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今はいない大切な君への贈り物  作者: 宮久啓平
28/71

ー渉ー ㉑

僕も見てみると『旧学校跡』と書いてある石柱に

返還の説明と当時の空中写真に学校の正面図の石板がある。


「ここにあったんだね。見学した時は麻里と恵理子の一言で

すべて記憶が飛んじゃっていたから、忘れていたよ」


 僕もすっかり忘れていた。

確か桜が「かえるさん通りを西に……」と言っていたが、

まさかこんなところにひっそりと佇んでいるとは知らなかった。

ともみが気付かなければ、永遠に知る事はなかったかもしれない。


「また旧学校見に行こうね」


「そうだね」と言いながら石板を読んでいるともみの横に立ち、

左手でともみの右手をぎゅっと握ると、

「きゃっ」と言いながらともみは右手を引っ込めた。


 その反応があまりにも過剰な反応だったので、

僕は思わず「ごめん」と言ってしまった。


「渉君違うの。急に握られたからびっくりしちゃって、

ちょっと待って」


 ともみはそう言うとバックからハンカチを取り出し

右手をしっかり拭いて真顔で

「はい」と言いながら差し出してきた。

いつしか携帯を差し出された時を思い出し、

おかしくて思わず笑ってしまう。


「ともみ、そんなに丁寧に差し出されたら握れないよ。

もしかして潔癖症?」


「そんな事ないけど」

と言いながら顔が俯き右手が下がっていく。


「ともみ、バック貸して」


 僕はともみからバックを取り上げ右手でともみの左手を握った。


「これでいいね。

ともみ僕達は付き合っているんだから遠慮はやめよう。

僕も気を付けるから」


「でも初めて付き合うからどうしていいか分からないよ」


「どうししていいかなんて僕にもまだ分からないよ。

だってともみの分からない事いっぱいあるから。

でも、一つだけ確かな事があるよ。

僕はともみが好きです。ともみは?」


「私も渉君が好きです」


「これで大丈夫。分からない事は時間が解決してくれるよ。

だってお互いがお互いを好きだから。行こう」


 ともみは「うん」と言いながらも目から雫が落ちていた。


 僕はブレザーからハンカチを取り出しともみに差し出した。

お昼休みの時は気が動転していて忘れていたが、

農村公園の帰り道用意しておこうと思ったのは正解だ。


「ありがとう。でも私も持っているから大丈夫だよ」


「遠慮はしない約束でしょ」


「そうだったね。ありがとう」

ともみはハンカチを受け取り目元に持っていく。


昼休みとは違い大泣きはしないようだ。

何度か目頭を押さえてから僕の方を向いた。


「ごめんね。何度も泣いちゃって。

でも嬉しくて。ハンカチ洗って返すね。ありがとう」


 ともみはハンカチをブレザーのポケットにしまい僕の手を握った。


「もう大丈夫だから行こう。バックもありがとう」


 ともみは僕からバックを受け取り歩き始める。

ともみの手から緊張が伝わるかのように、

先程拭いたはずの手が、ゆっくりと湿っていくのが分かった。

もしかしたら僕の方が湿ったのかもしれないが、

どちらにせよ、ともみと手を繋いでいるだけで幸せだ。

 

あっという間に駐輪場に着き、急いで自転車を取りに行く。


「この後どうしようか?」


「湧水汲んでから帰ろう」


「どこの?」


「あっ、そうだね。渉君が選んだ2番の湧水」


 2番の湧水を汲んで帰っているのは本当の事らしい。

それだけで嬉しく思う。


「あと9番にも寄って帰ろう」と言うと、ともみは笑顔で頷いた。


 僕達は以前とは違う道を歩いて向かったが、

ともみは迷わず進んで行く。

桜が「一人でどこでも……」と言っていたが本当のようだ。

道に迷わないのはいい事だと思うが、

何となく寂しく思い、笑ってしまった。


「渉君どうかしたの?」


「何でもない」


「遠慮はしない約束でしょ」


「そうだね。

えーと、ともみが道に迷わず歩いている姿が嬉しくて」


「あー、子供扱いした」


 ほっぺを膨らまし僕の目を覗き込む。

少し腫れた目がいつもより怒りの顔を表していたが、

やっぱりかわいい。


「ごめん、ごめん。でも本当だよ。

これからはバスに乗る時や、

図書館に一人で行けるとか心配しなくてもいいんだから」


「やっぱり子供扱いしている。でもありがとう。

やっぱり心配で来てくれたんだね。

バスの時も。図書館の時も」


 怒りながら笑っている顔が、

困っている顔に見えてしまい、

思わず立ち止まってさらに笑ってしまった。


「やっぱり子供扱いしているでしょ」


「違うよ。怒られながら、

急に『ありがとう』と言われたら誰だって笑っちゃうよ」


「それもそうだね」

ともみは舌を小さく出した後に笑った。


僕達は少しの間笑いながら歩いた。

周りの人達の視線がやや痛いと思ったが、

嬉しくも楽しくも思えた。


 2番の湧水に着き、

ともみが水を汲んでいる姿を見ながら

よく飽きないものだと感心していた。

確かに水巡りは楽しかった。それは僕達七人の共通の認識だ。

しかしともみは毎日のように湧水を汲んでいる。


「終わったよ。9番に行こう」


 僕達は9番に向かいともみは先程と同じ作業を行い、

僕達はベンチに腰を下ろした。

 

9番の場所は駅前通り沿いにある電力会社の裏手にある。

湧水は竹水栓から出ていて鹿威しではなく

つくばいなのは少々残念な気もするが、

駅前の建物が密集した場所の中では風情があると思う。

またそこから溢れ出た湧水で小川が作られてもいる。

出入り自由な小さい日本庭園みたいな場所だ。


「毎日湧水飲んで飽きない?」


「飽きないよ。だっておいしいから。

それに紅茶、お味噌汁にご飯。

毎日味が代わって楽しいよ」


 こういう事を言うあたりが本当にともみらしいと思う。

僕も明日から試してみようかとも思ってしまう。


「そういえばさっき神社で何をお願いしたの?」


「えーと、『私達七人が縁で結ばれますように』

ってお願いしたよ」


 やっぱりだ。何か隠している。ここで追及してもいいが、

『その日』まで待とうと思い話題を変える。


「今度の休みにどこか行きたい場所はある?」


「特にないかな。

私この一ヵ月いろいろなところに行けて満足だよ」


 ともみは分かりやすくて良い。

今度は前髪をいじっていないので本心だろう。


「渉君はどこか行きたい場所とかないの?」


「僕も特にないかな。ともみと一緒ならどこでもいいよ」


「えー、そんなのずるいよ。

『遠慮はしない』って言ったのは渉君だよ。

渉君の趣味とか知らないし、正直に言ってよ」


「そんな事言われても本当にないよ。

……一応自己紹介しておくね。

僕の名前は西中渉です。高校三年の十七歳です。

ここの生まれでここの育ちです。

趣味や将来の夢は特にありません。ねっ、本当でしょ」


「将来の夢がないなんて変だよ」


「そんな事ないと思うけどなー。

明日桜達にも聞いてみてよ。

『ない』って答える人もいると思うよ。

それよりともみも自己紹介してみてよ。

何か勘違いしているかもしれないから」


 僕がそう言うと、ともみはなぜか俯いてしまった。

先程の自己紹介はともみについて知っている事を

僕に置き換えただけのはずなのに。


「私の名前は川見ともみです。高校三年の十七歳です。

東京生まれで最近ここに引っ越してきました。

趣味は読書で特にマヤの本が好きです。

将来の夢は医者になる事です」


僕は愕然としてしまった。


ともみがなぜか前髪をいじったのだ。

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