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今はいない大切な君への贈り物  作者: 宮久啓平
3/71

ー渉ー ①

 ―渉―


 一定のリズムで傘に当たる雨の音にイライラしてくる。

今日は一学期の始業式、三年の初登校が雨だなんて最悪の気分だ。

いつもなら駅まで片道七キロ程の距離を自転車でかっ飛ばして行くのだが、

制服を濡らす事が嫌いなので雨の日はバスで行くと決めている。


僕、西中渉は一人バス停スタンドの横に立っていた。

平日は六本、休日は三本しか走らないこの路線を象徴するかのように、

誰も座らないであろう三人掛けのベンチに、

バス停スタンドがぽつんと立っているだけで、もちろん屋根もない。

国道沿いとは思えない程の質素なバス停だ。


道を挟んだ反対側の小高い山には稲荷神社があり、

その横には農業用の小さなため池がある。

昔この池で日本初めての学生スケート大会が開催された場所だと、

父が祖父に聞かされていたと言っていた。

実際石碑も建てられているので本当の事だが、

現在は滑るどころか立ち入りも禁止されている。


 ようやくバスが着て乗り込み、特等席に座る。

一番後ろの席の一つ手前左側の席だ。

外を眺めてみたが、いつもの景色なため見ていてもつまらない。

暖冬だとちょうど桜がいい見頃となるが、今年は暖冬ではないようだ。

しばらく行き、大学西門の停留所で乗車した一人の女子高生に目を奪われた。

青みがかった緑色のブレザーに、黄色がかった茶色と

緑がかった茶色のチェック柄スカート、

ブレザーと同じ色に黄色と茶色のレジメンタルストライプ柄のネクタイ。

僕と同じ高校の生徒だ。

ちなみに彼女のスカートをズボンにして、

ネクタイの代わりに黒のペンダントにすれば僕の格好となる。


彼女は前の方の手すりにつかまり外を眺めているので、

顔は良く見えないが、スカートから覗く足があまりの白さと細さに驚いた。


この二年間にバスの中で同じ高校の生徒に出会ったのは初めてだ。

きっと新一年生だろうと思ったが、明日が入学式なのでここにいるわけがない。

しかし制服が新しい。しかもよく見るとワイシャツの第一ボタンまでかっている。

僕が知る限り第一ボタンまでかう生徒なんてゼロに等しい。

それくらい自由な学校なのだ。


ちらちらと彼女が僕の方を見てきた。ちょっと鬱陶しいと思ったが、

僕もちらちら見ているので両成敗だろう。

結局何も分からないまま駅に着いてしまい、四百二十円を払い降りた。


 改札に向かう階段の下で友人が待っていたが、

改札と別方向に向かう彼女の事が気になり自然に目で追っていた。

どうやらその先に立っている人に用があるらしく、

その人のところまで行くと、何かを話し二人とも車に乗り込みどこかへ行ってしまった。


「どうした渉、ついに恋の季節が来たか?」

 

 振り向くと階段下にいたはずの友人二人がすぐ近くまで来ていた。

いやらしい表情で彼女を見ていたかと思わせるくらいに二人とも二ヤツいていた。


「おはよう」僕は二人の質問を無視して歩き出した。


「渉、待てよ。いいだろ教えてくれたって」さらに追及される。


「もしかして、振られたの?」もう一人の友人もからかってきた。


「あー分かった。後で話すよ。でも本当に何もないからな」


 改札を通過し二番線のホームに下りて行く。

この駅は0から七番線まである地元で一番大きい駅だ。

駅から徒歩十分程度にあるお城を中心に観光地があり、

駅前は繁華街になっている。多くの企業や各種学校の最寄り駅になっているので、

それ程大きくない市だが今の時間帯は多くの人が右往左往していた。


 ホームに下りると十分程で電車が着て乗り込み、

過去二年間と同じようにドア付近に陣取った。

僕達の学校はここから二駅離れた学校だ。

二駅といっても十五キロ離れているが。


 二人の内一人、百瀬洸平は窓を鏡代わりにして身だしなみを整えている。

これも二年間変わらない習慣だ。もう一人の丸山文太は携帯をいじっている。

きっと彼女とメールをしているのだろう。これもほぼ二年間の習慣となっている。

僕はそんな二人を眺めているのが習慣だ。


 駅に着くと国道を渡りあやめ公園に向かった。

いつもは国道沿いを北に進み、左に曲がって学校というルートで行くのだが、

何か報告等ある場合は、いつの間にかあやめ公園の東屋に

寄ってから学校に行くのが決まりとなっていた。


あやめ公園といっても実際にあるのは花菖蒲という花らしいが、

地域によっては花の部分を省略して菖蒲と呼ぶらしく、

菖蒲はあやめとも読まれ、ここの公園はあやめ公園と名付けられていた。

『あやめ』が、最も語呂がいいからだろうと僕は勝手に思っている。

もちろんハナショウブ、ショウブ、アヤメは違う植物らしいが

違いが何だかも分からない。


僕達が東屋に腰を下ろした瞬間、二人が身を乗り出した。


「さぁ、話せよ」洸平がニヤニヤしながら言った。


「早く、早く」文太も急かしてくる。


「そんな急かさなくても話すよ。つまらなくても文句言うなよ」


 僕は今朝バスの中での出来事を二人に話した。


「それは確かに不思議だな」


「だろー」


「仮に一年だったら予行練習でバスに乗る事もあるかもしれないけど、

制服の必要ないし、二、三年や転校生だとしたら駅で車に乗る必要ないし、

卒業生が着ていたとしても新品は変だし。意味不明だな」


 洸平が腕組みをしながら言った。


「そんな事よりもその子かわいかった?」


 文太は不思議な出来事など考えるつもりもないらしい。


「顔はほとんど見えなかった。少し離れていたし」


「ふーん」文太が意味深な笑顔を見せるが、

いつもニコニコしているのであまり表情から思考を読みづらかったが、

最近少し分かってきたところだ。


「一目惚れじゃないんだ。まだ桜の可能性はあるんだね。

早く付き合っちゃえばいいのに」


「バカ、疑われるようなこと言うなよ」


 いきなり桜という言葉が出てきたので慌ててしまう。

僕らのクラスのリーダー的存在という言い方が

正しいかどうかは分からないが、男子の方はここにいる洸平で、

女子の方が桜だ。


ボブカットで化粧をしているので年上によく見られる。

顔も小さく整っていて、笑うとえくぼができるのが特徴だ。

いつもネクタイを付けないため、

ワイシャツの隙間から覗くネックレスが輝いていた。

外見はクラス、いや学年でもトップクラスだろう。

だが、とにかく口が悪い。なので男子からはあまり好かれていない。

しかし、それらの性格も恥ずかしさや照れ、

優しさや思いやりから成り立っていることを誰も知らない。

放課後にこっそりクラスにある花に水を上げているのも僕は知っている。


 そんな話しを二人にしたら、

「コクっちゃえよ。桜も渉の事気にしていると思うよ」と文太に言われ、

「仮に付き合ったとしたら完全に尻に敷かれるな。

しかも尻が重すぎて粉々になる。気を付けろよ、渉」と洸平に言われた。

その日から度々桜の名前が会話の中に出てくるようになった。

正直、気にならないと言ったら噓になるが、

好きかと聞かれれば好きではないと答えるだろう。


先程から桜と連発しているが桜というのはあだ名だ。

いつだったか忘れたが授業中に先生が、

「八重桜の花言葉はおしとやか、教養がある」と言い、

それから男子の間では願いを込め『桜』と呼ぶようになった。

「なんで桜なの」という女子からの質問に、

「やっぱりきれいな花と言えば桜でしょ」と苦し紛れの言い訳を真に受け、

それから桜というあだ名で統一されている。


そんな事を話している内に始業五分前のチャイムが鳴り急いで学校へ向かった。


「渉、今度その彼女に会ったら話し掛けてみてよ、気になる」


「分かった。次いつ会うか分からないけど話し掛けてみるわ」


次会える日はいつだろかと考えてみたが無駄だと思い止めた。

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