ーちはるー ⑦
―ちはる―
「ちはる起きなさい」
重い瞼をこする。朝になっていた。
いつの間にか深い眠りに就いていたようだ。
「早く出発しよう」
父も急かしてくる。
昨日の夜の出来事がまるで夢だったかと
思うくらいの変わりようだ。
本当に夢だったかもしれないが。
私はとりあえずシャワーを浴びたかったので、
「あと十五分」と言ってシャワー室に向かった。
母が何か言っていたが無視だ。
蛇口をひねると水が出て次第にいい温度のお湯になり、
頭をゆっくりと濡らす。
そして昨日のことを思い出す。
『明後日キーカーカーで終わる』についてもう一度考える。
全くもって意味不明だ。
しかもあんなに優しい口調の父と母なんて知らない。
考えれば考える程、泥沼にはまっていく感じだ。
首を思いっ切り振り水のみを出す。
冷たさが体にこたえたが、思考も一緒に流されていく。
考えるのは止めよう。
どうせ考えたって分からないのだから。
明後日、いや明日すべてが分かるのだから。
蛇口を締めて体を拭く。
頭しか濡れてないことに気付いたが、
またグチグチと言われるよりはましだと思い、
サッとシャワー室を出て支度にとり掛かった。
父と母は玄関を開けて外で待っていた。
外からは日が差している。今日も晴れのようだ
。車に乗り込みマヤ村に向けて出発した。
朝食は一時間弱走ったところの街で食べた。
メニューはブリトーにココナッツジュース。
昨日の夕食でも思ったが、
この国の料理は日本人に合っている。
とてもおいしく感じた。
朝食を食べた後街を一周したが特に何もないがきれいな街だ。
他の町に比べ高級そうな住宅が多く見られたので、
富裕層が多く暮らしているのだろう。
少し気になったので聞いてみた。
「ここは何て街?」
「ここはベリーズの首都よ」
母が素っ気なく答えたが、私はびっくりしていた。
昨日ネットで検索した時、
確か『ベリーズの首都は世界一何もない首都』
と書いてあった。
何もないってなさすぎるだろと思いながら、
「ここがベルモパンかー」と呟くと、
父と母はなぜか笑い出し、母は父を小突いている。
「何がおかしいの?私変な事言った?」
母は笑うのをこらえながら私の方に向いた。
「じゃあ、聞くけどなんで首都の名前が
ベルモパンって知っているの?お母さんは
『首都』としか言ってないわよ」
体の芯が熱くなる。視線を母から外に向けた。
「朝、お父さんのパソコンの検索履歴調べたら
何がのっていたと思う?……ちはる」
「日本でガイドブックを読んだ」
「じゃあ気のせいかしら、
検索履歴にベリーズの都市、食べ物、遺跡、
それにこれから行くマヤ村、キーカーカー、
ブルーホールとかいろいろあったんだけど」
横目で見ると母はすでに前を向いていた。
「お母さんそのくらいでいいだろ。
ちはる、いろいろ調べてくれてありがとう」
ここが車の中じゃなければ、
どこかに隠れていただろう。
母の嫌がらせで困っている私に父が手を差し伸べ、
「ありがとう」と言ったのだ。最悪だ。
体の芯がどんどん熱くなる。きっと顔は真っ赤だろう。
「マヤ村ってどこにあるの?」
私は話題を変えた。
もうほっといてほしかった。
「ここからずっと南だよ、
車で行った事ないから分からないけど、
四時間はかからないと思う」
「はーい。問題です。
ここから南にある大きな都市はなんてところでしょう。
二つあります」
母がまた後ろを向いて聞いてきた。
笑っている顔にパンチをしたくなる。
「ダングリガとプンタゴルダ」
「正解、受験勉強しないで調べたかいがあったねー」
もう限界だ。
「もう、いいから前向いてよ」
母の顔を両手で鷲摑みにし、無理やり前を向かす。
母は「痛い、痛い」と言いながらも楽しそうだ。
いつもなら負の感情がメラメラと湧いてくるのに、
なんだろうこの気持ち。
この国に来てからなんか調子が狂う。
「さっきの続きだけど、マヤ村はプンタゴルダの外れだよ。
プンタゴルダから車で四十分くらいだと思う」
私と母のごたごたが収まったところで父が言った。
「ちはる、四時間くらい掛かるから
好きなだけ勉強してもいいのよ」
まだ続ける気だ。
「バカ」私はほとんど変わらない車窓からの
景色を眺めながら言った。
ようやくプンタゴルダに着いた。
父は観光案内所に向かい、私と母は買い出しだ。
買い出しと言っても水だけだが。
車に戻ると父はまだいない。
どうやら案内所の中にまだいるらしい。
「ねぇ、マヤ村ってどんなところ?」
母は人差し指をあごの辺りに当てて宙を見ている。
何かを言おうかどうか迷っているみたいだ。
「何を聞いても驚かない?」
母は意味深な言葉を発したが、
私は「うん」と返した。
「これから行くところは電気ガスがないところよ」
「えっ」言葉に詰まってしまった。
「お風呂とかは?」
「とっておきの大浴場があるのよ」
「ならいいや」と言いながら車に乗ったが、
嫌な予感しかしない。
電気ガスがない生活なんてした事がない。
中学校の時にキャンプには行ったが、
そこにはちゃんと電機はあった。し
かもキャンプは永住ではない。
電気ガスがないところに住んでいる人達は
どのような生活を送っているのだろう。
クスッと笑ってしまう。恐怖が大半を占めていたが、
マヤ村に興味がある私自身がおかしく思う。
ようやく父が車に戻ってきて、
ツアー会社の車が先に出発し、
私達も後に続くように出発した。
しばらくして、舗装路から未舗装路になり、
十分くらい走ったところで車が止まった。
ようやく着いたらしく、車から降りると、
「ちはる、ここに着替えとタオルと水着を用意して」
母がトートバックを渡してきた。
「えー水着なんて持ってきてないよ」
「『用意しときなさい』って言っておいたでしょ。
仕方ない子ね。お母さん二着持ってきたからそれを着なさい」
「私泳げないよ。それにお母さんだってカナヅチでしょ」
「さっき言ったでしょ、大浴場があるって」
プールで水着なら分かる。
お風呂で水着なんて聞いた事はない。
お風呂で着るということは混浴なのかと思いながら
着替えとタオル等をバックに詰める。
父が苦笑いしていているのが気になった。
「私混浴ならお風呂に入らないよ」
「念のためよ」
母のいたずらっぽい笑顔に何かあるなと思ったが、
気にしても仕方ない。
車から今日泊まる場所まで少し離れているらしく
未舗装路を歩いて行く。
しばらくすると日本昔話に出てきそうな家が見えてきた。
川で洗濯をしている人もいる。
「お母さん。もしかしてマヤの人って
川の水で生活しているの?」
「半分正解、半分不正解」
「お母さん、ちはるに話したのか?」
「うん。大丈夫だと思って」
何が大丈夫かさっぱりだったが、
父が何やら驚いた様子で私をちらちら見てきたので、
家の方に目を移す。
私達の方を、目を丸くして見ている子供や
家の陰に隠れて見ている子供がいた。
こんなところに日本人なんて来ないだろうと思ったが、
よくよく考えると、この国に来てから日本人には会っていない。




