジェスチャーで伝える。

何とか伝わったらしく、マヤのお母さんは優しく微笑んでくれた。


そして、夜を迎えた。

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