ー渉ー ㉗
「えーと……、忘れ物を撮りにきたんですけど、
ついでに昨日の続きを渉君に教えていました」
正直者のともみらしい、
正直すぎる言い訳だったので、
何を言われるかと思ったが、
「黒板は先生が消しておくから早く帰りなさい」
と、黒板を一瞥した先生が予想外の言葉を言い放った。
「先生ちょっと待って下さい。
お花に水をあげてから帰ってもいいですか?」
「早くしなさい。終わったら帰るのよ」
先生のため息交じりの言葉を聞いた途端、
ともみは棚の奥にあったじょうろを持って教室を飛び出した。
「ところで西中君。本当は何をしに学校に来たの?」
「えーと、川見さんが『忘れ物取りに行こう』って、
それ以外の目的はないと思います」
「で、何をしていたの?」
「教室に来て英語の分からないところを
教えてもらっていました」
「それだけ?」
「はい、それだけです」
先生は一つ大きく息を吐き出した。
「分かったわ。水をあげたらすぐに帰るのよ。
あと私服での登校は禁止だからね。
今度見つけたら注意では済まないからね」
「今度から気を付けます。すみませんでした」
「それにしてもこれ書いたのは川見さん?」
「そうですけど」
「良くできているわね。教師に向いているかも。
教室から聞き慣れた声が聞こえてきたから
怒ろうと思っていたけど、
これを見たら怒る気が失せちゃった。
明日テストじゃなければこのまま残しておいたかも」
担任が英語の先生で良かったと心の底から思った。
仮に面倒臭い先生に見つかっていたら、
反省文を書かされていたかもしれない。
ようやくともみが戻って来て鼻歌交じりで花に水をあげている。
そんな姿を僕と先生はただただ見つめていた。
「西中君、学校生活楽しい?」
突然意味深な質問を投げかけられた。
「楽しいですけど……」
「なら、これからどんな事が起きても前を向きなさい。
現実を受け止めてどうするか考えるのよ」
さらに意味深な事を言われてしまった。
何を言いたいのか分からず、
とりあえず「はい」と答えておいた。
ともみは花に水をあげ終わると、
じょうろを元あった場所に戻し、
「先生わがまま言ってすみませんでした。
ありがとうございました」
先生の前で深々と一礼した。
「渉君、行こう」
「ちょっと待ちなさい。
二人で歩いているところを
他の先生に見つかったら怪しまれるでしょ。
だから校門まで送ってあげる」
先生はそう言うと扉を開け教室を出て行った。
僕達は顔を見合わせたが、他に選択肢がなかったため、
小走りで先生のところまで行き後に続く。
なぜそこまで親切にしてくれるのか分からなかったが、
気が変わらないよう静かに続いた。
校門まで来ると、
先生が「明日テストだから程々にね」と一言いい残し、
校舎に戻ろうとした時、ともみが先生に向かって、
「ありがとう」と大きく手を振った。
すると先生も恥ずかしそうに小さく手を振って返し、
校舎に戻って行った。
先生を見送った後、
僕達はいつも通りに2、9番に寄り神社でお詣りをした。
いつもより大きいペットボトルに汲んでいた事、
いつもの数倍の時間お詣りしていた事が気になったが、
ともみの笑顔を見ているだけで全てが吹き飛んでいた。
ともみの家までの帰り道バスで帰ろうという事で
駅まで行きバスに乗り、右手は僕の左手を、
左手には携帯を持ち、何枚もの写真を撮っている。
今日一日中そうだ。写真は優に百枚は超えているだろう。
いつもの一つ前のバス停で降り、
ともみが夢を語った桜の前でも写真を撮り、
ともみの家の前に着いた。
「渉君、今日一日わがままに付き合ってくれてありがとう」
「別にいいけど、今日のともみちょっと変だよ」
「そうだったかもね」
ともみは不敵に笑い、大きく深呼吸した。
「渉君、私ね、渉君と出会って本当に幸せでした。
いっぱい笑って、いっぱい『ありがとう』って言って、
たくさんの思い出作れました」
ともみはまた大きな深呼吸をした。
「でもね、もうダメみたい。お別れして下さい」
ともみの目から涙が噴水のように溢れ出てきた。
しかし、涙を拭こうともせず、さらに続けた。
「渉君絶対に幸せになってね。約束だよ」
ともみはそのまま二歩後ずさり、手を大きく、大きく振った。
「今まで本当に、本当にありがとう。じゃよう%(」
僕はともみが家に入るところまで茫然と見送っていた。
自転車のベルを鳴らされ我に返り一歩横に移動して、
今起きた事が現実だと分かった瞬間に涙が自然と溢れ出てくる。
最後の方は言葉になっていなかったが、
言われた言葉は分かった。
「さようなら」だ。ともみは「さようなら」と言ったのだ。
最初眩しいと思っていた太陽が沈み、
辺りが闇に包まれていく中で、
僕の頭の中では「さようなら」という言葉が次から次に駆け巡っていた。
7月2日
私の夢物語も今日で終わり。
別れるのがこんなに辛いなんて知らなかったよ。
「さようなら」ってちゃんと言えなかった。
本当は笑って言いたかったけど、ダメだったね。
渉君ごめんね。
こんなに辛いなら渉君に会わなければよかった。
好きにならなければよかった。
学校に行こうなんて思わなければよかった。
本当に、本当にごめんね。渉君幸せになってね。約束だよ。




