ー渉ー ㉕
ともみはいつもと変わらず笑顔を振りまいていた。
いや正確にはいつもと変わらない振りをしながらだ。
僕は昨日いろいろと考えた結果、
ともみの口から理由が話されるまで、
僕達から聞かないでおこうと、
そしていつも通りともみに接しようと、
ともみ以外の五人にラインをした。
みんなから返信が無かったので承知してくれたのだろう。
お昼休みもみんなで集まってお弁当を食べ、
明日図書館に集まって勉強をしようとも決めた。
もちろんともみを含めてだ。
放課後は学校の図書館で勉強をした。
テスト前一週間はここに集まり、
みんなでともみに質問の集中砲火を浴びせている。
「もう少し考えれば分かるのにー」
とほっぺを膨らましていたが、楽しそうにも見えた。
駅からの帰り道はもう暗くなりそうだったので
2、9番には寄らず、他のところで済ませ、
神社にお詣りだけして帰った。
ともみの家に着いた頃には既に陽は山の向こう側に沈み、
西の空はうっすらと明るい程度だ。
「ともみ、今日も勉強教えてくれてありがとう」
「お礼なんていいよ。楽しかったし、
みんな順位が上がればいいね」
ともみは前髪をいじった。今日はずっといじっている。
笑顔の違和感は前髪をいじっているせいで見えない
その顔に原因があるのかもしれない。
「明日九時半に来るね」
「分かった。待っている」
「じゃあ、また明日。ありがとう」
「ありがとう」
ともみはいつものように手を振っていたが我慢の限界だ。
いつもの笑顔ではない。
「ともみ」
僕の声に反応したともみは、
僕の目をじっと見つめてきた。
「愛している」
あれ?今何て言った?あの時と同じだ。
ともみに一番伝えたい言葉が勝手に口から飛び出した。
ともみは一瞬止まったが、僕の前まで来て、
真剣な顔で見つめてきた。
あまりにも昨日見た般若の顔に似ていたので
僕は一歩後ずさんでしまう。
「渉君、『愛している』なんて簡単に言っていい言葉じゃないよ。
それに私を一生愛する覚悟はあるの?」
ともみはさらに一歩近付き見つめてくる。
確かにともみの事は好きだ。
ただ、「一生愛する覚悟」と言われてしまうと、たじろいでしまう。
しかしそういう意味で言ったわけじゃなくて、
あの笑顔を見たいために、
ともみの中にある不安を取り除こうと思って言っただけだ。
「ごめん……」
こういう事しか言えない僕自身に腹が立ってくる。
もっと違う言葉とか表現とか行動とかあるはずなのに何もできない。
ともみの口元は僕が「ごめん」と言ってから忙しなく動いていた。
そんな姿を見ていると一気に口の中の水分がなくなっていく。
何を言われるのか正直怖かった。
ともみは大きく首を振り、深呼吸をして、こちらを見据えたが、
「ありがとう」と言い僕に背を向けて走って行ってしまった。
今起きたことが現実か夢なのかも分からなかったが、
一つだけ確かな事がある。
ともみは「ありがとう」を言う前から泣いていた。
6月30日
バカバカバカバカバカ。
なんであんな事言っちゃったんだろう。
「愛している」
一番言われたいけど、一番言われたくない言葉。
一番伝えたいけど、一番伝えられない言葉。
この病気のせいだ。
言いたくない事、伝えたくない事が口から出てしまう。
言いたい事、伝えたい事がうまく表現できない。
涙が止まらないよ。
それに昨日突然帰った事誰も何も聞いてこなかったんだ。
気にしていたと思うんだけどね。
でもね、辛かったんだよ。みんなの優しさで。
やっぱりダメだね。
私が私を嫌いになるのはいいよ。
みんなが私を嫌いになるのもいいよ。
でもね、私がみんなを嫌いになるのだけは絶対にダメ。
だから決めたんだ。
明日大事な人達とお別れする。
そして明後日大切な人とお別れするって。
笑顔でお別れしたいね。頑張れ私。
明日もみんな幸せでね。




