ーちはるー ⑧
ようやく今日の宿に着いた。
宿といっても良い言い方をすれば文化遺産、
悪い言い方をすれば廃墟。
昨日みたいなサプライズはない。
そんな空気がビシビシ肌に伝わってきている。
ツアー会社の人が何やら叫ぶと、
家主らしき人が出て来て何やら私達に挨拶してきたが、
何言っているか全く分からなかったので、
マヤ語なのかもしれない。
辺りが気になり見回すと、
何人かの子供達が一斉に家の陰に隠れてこちらを伺っていた。
目線を家主に戻すと子供達が家の陰から
ぞろぞろと出て来る。
どうやら相当の人見知りか、
私達の事を怪しい人だと思っているのだろう。
何度か同じ行動をとってみると、
子供達も同じ反応をするので面白い。
挨拶が終わると今日泊まる場所に案内されたが、
思った通りの場所すぎてびっくりしてしまう。
棚みたいなものが一つにハンモックが
四つ掛けられているだけだった。
父と母はそれぞれの荷物をハンモックにのせ、
ツアー会社の人と家主と話しをしている。
マヤ語から英語から日本語、
三つの言語が飛び交っていておかしかった。
「ちはる、ちょっと外行くけどどうする?」
「うーん、ここで待っている」
ついて行っても英語、マヤ語の会話など退屈だ。
少し嫌だったがここで待つことにした。
「待っているだけだったら、鶴折っといて」
母がバックから折り紙を取り出した。
「えー、面倒臭い」
「じゃあ、一緒に行く?」
「折っています」
どうやら選択肢はないようなので、
宿の片隅に座って渋々折り始めた。
三羽折ったところで子供達が離れたところから
私を見ている事に気付いた。
折り紙を子供達の方に振ってみると、
一人の子供が寄ってきて折り紙を手にすると、
自分が持っている折り紙と出来上がった鶴を、
目を丸くして見比べている。
相当不思議らしい。
折り紙を半分に折ってその子供に見せてみると、
子供が見よう見まねで半分に折った。
「どんだけセンスないんだよ」とつっこんでしまったが、
お構いなし。
相手は日本語が分からないのだからと思いながら
きれいに折り直す。
そんな事を何回も繰り返してようやく鶴が折れた。
子供はその鶴を持って外に駆けて行った後、
ぞろぞろと子供達が入ってきた。
「どんだけ子供がいるんだよ」とまた言ってしまう。
仕方なく一枚ずつみんなに配り同時に教える。
あまりにも小さい子には先程折った鶴をプレゼントした。
ようやく全員分折って、
残った私の分もマヤのお母さんに抱えられていた
赤ちゃんの上にそっと置いた。
「ちはるおねーちゃん、ありがとう」
振り返ると父と母が窓から覗いていた。
「見ていないで手伝ってよ。いつから見ていたの?」
「二十分くらい前からかな。ちはるおねーちゃんすごいね」
「バカ」
「ちはるおねーちゃん、外に来てごらん」
父と母が窓から離れた。
私は凝った肩を回しながら外に出ると、
先程折った鶴を片手に飛び回る無邪気な子供達がいた。
私の姿に気付くと寄ってきて鶴を私に見せて来る。
みんなの目がキラキラしていた。
「上手に折れたねー」
丁寧にしゃがんで一人一人に声を掛けながら頭を撫でた。
不思議だ。私自身に。
何でこんな事をしているんだろう。
そんな事を考えている内に、
子供達はまた楽しそうに駆けて行った。
「ちはるにこんな才能あったなんて知らなかったよ」
いつの間にか父と母が後ろに立っていた。
その母の言葉に急に恥ずかしくなり、
「鶴全部あげちゃったからまた折るね」
宿に戻ろうとしたが、母に引き留められ、
「お願いしたのはこの家族へのプレゼント用だから
もう折らなくていいよ。
残りの分はお母さんとお父さんで折るから。
それよりも一緒に遊んであげて」
母は微笑んでいる。いつもの嫌がらせかと思ったが、
目じりの辺りのしわがいつもよりも深い。
きっと心の底から微笑んでいるのだろう。
「だけど私マヤ語分かんないし」
「話せなくても鶴折れたでしょ、ちはるならできるよ」
確かに鶴は教えることができた。
でも何して遊べばいいんだろうと考えながら、
子供達の方に目を向けると、
鶴を持って無邪気に駆け回っている。
「あーもう、考えても仕方ない、やるか」
と心の中に言い聞かせ、子供達の円に飛び込んだ。
すると子供達は散り散りになって私から逃げて行った。
えっ、何で?と思い、一人の子供を追いかけると、
さらに逃げられた。どうやら鬼ごっこが開始されたようだ。
私の認識では、タッチすると鬼が交代されるはずだが
鬼はずっと私だった。
正直きついと思いながらも父と母を横目で見ると、
二人は木陰に座り、仲よく話しながら鶴を折っていた。
父と母がこんなにも仲がいいなんて知らなかった。
中学に上がってから父を遠ざけていたので
知らないのも当たり前かもしれないが、
何となく嬉しく思う。
そんな事を思いながら鬼ごっこを続けていると、
ようやく飽きたのか疲れたかは分からなかったが、
子供達が辺りからいなくなっていた。
すごく疲れていたが、私の心の中は汗でいろいろなものが
流されて、澄み渡っていた。




